第五兵団の長
「んっ、確かにおいしいですね」
レフィアは串焼きを頬張りながら言った。
塩と香味が効いていて、噛むほどに肉汁があふれ出してくる。
「あのぅ、領主様はいかがでしょう」
「ああ、いつも通りうまいよ」
「ありがとうございます」
辺境伯が言うと、店主は嬉しそうに頭を下げる。
視察中のシルヴァとレフィアの二人は、ベスキア城に最も近い町で休憩を取っていた。
帝都の大通りと比べると素朴な町並みだが、それなりに活気はあり、ルーカスに勧められた串焼き屋は、確かに絶品だった。
レフィアは羽帽子とレースで顔を隠したまま、メニューをじっと眺める。
「もっと色々頼んでいいですか?」
「まだ食う気か」
「もちろんです。美味しそうなものは一通り食べておきたいんです。あ、リナにお土産も買って帰りましょう」
「遊びに来たんじゃないんだがな」
いつも通り不機嫌そうなシルヴァだが、席を立つ様子はない。
レフィアは、手を上げて店主のおすすめメニューを追加した。
「すいません、ここいいですかー」
突然、隣の席に座ってきた若い男がいた。
ブラウンの髪を左右非対称な形に整えている。
リナが好きそうなハンサムな顔立ちだが、やけに軽そうな印象だ。
「突然だけど、お金くれない?」
男はそう言って、机の下でナイフの先をレフィアに突きつけてきた。
「……盗賊ですか? 私は手持ちがないので、脅すならこの人をどうぞ」
レフィアは少し黙った後、目の前に座るシルヴァを指さした。
すると、男は一瞬目を見開き、口元を緩める。
「ははっ、面白い客人を連れてますね、ボス」
「悪ふざけはよせ、ジェスナー」
シルヴァに睨まれ、ジェスナーと呼ばれた男は、両親に怒られた子供のように肩をすくめた。
「びっくりさせようと思ってたのに、全然動じないんだな」
「だって、そのナイフおもちゃですよね」
「はは、ばれてたか」
レフィアが言うと、ジェスナーはナイフの先を指で押した。かしゃんと刃が引っ込む。
そして、右手をレフィアに差し出してきた。
「失礼、悪ふざけです。第五兵団長のジェスナーです」
「あ、はい」
握り返すと、ジェスナーはその手をまじまじと見つめ、小声で言った。
「綺麗な手だなぁ。ねえ、ボス。もしかしてこの方、例の婚約者ですか」
「……ああ」
「へー」
シルヴァが不機嫌に答えると、ジェスナーは間近でじろじろとレフィアを眺めてくる。
顔を隠すレースがあって良かったとレフィアは今更ながらに思った。
「人質にする予定だって聞いてたけど、こうして連れ歩いているってことは、ボスによっぽど気に入られたんだな、大したもんだ」
「そうですかね」
「いい加減手を離せ、ジェスナー」
「こりゃ失礼、ボスが嫉妬するとは思っていなくて」
「目立つ行為をするなと言ってるんだ」
「はいはい」
ジェスナーは手を離して、万歳をしてみせる。
なかなか食えない男らしい。
「で、今日はお二人でデートですか」
「視察だ」「視察です」
シルヴァとレフィアの声が重なったので、ジェスナーはにやけた表情をしたが、シルヴァの機嫌の悪化を感じとって咳払いをする。
レフィアは隣のやさ男に顔を向けた。
「で、第五兵団長さんがこんなところで何をやっているんですか」
「もちろん、腹ごしらえさ。ここの肉は絶品だからね。立ち寄ったら知った顔があったから、ちょっと絡んでみようと思ってね」
「暇人なんですね」
「よく言われる」
「ちなみに兵団って一体いくつあるんですか?」
好奇心から尋ねると、ジェスナーは一瞬シルヴァの顔を見てから、口を開いた。
「兵団は六つだね。第一兵団は砦の守護、第二兵団は隣国からの防衛、第三兵団は害獣対策、第四兵団は領内の治安維持、俺の第五兵団は遊撃隊って感じかな。風の吹くまま気の向くまま、自由な旅人ってね」
「お前は少しくらい規律を持て」
「了解でありますっ。……で、第六兵団は魔術専門の部隊。これで全部かな」
シルヴァに敬礼したジェスナーは、その姿勢のまま続きを口にする。
確かネメシスは第二兵団長と言っていた。
そして、ジェスナーは第五兵団長。
他の兵団長にはまだ会ったことはないが、察するに、それぞれ個性が強いようだ。
「まあ、ボスがこれだからね。必然、ボスが選ぶ人間も頭がおかしい人間ばっかりになる」
「少しは口を慎め」
「はっ」
「でも、ルーカスさんやネメシスさんは、あなたよりまともに見えますけど」
「手厳しいねぇ。まあ、ルーカスはボスの小間使いというか、側近という役割だけど、確かに珍しくうちでは純な奴だ。でも、ネメシスは相当な腹黒親父だぜ」
「あ、それはなんとなくわかります」
「それに比べれば俺なんて誠意と勤勉の固まりだし」
「ちなみに、お前についてはそろそろ降格を考えている」
「すいませんっしたぁぁ」
勢い良く頭を下げたジェスナーだったが、ふと顔を上げ、真面目な口調で言った。
「ボス、今ちょっといいですか」
「……ああ、少し待っていろ」
シルヴァは立ち上がり、ジェスナーと店の外に出た。
道ばたで何かを話しているようだ。
残されたレフィアは、運ばれてきた追加メニューを口に運びながら、店の窓のから、立ち話をする二人をぼんやり眺めていた。
「じゃあ、またどこかで会いましょうや。それまでボスのお守りを宜しく頼みます」
「お前はさっさと去れ」
「イエッサー」
話が終わると、現れた時と同じように、ジェスナーは風のように去って行った。
その後、二人はレフィアの強い希望で、来た道とは異なるルートで城に戻ることになった。
「……理由は?」
「せっかくの視察ですから、町や整備区域以外の場所も見ておきたいんです」
「別に面白いものはないぞ」
「だからこそ見ておきたいのですよ」
「……」
レフィアの希望通り馬を進めると、人通りは次第に消え、荒れた農地や廃屋が姿を見せ始めた。
二人を乗せた馬の蹄の音だけが、周囲に静かに響く。
いつの間にか、さっきまで晴れていた空は、どんよりした雲に覆われていた。
「この辺りは、廃村ですか」
「ああ、ベスキアにはこういう土地があちこちにある。不作や野盗の襲撃、害獣の被害、原因は色々があるがな。言った通り、見て面白い場所ではないだろう」
「確かに、面白くはないですが、興味深くはあります」
「……何を企んでいる」
「そう、ですね……」
レフィアが口を開きかけた時、手にぽたりと水滴が落ちてきた。
それはすぐに大粒の雨だれとなって、辺り一帯を濡らし始める。
「仕方ない。そこの廃屋に入るぞ」
「私は別に濡れても構いませんよ」
「俺はお前が濡れても一向に構わないが、風邪でも引かれると、お前になついた兵士共から文句を言われる」
「相変わらず、素直なのか素直じゃないのかよくわかりませんね」
レフィアは掃除や洗濯など、城の雑用を率先してこなしていた。
兵士達には防衛という本業があるため、彼らに余計な負担を増やさないよう努めたつもりだったが、「住み心地が良くなった」と多くの兵士達が喜んでくれ、ルーカスを始め、彼らも自主的に手伝ってくれるようになっていた。
「何か言ったか」
「いいえ」
二人は手近な廃屋の前に馬を止め、中に入った。
建物は薄暗く、黴臭が漂っているが、雨はなんとかしのげそうだ。
羽根帽子を外して、レフィアは一息をついた。
外の雨はますます激しさを増し、稲光が暗い空に筋を描いた。
閃光の中に、シルヴァの端正な横顔が浮かびあがる。
そこでレフィアはようやく気づいた。
暴君と呼ばれる婚約者の男と、密室で二人きりになっていることに。
いつも読んでくださりありがとうございます。
そろそろ、序章の終盤、に差し掛かっています。
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