宿るのは私達にとっての希望だから。
見事な土下座スタイルを堪能した後に、これなら今後の過度なスキンシップとか妙なサプライズも収まるかな……なんて思ってしまった私。寂しいっちゃ寂しいかもだけど、これも元気な子供を生む為だからね。まぁ、一時の我慢だったら獏くんも理解してくれるよね、きっと。
んで、二人の話も一段落した所で今度は私の今後の話になった。
フェンさんからはオススメの食べ物や避けるべき食べ物の事、体の変化に伴うボディケアや日々の過ごし方など、色々とアドバイスを頂きましたわ。
ド初心者の私にも分かるように、丁寧に優しく教えてもらったんだけど、初めて聞くような単語も多いし情報量が多くって、正直パンク寸前なのです……。ふしゅーっと頭から湯気が出そうなくらい頑張って聞いてるよ!これは高校受験で詰め込んだ時以来の頑張りだと思うよ!
でも彼女のお話を聞けば聞くほどだけど、経験不足に知識不足が顕著だって実感したよね。初めての事ってのを差し引いても、それにしたって足りてないよ……やっぱり両親や兄弟がいなかった所為なのかな……。
こんなんで私この後、やっていけるんだろうか……うぅ……。
「あらあら〜?そんな不安そうなお顔をされないで下さいな〜?誰しも初めての事は不安ではございますが〜、ヒカゲ様には私も付いておりますし〜、何より素敵な素敵な旦那様がご一緒ではないですか〜?」
「そうだよ!フェン先生のサポートがあれば百人力だし、俺も正直知識も経験もないからこれから一緒に勉強になるけど……俺なりに精一杯支えるからさ!」
いつの間にか俯いていたらしい私の事を、二人は優しく励ましてくれた。止まっていた涙がまた滲み出て来る感覚。心から嬉しいって思った。
……そうだよね。私今は独りじゃないんだよね。家族が出来たんだよね。今までみたいに独りで頑張る必要ないんだよね。困った時は頼っていいんだよね……?
「あ、ありがとうございます……フェンさん、獏くん……!」
私は言葉を言い終わる前にまた泣いてしまって、もう言葉が続かなかった。
本当はもっともっと言いたい事があったけど、安心感と嬉しさで涙が止まらなくって……。
これからの不安はまだまだあるけど、今だけは考えなくっていい……よね?
「あ……ごめんなさい……話を切ってしまって……」
私が泣いてしまったので説明が途中になってしまっていたのよ……度々申し訳ないやら……。
でも、フェンさんは穏やかに笑いながら静かに首を振って、私の手をそっと取った。
「ふふふ〜良いのですよ〜。新たな生命を授かるという事はそれだけで大きな変化なのです〜。身体的には勿論、精神にも大きく影響をするものですから〜。今まで診させて頂いた皆々様そうでした〜。私も自身の経験から申し上げれば、大層不安に駆られましたよ〜。ですので、急に泣かれてしまっても無理はありません〜。ヒカゲ様はご自身のお気持ちを表に出すのがあまりお得意ではない様子ですが〜、辛い時は辛いと、苦しい時は苦しいと、嬉しければ嬉しいと、素直に仰った方が宜しいかと思いますわ〜」
妙に涙脆いなって思っていたのは、年の所為だけじゃなくってこの度の妊娠も関係あったみたい。あと、この急な吐き気やら目眩やら食欲不振もそうみたい。いわゆる悪阻ってやつ。話には聞いていたけど、こんなに辛いものだったとは……げふん。
まあでも、原因が分かってスッキリしたわ……何かの病気とかじゃなくって良かった……!!
そ、そっか……もう一人の体じゃないってなるとそうなんだね。世界が違っても思う事は同じなんだって思ったらほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
「わ、分かりました……ありがとう、ございます……」
私がそう返すとフェンさんは頷きながら穏やかに笑っていた。
「あ〜、そう言えば……ヒカゲ様の世界ではご懐妊の際はどうされているのですか〜?宜しければ後学の為に教えて頂ければと思うのですが〜?」
「ああ、そうだね、俺も聞いておきたい!」
「……へっ!?」
油断しきっていた私に、急な質問が飛んできた。
えっと……人間界でって事だよね?
さっきも思ってたけど、私のそう言った知識は本当に初歩の初歩の初歩だから間違いもあるかもだし、お伝えするのに忍びないんだけど……。でも、獏くんとフェンさんのキラキラした期待の視線を無視する訳にもいかないし……うぅっ。
二人の視線に耐えられなくなった私は、間違いもあるかもしれないので本当に参考程度に……と前置きをした上で少しだけお話させてもらった。
十月十日っていう定説というかよく言われている期間の事とか、産休っていう制度があるとか、定期的に病院に検診に行く事とか、産婦人科っていう所があってそこで産む人が多いけど時には自宅出産する人もいるとか……極々簡単な事だけのお話ね。
脳みそをフル回転しつつ、思い出しながら何とか覚えている情報を伝えていったのだけど、そんな私の拙い話でも二人には興味深々の事だったらしくて、前のめりの姿勢で何度も頷きながら最後まで聞いてくれた。
何だか気恥ずかしいなと思いつつ話を終えると、獏くんは勉強になったよ!と笑顔で拍手をしてくれたけど、どうもフェンさんの様子がおかしかった。
笑顔は笑顔なんだけど、何か思う所があるような雰囲気と……困っている感があるっぽい……??
獏くんもそれに気づいたらしくて彼女に声を掛けたけど、何故か反応してくれなかった。
「……先生?フェン先生??どうかされましたか??」
何度かの声掛けの後に彼女は気づいたようで、
「……あ〜、気づかなくって申し訳ないです〜。貴重なお話感謝致しますわヒカゲ様〜。やはり世界が違うと色々と違うと実感致しました〜。ですが、少し思う所……懸念がありまして〜、少々考え事をしておりました〜」
「……懸念ですか……?」
懸念っていう言葉に引っかかりを感じたのか、獏くんが真意を問うと、フェンさんは少し逡巡した様子があったけれど、私も聞きたいですと伝えると、少し息を吐いた後ゆっくりと話し始めた。口調はいつもの間延びしたものじゃなくって、結婚式の時に見せていた冷静さと真剣さを合わせた真面目なものだった。
つまり……結構真面目なお話って事……だね。
「……まずは私の人間族に関しての知識不足をお詫びさせて頂きたいと思いますわ……種族が違う事は勿論留意をしておりましたが、こうも違ってくるとお話が変わって参りますので……。私が懸念しておりましたのは、ご懐妊からご出産までの期間の事です。先程ヒカゲ様のお話ではご出産まで10ヶ月程を見込んでいるというお話でした。恐らく人間であればその期間で胎内で御子の育成が行われるという事になるかと思われます。この世界では種族により差異はございますが、私共クロム族は平均して5ヶ月が受胎の期間です。つまり、人間より早く御子の育成が行われると言う事ですので……」
「……母体が……彼女が耐えられない可能性があるという事か……?」
「それは……まだ可能性の段階ではございますが……懸念しておいて間違いはないかと……」
獏くんの絞り出した震える言葉に、彼女は静かに肯定の頷きを返していた。
フェンさんとしても、今までに記録もないし彼女も経験のない事で断定は出来ないって話だった。
人間より早く生まれるって事はそれだけ成長が早い。つまり母体に対して求められる栄養が多いって事と成長に伴う母体の身体変化が追いつくかどうかって話みたい。
ただこれまでの人間と違う点として、私はこの世界に来た時に獏くんの魂を分けてもらっている事、継続的にこの世界の食べ物を摂取していて魔力の貯蔵が出来ている事があるので、お腹の赤ちゃんが育って行く時に魔力を持っていかれても大丈夫じゃないかって言われた。
あと、宿っている子供が獏くんの血を多く継いでいるか私の血を多く継いでいるかによるらしいけど、今はあまりに反応が小さすぎる為、現段階での判別は無理なんだって。
結論、前代未聞の事でこれからの流れはお腹の子が育ってみないと分からないってお話……だね。
フェンさんのお話を最後まで聞き終わった後の獏くんは、先程の喜びから一転して酷く落ち込んで泣きそうな様子で言葉もなく俯いてしまった。フェンさんは悲しげな様子で神に祈りを捧げているようだった。
二人はお通夜状態で沈みきっていたようだったけど、私は何故か不思議と心穏やかだった。
もしかしたらこの妊娠がきっかけで死んじゃうかもって結構切迫した状況だってのにね。いつもの私ならとっくにパニクって気絶コースだけど、全然そんな事はなかったんだ。
何でか知らないんだけど、私もお腹の子も大丈夫って根拠のない自信が溢れてきていたんだよね。
あれかな……マタニティハイってやつなのかな?
それか……この子を守らなきゃっていうお母さんの気持ちが強くなったから?
確かに今までに例もない事で、知識者のフェンさんでもどう転ぶかなんて分かんないんだよね。
色々と嫌な可能性が頭を掠めていくのも当然。でも、嫌な事ばっか考えていたら先に進めないし、何よりお腹の子も不安になってしまうよね。
もしも私が死んでしまうかもしれなくても、私はこの子を諦めたくない……だって、やっと出来た血の繋がった家族なんだもの!!
側にいた獏くんの手をおもむろにぎゅっと握ると、驚いた様子で私を見る。彼の瞳は絶望で暗く染まっていた。
怯まずにしっかりと彼と目線を合わせてから、思いの丈をぶつける事にした。
「獏くん……私、この子を産みたい!もし私がどうにかなっちゃっても、私……貴方の子を育てたい!!」
「ひぃちゃん……!?」
「だって……せっかく出来た新しい家族を諦めたくなんてないの!!獏くんと一緒に……この子と一緒に家族になりたいの!!」
「そこまで……覚悟してくれてるんだね……なら、俺も覚悟を決めるよ……!」
私の気迫が伝わったのか、元気のなかった獏くんの瞳に、表情に活気が戻っていくのを感じた。
一つ涼やかに笑って見せた後、彼は私をグッと抱き寄せた。
力強かったけど、痛くはなかった。大きく暖かな彼の胸の中で、続きの言葉を聞いた。
「ひぃちゃん……俺の子を宿してくれて本当に感謝してるよ……君と俺の子、必ず二人で育てよう!君も、その子も、俺が絶対に死なせやしない!必ず守ってみせるさ!!」
そう……貴方はいつでも私を、私の思いを受け止めてくれるの。そして私が欲しい態度を、言葉を、思いを返してくれるの。私だけの、私だけの止り木なの。
今までだって乗り越えてこれた。これからも、きっと、大丈夫だよ!
「ヒカゲ様……お強くなられましたね。それでこそ……それでこそ、母になる覚悟をもった女性でございますわ……!そしてバクゥ様も……私は嬉しく思います……!!」
私達が抱き合っているその近くで、フェンさんは祈りを止めて静かに涙していた。
場を包んでいた暗い雰囲気はすっかり消えていた。
今、満ちているのは今後への希望。
私の赤ちゃん……あなたはどんな子なんだろう?
まだ想像もつかないけど、パパもママもあなたに会いたくて会いたくて、待ち遠しいよ。
元気にすくすく育って、素敵なあなたを見せてね。
あなたには最強のパパとママがついているんだからね……!!
……なんて、まだ目立たないお腹をそっと擦りながら、私は思っていたのでした……。