さざ波
あなたの香り→http://ncode.syosetu.com/n3690ct/ の続きです。
それはただの偶然だった。
普段からよく行くショッピングモールで、麗良らしき影を見つけた。
「れい、……!」
思わず声をかけそうになって、私は両の手で口を覆って殺した。
麗良の隣には、顔だけ見ればキャリアウーマンでも通じそうな、髪をボブにして厳しそうなイメージを抱かせる女性の姿。しかし、厳しそうと思ったのは二秒ほど見つめてからだった。最初のイメージは、底抜けに美しいということだけだった。
本能か、理性か、何かわからないけど、負けを感じた。
私は、麗良の隣にはいられない。
それがあったのが昨日の昼。昨日の夜は、さすがにあの時のショックで何の連絡もできなかったが、今日の夜――つまり、ほんの一時間前――には、連絡をした。
『今日、会えませんか?』
普段通りのメール。それに返事が来たのは、案外早かった。
『いいよ。いつもの所ね。』
そのメールを受信した携帯を胸に押し当て、大きく溜息を吐いた。
「どうせ、何も言えないんだろうなあ。」
絶望の中で人は微笑む。それを私は知っている。何もかも諦めて絶望しきった人は、聖母マリアのように微笑むのだ。理由は、私にはわからない。でも、そんな気分だった。
そう、私も微笑んだ。一人で。何も面白くないけれど。絶望を抱いて。
車の強いライトが私に当たって、目を細める。
「待たせたな、皐月。」
先ほどの微笑みを張り付けたまま、「こんばんは、麗良。」挨拶した。
助手席に乗り込んでシートベルトを着けようとすると、それを阻止された。
「相変わらず皐月はイイ子ちゃんだな。」
うん、そうなの。私はイイ子ちゃんなの。
心の中でそう答えて、「学校では優等生で通ってるからね。」また微笑んだ。
「今日は何処へ行くんだ?」
いつもこの質問に悩まされる。私の目的は、麗良に逢うこと。何処かに行くことではない故に、何処へ行くんだという投げかけには答えられないことが多い。
しかし、今日の私は違った。
「海へ、行きたいな。」
「これはまた遠出で。」
くつりと笑って車を発進させながら言った麗良。
車は、海へ向かった。
海に着いた車から降りて、浜辺へ近づく。
「皐月。」
ぐっと腕を掴まれて、私の歩みは止められた。
「今日はサンダルだろ、砂に紛れてガラスの破片があったりするから、危ない。」
そうだね、と答えて舗装された道から海を眺めるだけにした。
穏やかな波。さざ波の音が、私を癒す。
「皐月、昨日の昼、あのショッピングモールに居ただろ。」
しばらく波の音を楽しんでいれば、向こうから、昨日の出来事を告げられた。
「知ってたの。私、貴方に素敵な人がいることぐらい。」
そうか、と言って彼は口をつぐんだ。そして煙草を取り出した。煙草に火をつけて、一拍吸うと、煙を吐き出した。
「弥生は、俺の全てだ。」
そんなこと知ってる。知ってるんだから、言わなくていいよ。
言葉にならなかった。ひゅう、と風が吹いた。
「でも、二番目に大事なのは皐月だよ。」
「麗良らしくない!」
笑って振り向いて、そう言った。
「私は遊びの相手。その、ヤヨイ?さんが、本命。」
数歩離れたところにいた麗良に詰め寄る。
「こんな小娘、相手にしちゃだめよ。」
じゃあ、帰りましょ。
初めて、自分から帰るといえた。
それは大きな一歩で、退化で、進化だった。
書き散らかしたのでそのうち消すかもしれません。