第三話「夕飯の前に」
「今日の夜、何食べたい?」
私が訊くと、ソファに寝っ転がって携帯を弄っていた日向が首だけで此方を振り向いた。それから少し悩む素振りを見せた後、ほら、あれ、とかなんとか言いながら人差し指をふらふらと彷徨わせる。やがて思い出したのか、ぽんと手を打って一言。
「もんじゃ焼き」
私はあからさまに顔を顰めた。
「は? 外行くの?」
「ダメなら、まあ、そんなに食べたいわけじゃないし別にいいや。てきとーで」
そんな風に言って、また携帯の画面へと視線を移す。そんな風に言えば私が折れるとでも思っているのだろう。まったくムカつく奴だ。
まあ、その通りなんだけどさ。
「いいよ。行こうか、もんじゃ」
「おお、やった」
大して嬉しそうな様子もなくそう言うと、日向はソファーで横になったまま「おいでー」と腕を放射状に広げた。ハグを催促しているのだ。バカッパルかよとも思ったが、そう言えばそうでしたね。ふへへ。
私はソファの方へとふらふら歩いて行って、そのまま日向の腕の中に自分からすっぽりと収まった。背中に回された腕がぎゅっと身体を締め付けてくる。日向の匂いがして、なんだか心地が良かった。
そうして誰かの体温を感じることがこんなにも心落ち着く行為なのだということを、私は日向から教わった。誰かと何かを共有する快感とか、充足感とか、安心感とか、そういうハートフルなやつね。
まあ、そんなのいらないんだけどさ。
日向は一旦身体を離して私と向き合うと、妖艶な微笑みを湛えながら「する?」と主語を省略して問うてくる。私はいつも通りテキトーに思考して、それから特に返答もせず、瞳を閉じて顔を近付けることで肯定を示した。僅かに呼吸の感触がして、むに、と唇が軽く触れ合う。
至近距離で見つめ合いながら、私はふと、女よりも長いその睫毛が少し羨ましいと思った。