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待つ女  作者: 真波馨
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解答篇


 諸井から交差点の女に関する相談を受けて、ちょうど一週間後。土曜日の朝一番に碓氷は蒲生からの電話で叩き起こされ、一時間後にいつもの喫茶店に向かうよう強引な指令が下された。

「碓氷、お前どうしてあのビルで何か起きるって分かったんだよ」

 ソファ席を陣取って開口一番、蒲生は唾を飛ばさん勢いで碓氷に詰問した。碓氷は寝ぼけ眼を擦りながら億劫そうに口を開く。

「別に、ちょっとした連想ゲームというか。いつものくだらない推理ゲームだよ」

「いいから。ほら、珈琲を三杯くらい注文するからしゃきっとしろ。俺にはまったくもって理解不能だぞ、その推理ゲームの解答が」

「珈琲は一杯でいいよ――諸井さん、だっけ。彼の話に街金業者が出てきたとき、僕は真っ先に疑った。何をかって? 交差点の女性は、もしかすると警察関係者ではないのかとね」

「警察だって」蒲生は忙しく両目を瞬かせる。碓氷は欠伸を一つ漏らすと、

「そう。諸井さんのオフィスが入ったビルから交差点に立つ女性が見えたということは、交差点を渡って最初に行き着く建物がそのビルなんだろうね。そして、女性は交差点の一箇所からじっと動かないまま、時折視線をビルの方角に向けていた。アルバイトでも人との待ち合わせでもなければ、彼女は何かを監視していたのではないかという可能性が自然と思い浮かぶ。でも、諸井さんの話に街金業者が出てくるまでは、どこにもそんな怪しい影がなかったものだから、迂闊に疑いをかけることができなかったんだ。

 では、女性は何のためにビルを監視していたのか。最も疑わしいのは街金の事務所だ。ビルの方角を見上げていたのなら、そこに監視対象者が見える窓か何かがあるだろうと想像する。壁しかなければ見る必要もないものね。諸井さんの勤め先が真っ当なところであれば、残るターゲットは四階の街金事務所しかない。ちなみに、一階と二階には何が――ふん、一階がダンススタジオで二階がテナント募集中ね。一階が監視対象ならビルを見上げる理由はないだろうから、やはり可能性が高いのは四階だ。

 けれど、ここでちょっと立ち止まってみよう。そもそも、監視される心当たりもない諸井さんが彼女の存在に気付いたくらいだ。街金事務所の奴らがその女性の存在を認知していないなんてあり得るだろうか。答えは限りなくノーに近い。となると、警察官にしてはちょっと監視方法がお粗末な気もするね。

 では、女性は警察関係者ではないのか。彼女の目的は何なのか。実は警察官以外にも、その女性がビルを監視する理由をもう一つ推察することができる。それは、彼女が街金事務所()()()()であった場合だ」

「交差点の女が、街金の奴らの一味だって」笑い飛ばそうとした蒲生だが、碓氷は至って真面目な顔で友人の顔前に手のひらを押し出す。

「話は最後まで聞きなよ。仮に交差点の女性が街金業者の一員だとすれば、たとえ街金事務所からよく見える位置に立ちっぱなしでいても、また彼女の視線が時折ビルのほうを向いたとしても不自然ではない。彼女は、街金事務所の人間とコンタクトを取っていた。要するに、街金事務所が遣わした監視役だったわけだ」

「けど、一体何を監視するのさ」

「諸井さんの話によれば、彼のオフィスが入っているビルは各階の床が薄くて上の階の物音がよく聞こえてくるらしい。もし、街金の奴らがその構造を利用して、何か悪事を企んでいたとしたら」

「悪事――?」

「街金の奴らは、ここ最近荒れていたそうだね。怒鳴り声やドアを激しく開閉する音が聞こえたとか。たとえばね、蒲生。こんな仮説はどうかな。街金の連中は、仕事が上手くいかず経営難の状況にあった。そんな折、何らかのきっかけで上の階に住む住人が金を貯め込んでいるらしいという噂を耳にする。悪知恵の働く彼らは考えた。空き巣を装って、その住人の部屋から金を盗み出すことはできないかと。

 幸い、ビル内の床の造りによって、上の階の住人が部屋を出て行ったかどうかはドアの開閉音で分かる。仮にも仕事中だし、住民の部屋付近を見張り続けるわけにもいかない。ターゲットに見つかるリスクもある。だから、上階から聞こえるドアの開閉音を頼りに、ターゲットの部屋から主が不在になったことを確認する方法をとった。一つ補足しておくと、この仮説の場合、ターゲットが街金事務所の真上の階に住んでいるという条件が不可欠だ。街金事務所の天井とターゲットの部屋の床が面していなければ、上階の音が聞こえてこないからね。

 そして、ターゲットが部屋から出て行ったのを見計らい、街金事務所の一人が部屋に侵入する。このとき役に立つのが、交差点で見張り役をしている女性だ。恐らく、例の交差点はターゲットが外出の際に必ず通る通過地点だったのだろう。だから、ターゲットがいつ戻ってくるかを空き巣に入っている仲間に知らせるため、彼女の存在が必要だった。空き巣の実行直前には、実行犯が交差点の女性にメールか何かで、ターゲットが部屋を出たことを伝えていたのかもしれない。

 女性の見張り場所が交差点であったことには他にも重要な意味がある。交差点からターゲットの部屋があるビルの五階までは、信号の待ち時間も含めて五分以上のラグがあるはずだ。実行犯が作業を終了し、空き巣の証拠隠滅を図り、部屋を出て事務所に戻るまでには少なくとも五分は欲しいところだ。ターゲットの帰宅するタイミングは、できるだけ早く知りたかった。それには、交差点というポイントが打ってつけというわけだ。女性が待っていたのは、信号なんかよりもずっと重要な、事務所の経営危機を打破する機会だったのさ。事務所を廃業する話が立ち消えたのも、そのチャンスを利用しない手はないと考えてのことだったのだろうね」



 実は、碓氷から事前に空き巣説をこっそり聞かされていた諸井は、半信半疑ながらも自分の頭上でいつ犯罪が行われるか悶々としながら日々の職務をこなしていた。四階の街金業者一味が空き巣犯罪を決行したのは、三人が喫茶店で「交差点で信号待ちをする謎の女」について議論した日から五日後のことである。いつものように窓外に見える交差点に細心の注意を払っていた諸井は、(碓氷曰く)監視役の女性がかれこれ一時間を超えて交差点に佇立していることに気付く。「普段は一時間もすれば姿が見えなくなっているのに」と疑念を深めた諸井は、ようやく交差点の女性が窓から見えなくなった瞬間、トイレ休憩と言ってオフィスを抜けると、街金業者の真上の階の部屋に一人で暮らすホステスの女性宅に押しかけた。「あなたの部屋に空き巣が入った恐れがある」という一見荒唐無稽な諸井の主張に押し切られ、彼女が自室を探った結果、街金一味の犯罪が早くも発覚したのである。

 以上の経緯から、諸井が地元警察から多大な謝辞を受けたことは言うに及ばない。諸井は後日碓氷と喫茶店で落ち合い、上記の結果を事細かに話して聞かせた。最後には「事件を予測して真相まで解き明かすなんて、まるで推理小説の名探偵みたいですね」と、スーパーヒーローに憧れる子どものように碓氷のファンを自称するまでに至ったことを最後に記しておく。

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