第7話 制裁
翌日の昼休み、咲音は一人でお弁当を食べていた。
咲夜も一人で購買で買ってきたパンを頬張っている。
休憩時間や放課後にたまに話すことはあるが、教室にいる時はあまり話しかけないようにと咲夜に言われたのだ。
昼食を終えて教室を出た咲音は、廊下で自分を見て立っている男に気付いた。
「よ、有栖川咲音ちゃんだよね。ちょっと話があるんだけどいい?」
赤髪の男が手を振りながら近付いてくる。
「はい………?」
反射的に身を縮める咲音。どうしてこんなに話したこともない男の人に声を掛けられるんだろうか。
そしてこの男が話し掛けてきた瞬間周りの目……特に女子の目が一斉に集中したのは気のせいではない。
もちろん会話をしたことなどないが、咲音はこの男のことを知っていた。
志賀崎映時……紅城一のイケメンと言われる男だ。
「そんなに警戒しなくてもいいって。こっち来てくれる?」
にこやかに笑う志賀崎。とっさに断る理由も思い付かず、咲音は彼に従った。とにかく周りの目が痛い。
志賀崎の後についてやって来たのは音楽室の隣の準備室だった。軽音楽部の部室らしい。
志賀崎は咲音を中に入れるとドアをぴったりと閉める。
「ごめんな、いきなりこんなとこに呼び出して」
「……あの、話って……」
「んー、まぁ………」
志賀崎は苦い顔をして言った。
「単刀直入に言うと、君にピンチが迫ってるんだ」
「へ?」
あまりにも予想外の切り出しに固まる咲音。
「今君は危険な状況なんだ」
「それって、どういう………」
言いながら咲音はピンとくる。
「もしかして、級長の制裁………? あなた、もしかして級長なんですか?」
「あれ、意外と勘がいいのな……」
「ちょっと待ってください! どうして私なんですか? あのメッセージを送ったのは私じゃないです」
呆けた顔をした志賀崎にすがる咲音。
「まぁ落ち着けって。俺なら君を助けてやれなくもない」
「え………? 本当ですか?」
「あぁ。ただし条件がある」
「条件?」
志賀崎は頷くと、ぐっと顔を近付けてきた。
「っ……!」
唇が触れそうなくらいの距離に目が眩む。
「君が、俺のものになってくれるんならね……」
間近で囁かれる甘い声にとろけそうになった、その時。
ガララッと音を立てて準備室のドアが開かれた。
「何抜け駆けしようとしてんだよテメェ……」
獣のように志賀崎を睨み付ける猫っ毛の男が現れる。
咲音はハッとして志賀崎から離れたが、彼は全く動じる様子もなく言った。
「チッ、邪魔すんなよいいとこなのに」
「何がいいとこだよこの変態ドスケベクソミソ野郎‼ 自分の仕事忘れてんじゃねーよ‼」
猫っ毛の男がものすごい剣幕でいきり立つ。咲音はただ呆然として突っ立っていた。
「あー、ったくいちいちうるせーなぁ発情期の男は」
「黙れよオイ」
そう言うと猫っ毛男は咲音の腕を乱暴に掴み上げた。
「わっ……」
「こっち来い!」
男は咲音の腕を掴んだままずんずんと歩き続ける。咲音はおろおろしながらも抵抗できず、校舎裏までやって来た。向かいには体育館がある。
「あの、ちょっと、腕が痛いんですけど……」
「うるっせーな!」
「わっ!」
おそるおそる声を掛けてみると、男は突然咲音の腕を捻りあげるようにして校舎の壁に押し付けた。
「……っ、痛い………」
「!」
泣きそうな顔で俯く咲音は男の嗜虐心を煽る。
「…………」
「…………?」
腕を掴まれたまま呆けたように見つめられ首を傾げる咲音。
「⁉」
すると、男が突然咲音の栗色の髪を指で掬った。
「え、な、何………」
「何をやってるんですか貴方は」
その時、男の頭の後ろでバコンという音がした。
「いっ……てぇーな何すんだよ伊吹‼」
悶絶する猫っ毛男の後ろに、眼鏡を掛けた男子生徒が分厚い参考書を持って立っていた。どうやらこれで後頭部を殴られたらしい。続いて先ほどの志賀崎と長髪長身の男が現れる。
「君こそ何をしようとしてたのかな〜安御坂君」
「……‼ ち、ちげーよこれは……!」
口に手を当ててニヤニヤしている志賀崎に安御坂が顔を真っ赤にして噛み付く。咲音は再びただ突っ立っていることしかできなかった。
「はぁ……。ほらさっさと行きますよ。遠海、連れていけ」
眼鏡の男、伊吹が長髪の男遠海に命じる。
「ん? おお」
遠海が間の抜けた返事をした直後、咲音の体がふわりと浮く。
「わぁっ!?」
遠海はまるで米俵か何かのように咲音をひょいと肩の上に担ぎ上げた。
「ちょっと、下ろしてくださいっ……!」
「ん、なんでだ? 歩くより楽だろう」
「いやそういう問題じゃなくて……」
遠海はお構いなしに咲音を担いだまま歩いていく。
「相変わらず馬鹿力でド天然………」
安御坂のそんな声が聞こえた。
「連れて来たぞー戒」
志賀崎たちは体育館の入り口から入り、体育館の奥に設けられた体育倉庫まで咲音を連れて来た。倉庫の中央に重ねられた白いマットの上にドサっと落とされる。
「っ……」
中には隅の跳び箱に座ってスマホをいじっている天馬と、奥のいくつかの平均台の上に器用に寝そべっている白髪の男がいた。
「ん」
天馬は短く返事をすると跳び箱からぴょんと飛び降りる。
「じゃあとは交代で見張りよろしく」
「おう、任せとけ」
志賀崎が妙にキリッとして応えた。
訳も分からずに流されてきた咲音だが、冷静に状況を分析してみる。
さっきの志賀崎さんの様子からして、これは級長の制裁……天馬さんもいたし、この人たちは全員級長なのかな。
6人の級長たちは倉庫の外で何やら話をしている。どうやら咲音をここに閉じ込めるつもりらしい。そういえば昼休みなのになんで誰も体育館に居ないんだろう。どこかの部活が練習していてもおかしくないのに。
スマートフォンは教室に置いてきてしまっていて、誰かに連絡することもできない。
「よし、じゃあ最初は俺が見張りな! みんな戻っていいぜ」
志賀崎がそう言うとみんなはぞろぞろと体育館を出て行ったが、一人だけその場に留まっている者がいた。
「ん? どうしたんだよヤス」
ヤスと呼ばれた安御坂である。
「………俺も残る」
「ハァ!? おい、お前もあの子のこと狙ってんのか──」
「テメェが変なことしねーように見張っとくんだろうが」
「そんなこと言ってまた暴走すんじゃねーのか? さっきみたいに」
「バッ……マジでふざけんなよテメェ‼」
二人はまた言い争いを始めてしまう。
ところで、この人たちが気付いているのかは知らないが、今はもうあと5分で昼休みが終わるという時間である。
「あの………私、授業受けたいんですけど……」
咲音はおそるおそる、至極真っ当な主張をしてみる。
「は? この状況で何言ってんだよお前」
当然のごとく安御坂に睨まれる咲音。
「そんなのちょっとくらいサボっても大丈夫だって。俺たちと遊ぼうぜ」
そう言って志賀崎はさりげなく体育倉庫の鍵を閉めた。
「………………」
一体私、どうなっちゃうんだろう。