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02.おれの世界のものさしだと

 燃え盛る炎の横で、女性がわかりやすく動揺を見せた。


「ええっ、なんでこの規模……爺や!」

「これはいけませぬな」


 おそらくだが、この炎が予想外だったのはおれだけではなかったらしい。足元から伸び、天井に達したのちはヒビのように広がった火柱に駆け寄った爺やは鉄杖を捨て、なにも持っていない両の手を火柱にかざした。


「隙も間もなく凍りなされよ!」


 爺やが声を上げると同時に、炎が一気にかたちを変えた。火柱が丸ごと氷柱に変わるその時間があまりにも短すぎて、おれは目をパチクリとさせる以外のリアクションを取れなかった。


「魔法みたいだ」

「お嬢さま。この部屋は召喚用に耐魔法も耐火も施しておりますが、この規模は……」

「わ、わかってるってば。いまのは脅し! 脅しだし、室内でこんな規模を出すわけないでしょ!」


 おれの呟きを無視して二人が話している。おれは二人に警戒されないようによろよろと立ち上がった。


「ええ、そうでしょうとも。これは誰しも想定外」

「本当に。魔術書を探さないと」

「その件についてでございますが」


 言葉を切り、爺やがおれを見た。


「この者、もしや魔術書として召喚されたのでは」

「それ本気でいってる?」

「仮説の話でございます」

「魔術書ってなんです?」


 今度は無視されない声量で問うてみた。女性はおれにはばかることなくため息を吐いて、それから首を傾げた。


「ねぇ、不法侵入者さん。本当に知らない?」

「なにをだ? ここのこと? それとも魔術書?」


 腕を組んで唸る女性に、おれは一番訊いてみたいことを口に出した。


「それで、ここはどこなんだ。日本とか東京とか、それ以外の答えだと嬉しいんだけど?」


 嬉しいというか、安心するというか。これで外に出たら日本語まみれのビル群でしたというのは、逆に不気味でしかない。


 そして目の前の二人の困惑顔に、おれは口端を曲げたのだった。







 魔法陣の部屋を出ると廊下があり、吹き抜けの広間があり、階段を下るとそこはおそらく一階で、おれは壁側のソファへと案内された。外は夕方なのだろうか。自然光で視界は確保できているし、点いてはいないが一応照明設備らしきものも壁にある。こういったタイプのロビーは日本のホテルでは珍しいだろう。軽井沢あたりの別荘にあるのかもしれないが、おれはこの手の構造を映画やゲームといった媒体でしか見たことがなかった。


 要するに、広い洋館で、屋敷だった。


 ソファの前にある木製のテーブルに、飲み方が満たされたカップが二つ置かれた。爺やさんの話ではコーヒーらしいが、さておれの知っているコーヒーなのだろうか。


 見た目と匂いはたしかにコーヒーだ。そして湯気の昇るそれを思い切って飲んでみると、たしかに間違いないようだった。これで少し残念がるのは贅沢かもしれない。


「ありがとうございます。美味しいです」


 ポットを抱えた爺やさんが会釈して、奥へと消えていった。代わりに玄関正面の階段を降りてきた女性が、テーブルを挟んだ向かい側のソファに腰掛けた。


「ごめんなさい。動揺で気が短くなってしまってたかも」


 そういって、彼女はテーブルに置かれたままのカップを手に取った。かもではなく実際にそうだった気がする。おれは猫舌だからゆっくり味わうことにしたが、彼女はといえばカップを一気に煽って早々にコーヒーを飲み切ってしまった。


「どこから説明すればいいかしら」

「改めて確認いたしますが」


 こちらに戻ってきた爺やさんが彼女の背後に立った。


「トウキョウから来たのでございますな?」


 おれは素直に頷いてみせた。渡された紙に書いてみせた日本語に、二人は深く頷いた。


「地名はともかくこの文字……記載がありましたな」

「うん。異世界の言語……これをトウキョウって読むのかな」


 おお。なんか二人でそれっぽい会話をしている。


「異世界と聞いても、驚かれませぬか」

「そういうフィクション、多いので」


 おれは訊いてきた爺やさんにひらひらと手を振ってみせた。問題はこれがフィクションではないということと、自分の身に降りかかってしまっていることか。


「それに外見は同じ人間ですし、コーヒーも。でも驚いてない一番の原因は、言葉ですかね」

「ほう。言葉がどうかなされましたか」

「だって日本語じゃないですか。あなたも、それに彼女も」

「ふむ。それは興味深い」


 そういって、爺やさんはなにかを考えるように顎に手を添えた。


「我々がいま使用している言語はアルン語でございます。もちろん、あなたの言葉もアルン語に聞こえております」

「本当ですか」

「感覚に作用する翻訳魔法かなにかかもしれませぬな」

「そりゃ、便利で助かります」


 本心だった。ここがどこなのかはさっぱりだが、コミュニケーションが取れなければ流石に絶望ものだ。


「簡潔に申せば、前例なき事故でございます」


 爺やさんが切り出した。


「我々は異世界から魔術書と称される書物を召喚し、それをもとに強力な魔法を引き出しております。魔法陣から召喚されるのは書物であり、決して人間などではございませぬ」

「本当に前例がないんですか?」

「少なくとも、公表された情報では」


 異世界っていうのがおれの世界なのだろうか。魔法も魔術書ももとの世界で聞いた覚えはないのだが、いかんせん情報が少なすぎる。


「異世界から召喚される本があるのは理解しました。じゃあ初めから人間を召喚しようとして召喚される人間というのは……」

「それも前例がありませぬ」


 あれ、そこはあるといってほしかった。おれは一匹目のペンギンになりたいタイプではないのだ。


 そしてその返答によって、おれのなかに嫌な疑惑が生じた。


「もしかしてなんですけど、帰る手段がなかったりしますか?」

「魔術書の送還魔法が適用できるならば、可能かもしれない」


 女性がいった。送還という言葉の脳内変換に少し迷ったが、たぶんこの字で間違いないと思う。


「返品するんですか? もしかして、たとえば魔術書の内容が悪かったりすると……」

「クーリングオフってやつ? そういう事情で送還魔法を用いるのは、よっぽどの富豪か暇つぶしか、あるいはその両方かな。召喚魔法と送還魔法はコスト的に同じくらいだし。別に一人一冊っていうルールはないしね」


 彼女がいった。なるほど少しは魔術書のルールがわかってきた。魔術書の召喚は珍しくはあれど奇抜なおこないではないらしい。そしてクーリングオフという言葉がどう自動翻訳されたのは知らないが、少なくともそれに準ずる法なりなんなりの整備はある世界というわけだ。


 爺やさんはいつの間にかまたポットを手に抱えていて、コーヒーを注ぎ足してくれた。それから新しくカップをテーブルに置いてくれた。同じような白い陶器のコーヒーカップで、違う点はパッと見てなかに満たされているのが液体ではないということだろう。


 コーヒーカップの上に広がる小麦色の小さなドーム。これ、なんといったっけか。たしか――。


「ポットパイでございます。よろしければどうぞ」


 そうそう、ポットパイだ。おれは爺やさんに素直に礼をいい、それをいただくことにした。飲食店のメニューで見たことはあっても注文したことはない。このパイ生地の下になにがあるのかも知らなかったおれは、なかに収められたシチューにホッと息を吐いた。おれの世界でもこういうものなのだろうか。


 口をつけると、ひどく安心した。緊張していないと思っていたのだが、どうやら自分自身を誤魔化しているのかもしれなかった。


「爺や、師匠に話を通しておいて」

「承知いたしました。お嬢さまは……」

「わたしは事情聴取担当」


 爺やは彼女とおれに一礼し、その場を去っていった。なんとなく気づいていたが、この女性はお嬢さまらしい。そして爺やさんは執事といったところか。いや、最初からわかってはいたのだが、はっきりと確証が持てなかったのだ。


 爺やさんがいない、静寂の空間。謎の気まずさ。


 先に沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。


「ミリアロード・クラフマスティカ・アンツ・ドレッドノート」

「え?」

「わたしの名前。一応もう一回名乗っておこうかなって思って。それともなにか気になることでも?」


 なんだその笑みと細めた目は。先ほどおれが聞き取れていなかったことがバレた? いやいや。それともいまもおれが聞き取れていないことが? いやいや。


「おれは三島陽章です。よろしくお願いします、お嬢さん」


 お嬢さんが噴き出した。どういうニュアンスで伝わったのだろうか。まさかおれが口に出さずとも名前も苗字も未だにどれかわからないから仕方なくこうなったということまで翻訳されてはいないだろうな。


「顔に出やすいタイプ? まぁいっか。ちなみにね、名前はミリアロードだから」

「存じています。ちなみにおれは三島陽章で、気になってるのは……」


 早々に話題を逸らして、おれはいまいる広い家を見回した。


「とても広い家だなって。それなのに……」

「それなのに、わたしと爺や以外いなさそうなのが気になる?」

「おれの世界のものさしだと。それと家具も」

「うーん。こっちの世界のものさしでもそうかな」


 こういうタイプのいわゆる豪邸にしては、目立つ物が少なすぎた。いかにも敷いてありそうな絨毯はなく、シャンデリアもなく、灯りも消えたままで、肌寒い風ばかりが通っているのだ。それに、もう一つ。


「あと、この継ぎ接ぎだらけの服も気になる?」

「心を読まないでください」


 おれは思わず苦笑した。触れにくいことに助け舟を出してくれたのか、もとからそういう性格なのか。


 はっきりいって、この豪邸や有能そうな爺やさんには似つかわしくない服装だった。なんせ薄汚れたエプロンに、ボロ布を強引に縫い合わせて作ったようなドレスだ。魔法使いに会う前のシンデレラがイメージに近いかもしれない。爺やさんが燕尾服に蝶ネクタイとステレオタイプに立派なものだから、なおさらギャップがあったのだ。


「気になるでしょ? これはね……」


 笑みを浮かべて口を開いた彼女の言葉は、しかし玄関の扉をノックする音に遮られた。


「爺や、じゃないか」

「なんだ、ほかにもいらっしゃるなら先に」


 扉を開けに行く様子は特に変わったこともなく、おそらくはこの時間帯によく来る客なのだろう。しかし彼女が開けた扉の先に立っていた男に、おれは思わず身構えた。


 ピッチリとしたスーツを羽織った小太りの男が、彼女に小さく会釈した。夕陽の逆光で表情までは見えないが、どうにも親しい仲には思えなかったのだ。


「ごきげんよう。今週の利息分をいただきに伺いましたよ」


 あくまでおれの世界のものさしでの話だが。


 それはおそらく、借金の取り立て屋だった。

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