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短編

文系少年の青春

作者: 佐々木尽左

 俺は、タコに似た火星人もどきに壁際へと追い詰められていた。六本の足を人の足のように使い、二本の足を手のように使う、あの赤い連中のことだ。

 しかし今目の前にいる連中は、更に揃って不自然に生えた金髪をツインテールにしている。まるでカツラを被っているみたいだ。盛り合わせちゃダメだろ、これ。

 逃げ場のない俺に対して、火星人もどきの一匹が前に進み出て手にした焼き芋を差し出してくる。

『サァ、クエ』

 焼きたてのさつまいもが甘い香りを漂わせている。日本語で書かれた新聞紙に包まれているのが不思議だけれども、ともかく旨そうだ。

 しかし、これ、食っていいのか? 金髪ツインテールの直立型タコの差し出す焼き芋を、本当に食っていいのか?!

 いや、ダメだろ! いくら何でも怪しすぎる。普通の焼き芋に見せかけて、絶対何か仕込んでいるぞ。

『サァ、クエ』

 徐々に狭くなる包囲網の中、ついに焼き芋を鼻先に突きつけられた俺。

 妙に現実的な香りがする焼き芋から離れようとするが、タコ星人は逃がしてくれない。

 え、現実的な香り?

 ってことは、これは現実じゃない?

 それに気付いた途端、視界が急速に白く塗りつぶされていった。


 意識が覚醒するに従って、俺はゆっくりとまぶたを上げる。

 しばらく朝かな、なんて思っていたが、布団ではなく椅子に座って寝ていたので違うだろう。ああそうか、また執筆途中に寝たんだな。

 そして何故か、俺の鼻先に焼き芋が突きつけられていた。あれ、実は現実のお話だった?

「ほ~ら、美味しい焼き芋だぞ~」

 何がそんなに嬉しいのか、香織が楽しそうに呟いていた。

「そうか、焼き芋と金髪ツインテールはお前が原因か」

「あ、起きた。おはよう、一樹」

 俺で遊ぶのは終わったらしく、香織は引っ込めた焼き芋にかぶりついた。

「で、原因って何の?」

「なんでもない」

 かぶりを振って残った眠気を飛ばす。

 残るはタコ型火星人だが、これには心当たりがある。次の小説のネタにと最近調べ回っていたからだろう。

 しかしそれにしても、タコ型火星人に金髪ツインテールなんて斬新すぎる発想は俺単独ではできない。夢のでたらめさならではだ。

「こんなところで寝てたら風邪ひくよ?」

「わかってる。別に寝たくて寝たわけじゃないんだ」

 秋もだいぶ深まってきた最近だと、うたた寝をしただけでも風邪をひきかねない。暖房器具はあるけどまだ使うには早いからなぁ。

 幽霊部員も含めて現在四名しかいない小説同好会に割り当てられた部屋は狭い。かつては十人以上が在籍して小説部だったらしいが、俺がこの高校に入学する前の話だ。

「それで、今は何を書いているの?」

「SFもので、火星と月の交流についてだよ」

 人類は一度太陽系に進出したけど、戦争で地球が荒廃してからは宇宙の進出拠点は孤立してしまう。それから百年ほどが過ぎて再び他の拠点の探索と再交流をするという話だ。

「ふーん。聞いている分には真新しい要素はなさそうね」

「SFものは今回初めてだから、まずは思いついたものをまとめて書き切るのが目的さ」

「えー、レベルひくーい」

 香織は口を尖らせて文句を言ってくるが、書くのは俺だ。まずは好きなように書く。

「前に書いた、シルフっていう殺し屋と森の中で戦うやつとか、汚染物質を食べると強くなるとか、あっちはお話の内容がどうとか言ってたじゃん」

「殺し屋と掃除屋のバトルものと改造人間の復讐ものか」

 バトルものは最初街で戦わせる予定だったんだけど、対決相手のあだ名にふさわしい場所と戦い方を考えていたら森で戦わせることになったんだよな。もう一方の復讐ものは、どうやって汚染物質を手に入れて持ち歩くのかというところで苦労した記憶がある。

「せっかく一樹の小説を読むんだからさ、ちゃんとしたのを書いてよね」

「はいはい」

 俺は書いた小説をウェブサイトで公開しているが、公開する前にまず香織に読んでもらっている。物語の感想を聞いたり誤字脱字などおかしなところを見つけてもらっているのだ。それだけに、手抜きは嫌というわけである。

「ねぇ、あたしそろそろ帰ろうかと思うんだけど、一樹はどうする?」

「うーん、そうだなぁ。今日はもういいか」

 書いている途中の文章を見ると、寝る前に思いついたことは全部書いていた。今は何も思い浮かばないし、続きは帰ってからでもいいだろう。

 俺はクラウドサービスのファイルサーバー上にファイルをアップロードすると、デスクトップマシンの電源を落とした。

「よし、それじゃ帰るか」

「うん!」

 片付けが全て終わると、部屋の戸締まりをして扉の鍵を閉めた。


 校門を出て街灯が点き始めた道を香織と歩く。この時季の夕方は日に当たらないと寒く感じる。

「そういえばさ、今度どっかの賞に出すんでしょ?」

「ああ。推理小説で応募しようかと思っているんだ」

 最近はウェブ小説からプロデビューする作家も増えてきているが、従来型の賞に応募する形式も多い。執筆ペースと応募期間を照らし合わせてみると、ひとつどうにか応募できそうなところがあったので挑戦するのだ。

「前はホラーだっけ? その前はファンタジー。なんか節操なくない?」

「自分でもまだどれが向いているかよくわからないっていうのもあるけど、今は何でも書いておきたいんだ。そうしたらそのうち得意分野と不得意分野もわかってくるだろうしね」

 自分にどれだけ才能があるかわからないけど、とりあえず何にでも手を出してみるというのは悪くないと思う。

「ふーん、そっか。それで、いつ読めるの?」

「来年の初めくらいかなぁ。話にもう一捻りほしいんだけど、うまく思いつかなくて」

 トリックの方はそう簡単に斬新なものは思いつかないと早々に諦めて、俺はトリックをストーリーの中に組み込んで、どう活かそうか考えているところである。

「よし、それじゃあたしに話してみてよ。何か良い案を思いつくかもよ?」

「そうだなぁ。ひとりで考えていても煮詰まるだけだもんなぁ」

「明日の土曜の朝に一緒に考えて、昼からは買い物に付き合ってよ」

「はいはい荷物持ちな」

 割に合うのかと言われると正直かなり怪しいが、まぁいつものことだ。夜に続きを書くのなら息抜きとも言える。

「決まりね! それじゃまた明日!」

 俺の家の前で別れると、香織は隣の家へと入ってゆく。

 小説としては実に手垢の付いた設定じみているが、事実なのだから仕方ない。

 明日の朝は香織と物語について色々考えるわけだが、ゼロから考えるというのは難しい。ここは何かしら取っ掛かりとなるアイデアを用意しておくべきだ。ほぼ確実にボロクソに言われるんだろう。けど、不思議なことにその後良いアイデアがよく浮かぶから香織の協力は欠かせない。

「今晩一晩考えておくか」

 今夜なにをするのか決めた俺は、どうすれば話が面白くなるのか考えながら自宅に入った。

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