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05.真昼の…

 まず口を開いたのは、マズマリアさんだった。


「警備員、いや用務員……でもありませんよね。どちらさまかしら?」

「どうしてここに? 入ってはいけないと朝にお伝えしたはず」


 おれを遮ってお嬢がいった。


「なんで水柱(これ)を正面から受け止めようとしたんだ? 火傷じゃ済まないだろ」

「肌程度なら魔法で再生できます。割り込まないでくださる?」

「熱いの自体は魔法でなんとかできないのか?」

「我慢してこそでしょう?」

「どんな考えだよ……」

「ちょっと! 無視しないでくださる?」


 おれとお嬢は、仕方なく揃って声の主を見た。


「ミリアさん。まさかとは思いますが、あなたのバディではありませんよね? 昼休みに学内へ部外者を入れるのは明確な校則違反ですわよ?」


 おれとお嬢が目を合わせる。お嬢のほうは知らないが、おれがマズマリアさんを無視していた原因のいくらかはそれが原因だったりする。正直にいってしまおう。愚かにもおれにこの場を切り抜けられる策うやいい訳はなかった。ただ少なくとも状況を静観してはいられなかったのだ。


「あ、あの……」


 幸運にも、助け舟は意外なところから訪れた。


「なんですの?」

「ひゃう……」


 テルキュネスさんは一度は顔を伏せてしまったものの、絞り出すような声で言葉を続けてくれた。


「その、彼は、忘れ物を届けにきたらしく……」

「それがどうしましたの? 部外者がここまで入っていい理由にはならないでしょう!」

「ご、ごめんなさい! ただ、その……さ、三十三条……」


 三十三条? まさか法律ではないだろうしおそらくは校則かなにかなのだろうが、周囲を囲む女生徒たち含めて誰一人それがなんなのかをわかっていないらしい。もちろんおれもそうだし、背後のお嬢も同じくだ。


 マズマリアさんを先ほど止めようと声をかけていた囲いのうちの一人が、取り出した生徒手帳を読み上げてくれた。


「学則第三十三条は『生徒の保護者、関係者が許可なく学園内へ立ち入ることを禁ず。ただし学則三十一条に基づき、緊急を要する用件の場合は担任、もしくは学年主任への事後連絡を以てそれを例外的に許可する』のようです……」

「それは連絡が取れない場合の緊急的な事情で適応されるもので、大会のバディには関係ないでしょう! いかなる事情があろうとも部外者は部外者。放課後の練習時間までバディの一切の立ち入りは禁止されていますわ!」

「あら、そうですの?」


 助け舟その二は、これまた意外なものだった。助け舟の方法もだ。


 派手な音を立ててマズマリアさんの背後に落下したベンチに、おれはギョッとした。ベンチはベンチだ。公園に並ぶような木製のベンチが、なぜか音を立ててそこに出現した。なぜか、というか、声がした方向を見ていたから、なんとなくわかってはいるのだが。


 見たままをいおう。ベンチがぶっ飛んできた。


「エフェリリウスさん……!」

「ごきげんよう、マズマリアさん?」


 前方の囲いがモーセを前にした海のように割れている。モーセ、つまり声の主であるステレオタイプなお嬢さまが、こちらを見て口端を曲げた。そういえば朝の初対面でもエフェリリウスといっていたような、そうでないような。


 それよりも、だ。


 囲われた空間にいるのはおれとお嬢とテルキュネスさん、それにマズマリアさんにエフェリリウスさんの五人だ。マズマリアさんに声をかけた女生徒は外の囲いのなかにいたし、それ以外には四つの水柱だけしかないはずだった。


 飛んできたベンチを叩き落とした人物が、なぜかマズマリアさんの背後に立っている。おれを含めてこの場で一番身長が高く、体格もいい。服装も制服とはかけ離れた黒いパーカー付きコートのようなもので、周囲から走り寄って彼女を庇ったと考えるにはいささか目立ちすぎる。


 おれの目が正しければ、その人物は突如としてその場に出現したのだ。


「いかなる事情があろうとも部外者の立ち入りは禁止されているそうですわね」

「いきなりなにをなさいますの!」


 ステレオタイプ――いや、エフェリリウスがいい、マズマリアさんが怒鳴り返した。しかしどうにも状況から察するに、分が悪い人物が誰なのかは明らかだった。いまや視線のほとんどは謎の人物を連れたマズマリアさんに向いてしまっている。


「くっ……覚えておきなさい!」


 結局彼女は、おれの存在を咎める立場には戻れなかった。囲いのなかへとマズマリアさんが消えた数秒後に、立っていた水柱が割れ、崩れていった。水浸しになった足元を避けるようにおれとお嬢は後退し、代わりにエフェリリウスが前に出てきた。


「騒がしいと思ってきてみれば。なぜこんなことに?」

「中庭で行水しようと思いましたの。それだけですわ」


 いや待て。隠したいのならせめてもう少し理由を考えろ。


「そう。それは当然ですわね」


 素直に信じた、というわけではないのは、彼女たち二人の表情を見ればすぐにわかる。まっすぐに互いを見つめる彼女たちの様子に、おれは近くに立ったままだったテルキュネスさんと顔を見合わせた。助けてくれた彼女には、あとで礼をいわなきゃな。


「騒がしくしてしまったことについては謝罪いたします」

「いえ、よいタイミングでした。手間が省けますわ」


 お嬢が眉をひそめた。


「手間?」

「ええ。一つ提案がありますの」


 蚊帳の外にいたはずのおれを、突然エフェリリウスが見つめてきた。いまの話の流れでなぜおれに? それともなにかを聞き逃したか?


「あなたのバディ、わたくしに譲ってくださらない?」


 おそらく聞き逃している。そうに違いなかった。


「はい?」


 お嬢の困惑はごもっともで、おれもたぶん、彼女とまったく同じ表情をしていると思う。


「どうなされたの? いい方が悪かったかしら」

「そうじゃ……そうではなく。まったくもって理由がわかりませんわ。あなたにいわせればわたくしは貧しく卑しい身分。そのわたくしの所有物に興味を示すなど、どういう風の吹き回しですの?」

「所有物ってなんだ」


 貧しく卑しい身分の所有物の意見など、無視されて当然だった。おれのことなどまるで無視した様子で、エフェリリウスは両手をぽんと合わせながらいった。


「簡単なことですわ。わたくしがこの方に惚れただけのこと」


 囲いたちがにわかに騒ぎ出した。いやいや、いまの流れでどうしておれの意見が無視されているんだ。声量か? 声量が足りないのか?


「おれのどこに惚れる要素があった」

「謙遜なさるのならば、せめてその素敵なお顔を隠してからになされては?」


 生まれてこの方おれは自分自身の外見について褒められたことなどなく、従って彼女の言葉にはドキリとさせられ、まんざらでもない笑みを浮かべたのだが。


 顔を逸らしてお嬢が鼻を鳴らし、横目でテルキュネスさんを見てみればなにかを憐れむような表情でエフェリリウスを見ていて。


 これは間違いなく。まっすぐに褒め言葉として受け取ってはいけない言葉だと改めて確認したころ、不意を突かれていたお嬢がようやく口を開いた。


「理由はどうあれ、もうその方とはバディとしての契約を結んでおりますの。残念ですがお引き取り願ってもよろしくて?」

「彼自身の意見を聞くべきですわ。ねぇ、ハルアさん?」


 名乗った覚えのない名前を口に出され、おれはビクリと体を震わせた。ちなみにハルアキなのだが特に訂正はしない。


「なぜ名前を?」

「大会の登録情報に記帳された名前を拝見しましたの。しかしあの登録はあくまで仮。大会の円滑な進行を目的としたものですし、本登録にはハルアさん自身が出席して身分を証明する必要がありますわ」


 身分証明。おれはミリアに顔を向けた。


「身分なんて証明できないぞ」

「あとで説明するからちょっと黙ってて」


 周囲がざわついた。なにが起こったのかわからず、おれとミリアは揃って前を向き、皆の目線を探り、彼女たちが見る地面を見た。


 おれたちとエフェリリウスの間に、白い手袋が叩きつけられていた。


「おれの世界だとな、これはたしか決闘の合図なんだが」

「ミリアロード・クラフマスティカ・ドレッドノートさん。わたくしレヴィ・シルトランゼ・エフェリリウスは、あなたに決闘を申し込みます」


 場がシンと静まり返る。息を呑む彼女たちの様子を見て、おれはこれがその合図(・・・・)であることと、それが冗談でないことを理解した。


「あなた、決闘の意味がわかっていらっしゃる?」

「すべて理解していますわ。あなたが勝てば、そうですね……学内での身の安全は保障いたしますわ。先ほどここでなにがおこなわれていたのかは知りませんが。それに新しい制服も用意いたします。代わりに、わたくしが勝てば、陽明を譲渡なさい」


 完全におれの自由意思など存在しないのが前提で話が進んでいく。なんとかいってやれ、お嬢。


「よろしいでしょう」


 ダメだった。勝手におれを賭けごとに使うな。


「時間が惜しいですわね。日時は明日の放課後、場所は中庭の決闘場でいかが?」

「よろしくてよ」


 お嬢が手袋を拾い上げると、周囲がさらにどよめいた。なんで中庭に決闘場が常備されているのかはまったくもって不明なのだが、こちらの世界の歴史や価値観がまだわからない以上静観するしかないわけで。


 エフェリリウスがステレオタイプのお嬢さま()高笑いとともに立ち去っていく。周囲の人だかりが消え、いつの間にかテルキュネスさんの姿もないことに気づいたころ、横に並んだお嬢が深く息を吐いた。


「決闘とか大丈夫なのか」

「なんのつもりかしらねぇ」

「こっちの台詞だ」

「そうじゃなくて」


 手袋の土汚れを払いながら、お嬢がいう。


「決闘って知ってる? 立会人はいるけど基本は一対一。わたしたちは命までは取らないにしても、武器を取って戦うし、負けた方は名誉を失う」

「フィクションの世界では見たことがある。いま、おれの世界では禁止されててな」

「そうなの? それじゃ、わからないか」

「なにが」

「決闘はね、地位が同じ人でやるものなの」


 お嬢の言葉の意味を考える。たしかに、いままでのやり取りから決闘というのは少し気になる、かも。


「そういえばおれの世界でもそうだった」

「彼女の本心は知らないけど、少なくとも学内では一貫してわたしを認めていない。この学園に通うための資格はないってね」


 さらっといってくれるものだ。エフェリリウスにしても、マズマリアさんにしても。同じ学園に通うのだから少しは認めてやってもよいだろうに。それともこの学園、貧乏と触れるのがとことん嫌いとかいう典型的な悪役お嬢さましかいないのか。


「そこまでして公式に陽明が欲しいってのも、変な話よね。あら失礼」

「おれも思ってるから気にするな」

「別にそういう意味じゃなくてね、陽明に魔術書のなにかしらが入ってるかもしれないってことを知ってるはずはないし、魔法反応もしないはず。特段強そうにも見えないし……つまり」

「決闘しておれを獲得するメリットがないってわけだ」


 チャイムが鳴る。遠くに見える女生徒たちの姿の動きに懐かしさを覚える。たぶん、昼休みの終わりを告げる予鈴だ。


「まぁ、勝てば問題ないだろ」

「簡単にいっちゃって」

「勝てる自信があるから受けたんだろ? それともプライドで引き下がれなかったか?」

「両方」


 両方か。なら仕方がない。


 校舎へと戻る直前、お嬢が思い出したようにいった。


「ところでお嬢ってなに」

「親しみを込めて。宿題だったろ」

「お嬢って親しみが籠もってるいい方?」

「たぶんな」


 まぁいいか。お嬢はそういうと駆けていってしまった。昼食をすっかり忘れていたことに気づいたのは、午後の授業開始を告げる長いチャイムのあとだった。

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