第四話「仲直り」
「文目、ごめんって。明日ちゃんと買ってくるからさ」
「うっせえ。殺すぞ」
「もう、こんなことで泣かないでよ」
「泣いてねえよバカ」
「俺も悪気はなかったんだって」
「死ね」
ああ、もう。ラチがあかない。
扉に向けて謝罪するという意味不明なシチュエーションに根本的な疑問を抱きながらも、俺は面倒臭いことになったぞと溜息を吐き出し、肩を落とした。部屋の中からは時折ずるずると鼻水を吸う音が聞こえてきていて、それに混じり、罪悪感を煽るような微かな嗚咽が漏れている。きっとベッドは文目の涙やら鼻水やらでべちゃべちゃだろう。
「ごめんってばー」と無駄だと分かっていながらも謝罪繰り返す。かれこれ一時間、そうして扉に謝罪の言葉を投げ掛けていた。
現在、文目は寝室に立て籠もり中である。その原因は、まあ、俺の無遠慮さに起因しているんだけれど、ここまでいじけられると流石の俺も心が痛むというものだ。ほら、俺って女の涙には弱いし。嘘ぴょん。
それでもだよ? プリンひとつで泣いたり立て篭ったりする女が何処にいるっていうんだ。いや、まあ、扉を隔てた向こう側にいるんだけどさ。
俺は懲りずに声を掛けた。
「明日ちゃんと買ってくるからさ。プッチンじゃなくて、きちんとした店のやつ。ほら、駅前の高いところ」
半ば自暴自棄になりながらも提案すれば、それまで聞こえていた嗚咽の声がぱったりと止んだ。ちーん、と鼻をかむ音が聞こえてくる。やがてドタバタと音がして、ゆっくりと開いた扉の隙間から文目が顔を覗かせた。瞳は真っ赤に充血していて、鼻頭も仄かに赤らんでいる。
うわ、ガチ泣きだったんだ。
「ごめんね? 俺が悪かったから、もう許してくれる?」
人間に歩み寄ろうとする森の動物のように恐る恐る寝室から出てきた文目は右足を思い切り振り上げると、俺の脛を力一杯蹴り上げた。堪え切れない痛みに涙を滲ませながらその場に蹲り、這い蹲り、情けなく呻く。痛みが引いてくると、「ふへへ」と変な笑いが溢れた。
未だ廊下の床と抱擁する俺を見下ろしながら、文目はそれでも不満そうな顔で言った。
「これで許す。あと、ちゃんとプリン買ってこいよ。ふたつな」
「太るよ?」
また蹴りが飛んできた。ぐへ。
「二人で食べるに決まってんだろ」
すん、と鼻を鳴らしながら、文目はそっぽを向いたまま言った。立ち上がって回り込んでみたけれど、何故か顔を逸らし、目線を合わせてくれない。ははーん。
「仲直り?」と訊くと、たっぷりと間を取った後に「ん」と素っ気ない返事が返ってきた。その仕草が可愛らしくて、なんだか無性に愛おしくなってくる。俺は堪らずに抱き着いた。白く細い首に手を回して、ぎゅっと抱き締める。
文目はジタバタと暴れながら声を荒げた。落とし所を見つけたはいいが、未だ怒りは収まっていないらしい。
「離れろコノヤロウ!」
「いや、ほら、仲直りのちゅうとか」
「やだ! キス禁止令を発令する!」
「じゃあ他の方法で仲直りしよっか」
「わあ!」
俺は彼女を横抱きにして抱えると、寝室のドアを足で押し開けて、そのままベッドへと放り投げた。文目は何やら抗議の声を上げていたが、そんなのは無視してTシャツに手を掛ける。彼女がひいと悲鳴を漏らし、ぶんぶんと首を振りながら後退した。
「よし、仲直りしよっか」
「うわあ! 来んなうんこ!」
うん、俺の彼女は世界一可愛いね。