天国で書く遺言書
もしも、来世があるのなら…。
手紙を遺したいと思うかもしれませんね。
「初めまして、お久しぶりです」
真逆のあいさつを連ねた人物が恭しくお辞儀をするのを見て、会ったこともないはずなのにとても胡散臭く感じた。
いや、実際かなり胡散臭いのだが…。
まず、貼り付けたような笑顔が不快感を煽っているようにしか見えない。
言葉の端々にこちらをからかおうとしているような裏を感じる。
それに、まるですべてを見透かすような瞳が気に食わない。
おかしいな?
これほどまで人を毛嫌いするような人間だっただろうか?
初対面からフレンドリーに接したりはしないものの、常識的な範囲で接していたと思うだけど…。
「ようこそおいで下さいました。私は管理人のエドワードと申します」
エドワードと名乗った人物はやはり笑っていない目を向けて奥へ案内するように歩き始めた。
いつもなら事情も話さずに――と喚いていたところだが、不思議と抵抗なく付いて行っていた。単純に今はそんな気分じゃないだけかもしれない。だけど、意外だとは思っても、悪い気分じゃあなかった。
「おそらくお忘れでしょうが……」
そんな前置きをし、
「実は、あなた様は以前も私と会っているのですよ?」
そんなことをのたまった。
「……そんな気はしてた」
それに対しては平然とこう答えたのだから自分でも肝が据わっていると思う。
一応言っておくけど、これは本当のこと。
決して強がりなんかじゃない。
理由はわからないけど、そんな気がしてたんだ。
きっと、その時にいい関係を築けなかったんだろうな。
そんなことを考えているなんて知らないエドワードは能天気にも
「左様ですか!」
今までで一番いい笑顔で喜んでいた。
……あれ?おかしいな。
この笑顔は嘘だとは思えない。
憶えていはいなかったけど、会ったことがあるという記憶に対してかそれとも再会できたことに対する喜びなのかはわからないけど確かに喜んでいる。
「では私が怒っている理由もお分かりですか?」
だから、そんな風に言われて再び意表を突かれることになった。
「…怒ってたの?」
特に意味もなく正直に尋ねた。
すると、エドワードは今度は眉を下げ、落胆の態度を示した。
「……申し訳ありません。管理人失格ですね…」
その感情は苦笑でいいのかな?
「さっきから言ってる管理人って何の管理人なの?少なくとも住んでいたのは一軒家だったから管理人はいなかったと思うんだけど?」
ここら辺で一回触れておいてみよう。
先程のように急に態度を変えられないための予防策を講じつつ、気になって疑問も解消するという一石二鳥の質問。自分のことながら褒めてあげたい。
自意識過剰かな?
まあ、結局この質問に答えてくれることはなかったから意味はないけど。
正確には答えてくれなかったのではなく、それ以降口をきいてくれなかったの方が正しいけど。
『実際はその質問の答えは目的地にありますよ』というぼかした答えは貰ったのだけど、すぐに答えてほしかった分ガッカリも大きい。
質問のおかげかエドワードが絡んでくることもなかったのだからそれはそれで目的を達成と言えなくもない…かな?
「――さあ、こちらですよ」
案内された先は図書館のようだった。
壁一面に本、本、本。
数えきれないほどの本が所狭しと並んでいる。
「どうぞ。お掛けになってください」
声をかけられるまで本を眺めていると、椅子を勧められる。
しかも、わざわざ少し引いて座りやすくした状態で待っていた。
ひねくれ者だからかそれともエドワードの親切に甘えたくないのか、その両方の気持ちがせめぎ合っているが座らなければ話が進みそうにないことを察して渋々腰かけた。
ちなみに、この時に椅子を引くなどという幼稚な真似は行われずホッとした。
「先程の質問にお答えしましょう」
腰掛けたのと反対側、カウンターを挟んだ向こう側に座ったエドワードは真っ白な封筒を差し出してきた。
「私は、遺言書の管理人です」
遺言書。
遺産などをどのように分配して欲しいか、家族以外にも相続したいなどの時に故人の遺志を尊重するためのモノ。
それを管理するということはエドワードは弁護士か何かなのだろうか?
どちらかというと、詐欺師の方がピンとくるんだけど。
「……やれやれ、まだお気づきになられないようですね」
何を?
「あなたはもう亡くなっているんですよ?」
「……は?何を言ってるの?
誰が……えっ?亡くなってる?
どういうこと?
だって、こんなにハッキリとした感覚もあるのに!
ほらっ!見てよ!触ってるじゃない!痛いじゃない!」
エドワードに見せつけるように腕を抓ってみたが、間違いなく痛い。
死んでいるなんてあるわけがない。
それなのに、何で?どうしてこんなに不安なんだろう?
「こちらをご覧になれば納得していただけるかもしれませんね」
頭を振り、諦めたような表情を浮かべながら一冊の本を取り出した。
「本来、こんなやり方はお勧めはしないのですが…」
「――貸してっ!」
強引に奪った本はまるでそこを開くためだけに存在したかのようにあるページが開かれた。
「…………嘘」
そこには一人の人物の写真が貼られていた。
見間違うはずがないのだが、何故かその時は直感的に自分だと分かった。
地面に横たわり、頭から血を流すどころか脳みそまでを地面にぶち撒け、絶命していることは一目瞭然。
写真の下には死因や場所、氏名に家族構成や履歴。ご丁寧に死んだ時の心理状況や理由まで記載されている。
まるで本人に質問したかのようにびっしりと埋まるページに困惑することしかできない。
質問に答えた記憶がないが、ここまでの内容を書こうと思えば本人の話を聞かないわけにはいかないと思う。
「お分かりいただけましたか?ご覧いただいてわかる通り、あなた様の死因は――自殺でございます」
いえ、まったく?
そう言えたらどれほど楽だったか。
最初に写真、それに文章。さらにはそこから先のページに自殺するまでの流れが事細かにまとめられていてはさすがに否定することはできなかった。
「…ようやくご理解いただけたようですね」
理解したくなかった。するにしてももう少しましな方法があったのではないかと思ってしまう。
でも、これは自業自得。
エドワードはこうなることを予想していたから本を渡すのを渋っていたんだ。それなのに、強引に奪い取っておいて都合の悪い内容を他人のせいにするのは間違っている。
「……わかった。受け入れる」
でも、今はまだ彼の眼を見て告げる勇気は持てなかった。
「遺言の管理人と申しましても、あなた様をはじめこちらにいらっしゃる方々は皆様すでにお亡くなりになっています」
意気消沈したのを励まそうとしているのか、それとも単に話を前に進めようとしているだけなのか。
淡々と変わらぬ口調で告げてくるのが今は逆にありがたい。
心無いような態度なのに、時折向けられる強い感情。この人が、どこかで人を思いやっていることが伝わってくる。
「…ですから、ここで預かるのは死者の遺言。正真正銘のラスト・メッセージです」
「死んでまで遺言を残してどうするの?」
いけない。
こんな八つ当たりのように聞くべきじゃない。
言ってしまってから気づいてももう遅い。
おそるおそるエドワードを見ると、彼は棚からファイルを抜き取り、そこに挟まれた封筒を数枚見せてきた。
「遺言の用途は財産の分与などだけではありませんよ。むしろ、遺言の真の用途は読んで字のごとく『言葉を遺す』ことなのですから」
そして、一枚。
「こちらの遺言はもっとも多い遺言の形式――後から来る家族へと向けた手紙となっております」
中身は見せてもらえなかったが、それならば納得できる。
家族が生きていて、死んでも伝えたい思いや言葉があるのならばこういう方法を取るかもしれない。
次に取り出したのは黒い封筒。
見るからにおどろおどろしいそれに書かれた内容は、やはりおどろおどろしかった。
「こちらは恨み言ですね。当然のことながら、誰かを殺害した人物もいずれはこちらにやって来ます。その際、恨み言を聞かされるのです」
それは嫌だなぁ…。
「そして、最後のパターン」
それはこれまでの形式とは違い、差出人の名前も宛先も書かれていなかった。
「これは、誰かに宛てて書かれた手紙ですが、誰が読むか書いた時点では不明ですのでこうなっております」
どういうことだろう?
「――こちらの差出人は現在の自分。当然宛名は来世の自分となっております」
「つまり、あなた様が書いた手紙を次のあなたが読むことになるということです」
「…ええっと、タイムカプセルに手紙を入れるみたいな感じ?」
『十年後の私に』とかってあれ?
だとしたらスケールが大き過ぎる。
「まさに。…ただし、どのような人物が読むかもわかりませんしそもそも前世を覚えている人間はいませんから見ず知らずの他人から手紙を貰うという変わった関係になりますけどね」
「えぇ~!そこは、ほら。管理人として前世はどういう人だったか教えるとかないわけ?」
「あり得ません。私は管理人であって仲介人ではないのですから」
キッパリ、ハッキリ言うなぁ。
「ですが……」
ここで初めて言い辛そうに箱一杯の便箋を取り出した。
これらだけは封筒に入っていない。
そもそも、全部白紙だ。
「……これは?」
何がしたいんだろう?
エドワードの意図するところがわからない。
「こちらはすべてある条件を同じくする方々がお書きになられたものです」
沈痛な面持ちで十数枚の紙の束が渡された。
ぺらぺらぺらっと捲ってみるけど、どれを見ても一文字も書かれていない。
どうみても白紙の紙の束だった。
ただ一つ、一度折ったのだろう折り目を除けば…。
「これってどういう人たちが書いたの?」
さっぱり意味が分からない。
わからないことは聞いておいた方が楽だ。
「…こちらは中絶や流産によって生まれることができなかった生命の遺言書です」
それを聞いて少しは考えるべきだったと後悔した。
…だからエドワードはあんな顔をしていたんだ。
そりゃあ死んだ人がここにやってくるんだから当然赤ちゃんだって来るだろう。
疑問としては赤ちゃんが言葉などわかるはずがないのだからそんな手紙を書けるのかどうかは怪しいが…。
しかし、この疑問については尋ねるまでもなくエドワードが教えてくれた。
というよりもそこまでが一セットの話だったのだろう。
「――もちろん、生まれられなかった者たちはそのままの姿では遺言を残すことなどできません。ただし、生物の魂はすべて同じ輪廻の上に存在しております。つまりは、そういう魂たちにも前世はちゃんと存在するのです」
言いたいことが大体分かった。
つまり、前世の魂が書いた遺言書ということだろう。
ただ、それにしては白紙というのが気にかかる。
「魂は生まれ変わる時にリセットされます。しかし、正式に生まれるまではある程度『自分』というモノは残っています」
エドワードが取り出したのは、淡い色の球。
それを同じく取り出した水入りのコップに入れ、色が落ちたところで今度は色のついた水に入れる。
最終的に球は最後の水の色に染まっている。
「最終的に新しい記憶に塗り替えられますが、前世の記憶が完璧に落ちるまでは時間がかかります」
「……その遺言書を書いたのは、魂が残っている状態の人ってこと?」
「人の定義にはよりますが、そういうことです」
まあ、そうだよね。
自分でも思ったけど、赤ちゃんにそこまで明確な自我が無いように、生まれる前の人間を人間と呼ぶかというと人や定義によって変わると思う。
「だけど、それでも白紙っていうのはおかしくない?」
「…これは白紙ではありませんよ?」
証明するように、紙を宙にかざし後ろから明りを近づける。
すると浮かび上がるのは、何層にも重ねられたような跡。
「人には様々な方がいらっしゃいます」
言語障害を持つ者。
目が見えない者、字が書けない者。
あるいは独自の言語を使う者など。
「そういう人たちの思いもきちんと伝わるように管理人は内容を判別していくことも仕事とされています」
「しかし、それでもやはり判別できない言葉はあるのです」
すべてを伝えられないのは遺憾だと語るが、本当だろうか?
判別できないからといって白紙になるとは考えにくい。
おそらく多少の面倒くささや忌避感があるのだろう。
「――もちろん面倒だという気持ちがないとはいいませんが」
まるでこちらの思考を呼んでいたかのようなタイミングで付け足された言葉に嫌な表情を浮かべてしまうが、エドワードにそれを気にした様子は見受けられないのでよしとする。
「まだ形を持っていないお方などは皆様、言葉が不鮮明です。そして、感情に任せてペンを取ります」
その結果、判別できない文字だらけになるので結果的に白紙となる。
「悲しいことですが、これが我々の限界なのでしょうね。管理人は管理するのが仕事であり、魂との対話などは別の管轄になりますから」
「…………」
読めない白紙の束を手に取ってみる。
理由を聞いてから見てみると、なにか感じるものがあるような気がした。
何層にも重ねられた判別不能の遺言書。
それなのに、束は分厚い。
どれだけ伝えたい思いがあったのだろう。
それは決して良いことばかりではない。
もしかしたら、怨嗟や呪詛の言葉が大半を占めているかもしれない。あるいは後悔が綴られているのかもしれないし、感情をむき出しにした何かかもしれない。
「――お待たせいたしました」
感慨に耽っていると一通の封筒を渡される。
「それがあなた様の遺言書。前世からの手紙でございます」
「…………」
読むべきか、読まざるべきか。
迷ってしまう。
ハッキリ言って読もうとは思わないが、流れで読みたいとも思っている。
自分はあんな最期だったが、もしかしたら前世はすごく幸せだったかもしれない。そうなれば次に期待を持てるというものだ。
「――どうしました?」
そこへまた見透かしたようにエドワードが声をかけてくる。
「…別に」
すると、不思議なことに負けたくないと思ってしまう。
「……っ!」
意を決して封を切り、中身を取り出す。
「……でぃ?でいあ?」
中身は英語――読めないのでおそらくとしか言えない。たぶん英語だろう外国語で書かれていた。
「失礼ですが、私がお読みいたしましょうか?」
憐れむような視線に耐えられない。
英語ぐらい読めろよと言いたげな視線は辞めてほしい。……切実に。
「………ん」
それでもせっかく勇気を振り絞ったのに読めないのは嫌だったので押し付けるように渡した。
「では、失礼します」
それから無駄にいい声の朗読が始まる。
よく考えれば前世とはいえ自分の書いた手紙を目の前で読まれるのは恥ずかしいと思うが、内容に集中すべきしていればそんなことは忘れるだろう。
「始まりはこうです『Dear of the future life…』――
『来世の私へ
初めまして、お久しぶりです。
書き始めの言葉が思い浮かばないので管理人さんの言葉を拝借してみました。
やっぱり、少し照れくさいですね。自分あての手紙を書くのは。
私はケイティ・スミスといいます。
あなたがどれぐらいの年齢なのかわかりませんが、八十七の年寄りです。
さて、来世に向けての想いやどうしても伝えたいことがあれば書いてくださいということだったのだけれど…。そうねぇ、別にあなたに対して言いたいことはないから。身の上話でもさせてもらおうかしら?
私が生まれたのは田舎の小さな町だったわ。
同年代の子供が数えるほどしかいないような小さな小さな田舎町。
特にこれといった名産もない、農家の方が多いようなそんな田舎町。
だけど、私は幸せだったのよ?
何もないような場所だったけど、朝日や夕日、それに星空。存在するだけの何気ない空間が私を満たしてくれていたから。そんな風景を家族と見ているだけで十分幸せだった。
ああ、私はずっとここにいたい……そう思っていたわ。
願いはあっても、私は一度町を離れたことがあるの。
意外でしょう?
私自身、そんな日が来るなんて当時は夢にも思わなかったわ。
でも、それは良いことだったの。
外に出て、私は自分がどれほど狭い世界にいたのかを知ることができたのだから。
初めて見る知らない景色。
初めて出会う人々。
すべてが新鮮で驚きに満ちていたわ。
時にはくだらないことで笑い合い、一つのところに留まっていただけでは決して得ることのできなかったかけがえのない友人を多く得たわ。
…そして、その友人のおかげで愛しい人にも出会うことができたの。
なんだか恥ずかしいわね。
そんな日々を過ごしていると、いつの間にかそこで過ごした時間の方が長くなっていたわ。
愛しい夫や娘、こちらでできた友人に囲まれ幸せな日々を過ごし徐々に故郷を思い出す頻度が減っていった。
それに寂しさを感じなかったわけではないのだけど、幸せがそうは感じさせなかった。
だけど、ある日父が亡くなったという報せを受けて私は数十年ぶりに故郷へ帰っていったの。
私の眼に映ったのは子供のころと比べると色褪せて見えた景色だったわ。
美しいと思っていたすべてのものがどこか物足りないと感じて、父が死んだこととあいまって私にひどいショックを与えたの。
それを隠すように私は夫に泣きついた。
優しかったあの人は、私が父の死を悼んでいると感じていたわ。
当然、父の死は悲しかった。
だけど、それとは別に変わってしまったことも悲しかったの。
ここに来て、最初に読んだのは父の遺言だったわ。
そこにはただ一言――愛している、と書かれていたの。
ふふっ、笑っちゃうでしょう?
他にも色々と書けばいいのに、たった一言だけだったのよ?
読んだ瞬間に、父が照れを隠すように書いた光景が目に浮かんだの。
そして、気付いたのよ。
何も変わらないということに。
生きているから、死んだから――そういうことじゃないの。
子供のころよりも町が色褪せて見えたけど、本当は変わっていなかった。
単純にあの町しか知らなかった子供が広い場所を知って見方が変わっただけ。
目を閉じて記憶の中の町に赴けば、そこにあるのは変わらない美しい町なのだから。
だから、私はあなたに残すべき言葉を決めたわ。
きっと、あなたは楽しい人生を歩んだのでしょうね。いつか出会うことがあれば、あなたの話を聞かせてちょうだい』
このように書かれておりました」
「…………」
ずるい。
内容を告げられて、正直そう思った。
ケイティがどんな人生を歩んできたのかは知らないが、少なくとも自分にとっての人生はそういうものではなかった。
前世の私が想像したような楽しい人生を歩んではいない。
だからずるいと思った。
「ケイティは……、前世の私はどんな風に消えていったの?」
本当は聞きたくなんてない。
余計に惨めな思いをするだけだと分かってはいたけれど、聞いてしまった。
聞けば後戻りなどできないというのに…。
「どうせ笑いながら消えていったんでしょ?」
不公平だと思う。
どうして同じ人間でこうまで差が出るのか。
それでも知りたいと思うのは何故だろう?
聞けば、近づけるとでも思ったのだろうか?
前の自分だから?
今とは全く違う人生を歩んできたのに…?
「こんな気持ちになるなら、聞くんじゃなかった!私は――」
「その先は続きを読んでからお聞きしましょう」
エドワードは紙をめくり、もう一枚を読み始めた。
『嫌だ。』
そんな文章から始まる手紙を。
『嫌だ。
本当は死にたくなんてない。
もっと、もっと生きていたい。
来週にはひ孫からの手紙が届く。
娘にも、孫にも――愛しいあの人にも似たひ孫からの手紙が。
小さな手で一生懸命に書いているから内容はたどたどしいが、私に対する思いは十分に伝わってくる手紙が。
孫も可愛かったけど、ひ孫はまた孫とは違った愛らしさがある。
生きたいっ!
もっともっと、もっと生きたい。
愛しい人たちと共に生きられるのならば悪魔に魂を売り渡したって構わない!
ずっとずっと生きていたい…』
「――では先程の続きをお聞きしますよ?」
「…………」
意地が悪い。
こんな話を聞いて、先程の続きを言えるはずがない。
「……あくまでもこれはあなた様の前世のお話です。私にはあなた様が何を思うか察する力はございません」
「ですからあなた様の御心に従ってください」
そう言われ、心のタガが外れた。
「――生きたいっ!!」
ケイティが言っていたように魂を売ってでも生きたい…!
そう思っていた。
少なくとも、このまま死にたくはない。
「その言葉を待っておりました」
そう言ってエドワードは初めて笑った。
「――――!?」
唐突に頭に流れ込んでくる光景。
それを見て、自分の記憶が――私が戻ってきた。
そうか。彼は本当はあんなに優しく笑うんだった!
「それでは、本来いるべき場所へとお帰り下さい」
「待って――」
「……続きは次にこちらに来られた時にお伺いさせていただきます。――――様」
伝えたい言葉や想いを決して忘れない。
その決意だけを胸に私は還っていった。
「……還られたようですね」
私は魂を見送ると、広げていた遺言をしまっていく。
ふと、先程まで彼女がいた場所に視線を向けるが、当然のようにそこには誰もいない。
「…ふふっ、それにしても」
私は一つだけ重大な嘘をついていました。
「あなたのおかげで彼女は留まってくれたようです」
そう言って、ケイティ・スミスの遺言をそっと撫でる。
――彼女とは全く関係のないケイティの遺言を。
そもそも、彼女は自殺を図ったがまだ死んではいなかった。
仮死状態になり、魂だけが先行してこちらに来てしまったのだ。
「おっちょこちょいな魂もあったものです」
自殺した原因は友人との不和による軋轢が自信を苦しめたことによるもの。
どちらが悪いわけでもなく、ずれた歯車がうまく噛み合わなくなっただけ。
それぐらいならばいずれ修復されるだろう。
「遺言にはいくつかの種類があります」
「一つは、家族や友人といった親しい人に遺すもの」
ファイリングされている遺言が躍りだす。
「一つは、届けられぬ思いを遺すもの」
白紙の束がまるで心の雨のようにバラバラになっては地面に降り注ぐ。
「一つは、次なる自分へと宛てて遺すもの」
一度も開けていなかった引き出しが光だし、存在を主張するかのように手紙が姿を現す。
「――最後に、迷える魂を導くためのお手本」
ケイティの遺言や他の遺言が広がり、そっと手に巻き付いてくる。
まるで親が子供の手を引くように。
「天国で書かれた手紙は管理人である私が責任を持ってお届けいたします。そういえば、あの人の前世は一体どんな人物だったのでしょうか?」
声に応えて、一通が手元へやってきた。
「……おやおや」
書かれている内容を吟味し、そっと封筒へと戻す。
「――さあ、あなたも来世のあなたに想いを託してみませんか?
See you next time」
後半を執筆中にパソコンがフリーズして書いていた文章が消えて気力が尽きました。申し訳ありません。




