ビールアレルギー
即興小説トレーニングにて執筆した小説です。
テーマ「かゆくなる朝日」
制限時間15分
困った。ここで辞退するのはさすがにまずい。さて、どうするべきか。
ジョッキを片手にしてしまったはいいが、ここまでしてしまったからには、並々とつがれている液体を口にするしかなかろう。しかし、それはできない相談だ。いや、できなくはないが、やってしまうと色々と不都合が起きる。
まったく、面倒な体質である。これのせいで、まともに飲み会に参加できた試しがない。そもそも、こんな体質が実在していること自体疑わしい。もっとも、この俺がそうだから、今更否定するのも詮無きことであるが。
これが、宴もたけなわになった頃であれば、酔っ払って失態を犯したってことで片づけられるだろう。けれども、これはまだ一発目だ。このタイミングで嘔吐なんてことになったら示しがつかない。
だからといって、重要な取引先との接待だ。先方から勧められたこれを一般には信じがたい病名で拒むというのはいただけない。さて、どうするか。
「全員にビールが行き渡ったようですね。では、乾杯の音頭をお願いします」
上司が取引先の重役にそう促す。くそ、ジョッキを持っているだけでも蕁麻疹を起こしそうだ。今にも金色の液体がこぼれかねない。
「……あれ? 佐藤様、いかがなされましたか」
どうにも様子が変だぞ。音頭を任された取引先の佐藤様が、一向に口を開こうとしないのだ。心なしか、ジョッキが震えているような。
否、震えているのはジョッキではない。当たり前のことではあるが、取っ手を握るその手が小刻みに震えていたのだ。
それに、額からは汗。それも、冷や汗だろうか。血走った眼で、一心に黄土色の液体を凝視している。
もしや、ひょっとして、ひょっとすると。あまりにも心当たりがありすぎる症例を前に、俺は佐藤様に声をかけた。
「あの、佐藤様もビールアレルギーなのですか」
一同は目を丸くした。そりゃそうだろう。そんな症例があってたまるか。
しかし、佐藤様は微笑み、そっとジョッキを置いた。
「君、よく気が付いたね。信じられないかもしれないけど、そうなんだ。重役である手前、ビールを固辞するのは示しがつかなかったからね。君はよく気が利くじゃないか」
そこから商談に華が咲き、契約はとんとん拍子に進んだ。初めてこの体質には感謝できそうである。