第二十一話「君の瞳に完敗」
「なにこれ」
友達のいない私は大抵、大学が終わると日向と同棲しているマンションに直帰するわけだけれど、いつも通り靴を脱いで部屋に入ると、普段見慣れない景色が目の前に広がっていたので、思わず困惑の言葉が漏れた。ぐしぐしと目元を擦り、もう一度それに目をやる。
幻覚じゃない、よねえ。
多分、普通の人はこれくらいで驚いたりはしないんだろう。けれど、すでに「洗濯物が仕舞われている」というのは私の中では結構な大事件だった。
「なんで!? 空き巣!?」
自分でも何を言っているのか理解に苦しむけれど、それくらいパニックに陥っているのだということは察してもらいたい。
だって、ありえないことなのだ。
しばらくはその不測の事態に戸惑っていた私も、シャワーを浴びていたらしい日向が部屋に入ってきたことで漸く、その微々たる可能性が残っていたことに気付く。しかし、そんなのは可能性などと言わないだろう。
「ねえ、日向。これ、これ」
震える手で洗濯カゴを指差しながら、日向に問う。すると、日向はなんでもないような顔で「ああ、やっておいたよ」と言った。そのまま冷蔵庫まで歩いて行って、取り出した牛乳をごくごくと飲む。
「こりゃあ一体どういうこった」
「どうもこうもないよ。今まで任せっきりでごめんね? これからは少しずつやっていくから」
なにこのラスボスが説得する前に勝手に改心しちゃった、みたいな感じ。
「気持ち悪い!」
自身を抱きながら大袈裟なリアクションを取れば、日向は「心外だなあ」と言ってから私の方へと歩み寄ってくる。
「な、なに」
「いやあ、別に? ただ、やっぱり俺は文目が好きなんだなあって思って」
「何をラブラブカッポーみたいなことを」
「何をも何も、本当のことでしょう?」
日向は普段とは違う、どこか活き活きとした表情を浮かべると、今度は洗濯カゴに手を掛け、中から私のTシャツを一枚取り出した。
「ねえ。これ、畳み方教えてよ」
その優しい顔がとても綺麗で、柔らかい声が嬉しくて、なんだか泣きそうになる。いつの間にか、眼球の裏が火傷するくらい熱くなっていた。心臓の鼓動がどんどこ五月蝿い。私はぐっと、今にも溢れ出しそうな何かを必死に堪えた。自分がどこに力を入れているのかよく分からなかったけれど、それでも頑張って耐える。崩れそうな輪郭を保つ。この感情の形を見失ってはいけない気がした。
震える吐息に言葉を乗せて、掻き消されそうなほど脆弱な声で、私はそれでも彼の名前を口にした。
「日向」
口にしたその言葉が、血流の中を流れるように全身に何かを送る。そうすると暖かさが指の先まで巡っていくようで、満ち足りたように気分が高揚する。
なあに? と。
日向は私を真っ直ぐに見つめながら、首を傾げて言った。
「いいよ」
「ん?」
「だから、畳み方。一から教えてあげる」
「うん。ありがとう」
ぐは。
ノックアウト。まあ、とっくの昔に一発KO食らってるんだけどね。
それでも、見つめるのは、ずるい。
私は君のその綺麗な瞳が大好きなんですよ。わかってますか、そこんとこ。




