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17歳で子どもができた。

作者: まめたろう

 これは夢だ。見た瞬間そう思った。これは5年くらい前、娘が出来た頃のことだろうか。

 頭でそんなことを思いつつ俺は過去の夢をみる


 高校3年の5月、ゴールデンウィーク3日目の夜のこと。

俺は休みを利用してアパートに一人暮らしの彼女の家に泊まりに来ていた。

 彼女は5歳年上の22歳の女子大生だ。

 あと1年で卒業で就職先は彼女がバイトしているカフェに決まっている。

 俺は彼女に19歳だと歳を偽っていた。本当の年齢を言うと歳が離れすぎているから別れて欲しいと言われるんじゃないかと思ったからだ。

 今はコンビニでバイトをしつつ大学に入るために予備校に通っていると彼女には話していた。

 夕食を食べた後、彼女から大事な話があると言われ食器を片付けて彼女の正面に座る。

 彼女は俺の顔を見ながら、子どもができたと言ってきた。

 もうすぐ三ヶ月になるらしい。

 最初はたちの悪い冗談かと思い本当かと質問をした。

 彼女は俺から目を逸らさずに本当と答えた。

 その答えに俺は何も言うことができない。

 今日は帰ると伝えすぐに部屋を出る。

 彼女は俺を追うことなく当たり前のように見送った。




 家に帰るとただいまも言わずに自分の部屋に向かう。

 明かりをつけることなくベッドに座る。

 先ほど言われたことを頭で何度も繰り返した。

 高校生の俺に子どもができた。だけど、高校生の俺になにができるのだろうか……

 気づけば朝になっていて、俺は正直に年齢だけでも告白しようと学校の制服に着替え始めた。

 母さんが起きだして朝ごはんの準備を始める。

 俺は母さんに何も伝えずに彼女の家へ向かった。

 彼女の家に向かう最中、道路には車は一台も走っておらず、自分の運転する原付の音だけが耳に入ってきた。




 まだ朝も早い時間に彼女の家についた。

 一つ深呼吸をしてチャイムを鳴らす。

 ピンポーン……というチャイムの音がやけに大きく聞こえた。

 玄関から「はーい」という声と共に彼女がこっちに向かってくるスリッパの音が聞こえる。


「おはようございま~す……って、あれ?」

 彼女が扉を開けながら挨拶をしてくる。どうやら隣人の人と勘違いしていたみたいだ。


「……おはよ」


 俺は彼女を見ることなく小さく挨拶する。




 俺は部屋に入って早々に頭を下げた。


「ごめん。俺、本当はまだ17で、高校生なんだ……」

「…………」


 彼女は何も言わない。おそらく急な告白に驚いてるんだろう。

 彼女の言葉を待つ。どんな誹謗中傷でも受け止めようと頭を下げていた。少しして彼女が口を開く。


「知ってた」

「えっ!?」


 どんな罵倒でも受け止める覚悟はあった。だけどこの言葉は予想外だった。

 おもわず声を出しながら顔を上げてしまう。上げてしまった。

 顔を上げて、彼女の顔をみて、俺は自分の浅はかな考えに後悔した。

 彼女は顔を上げた俺の目を昨日と同じようにまっすぐ見つめてくる。

 ――その目から涙を流しながら。


「知ってたけど……知ってたんだけどさぁ! 好きになっちゃたんだもん、翔君のことがさぁ。高校生だって知ってたけど、翔君との子どもならいいかなぁって思ったらさぁ……」


 彼女はそこで一旦しゃべるのを止めた。

 目を閉じて深呼吸を二回ほどして彼女はまた俺の目をみながら話す。


「ねえ、別れよう? 翔君に迷惑はかけない、だから、大好きな人との間にできたこの子を、産ませてもらえませんか?」


 彼女は泣いていた。泣きながら俺に懇願してきた。

 彼女は俺に対し文句を言うでもない。非難するわけでもなくただ懇願してきた。


 ――俺は卑怯だ。非難されればそれで済むと思った、思っていた。

 歳のことを言えばそれで彼女が子どもを産むのを諦めてくれると考えていた。だけど彼女はそんな俺を責めることなく、この子を産みたいと言ってくる。結局俺が一晩寝ずに考えたことは自分の保身だけだったんだ……。


 自分がそんなことを考えている間も彼女は俺から目を逸らさない。

 その涙で赤くなった目を、未だに涙が流れる目を彼女は俺に向けてくる。

 彼女の懇願に俺はどうするべきだったのだろうか。どう言うべきだったのだろうか。

 俺はその時彼女から目を逸らし何も言うことができなかった。




 俺は彼女と一緒に家に向かった。

 家には両親とゴールデンウィークを利用して帰省している3つ年上の姉がいた。

 彼女を連れてきたと伝えたら父さんと母さんが慌ててお茶の準備と寝ている姉を起こしに行く。

 10分ほどで姉は起きだしてきた。

 俺と彼女は父さんに進められて同じソファーに座る。それに向かい合うように父さんと母さんがソファーに座り少し離れたキッチンにある椅子に姉が座ってこっちを正確には彼女を見ていた。

 母さんが俺と彼女の前に麦茶とお菓子を出す。

 俺たちが話しださないからか父さんたちも黙っている。

 俺は麦茶を一口飲んで話し出す。


「彼女、由美と付き合いはじめたのは1年くらい前からで……」

「そうなの? 知らなかったなー。1年くらい前って言うと私がちょうど一人暮らしし始めた頃じゃない?」


 姉が軽口を言うがそれに付き合う余裕は無かった。話し込んでしまうと言え出せなくなる気がして俺はいつもより少し早口で言う。

 

「子どもがさ、できたんだ」


 突然の告白に家族は何も言わない。


「彼女のお腹の中にさ、俺の子がいるんだって。もう三ヶ月になるらしい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。突然、子どもができたってどう言うことだ? たちの悪い冗談か?」


 父さんが困惑して質問してくる。だけどこれは冗談ではない。俺はもう一度同じことを言う。


「本当だよ。彼女との間に子どもができたんだ」

「お前!」


 父さんがソファーから立ち上がって俺の胸倉を掴んで殴ろうとする。俺は抵抗することなく殴られようと思っていたのだが、父さんはそんな俺を見ると殴る気もなくなったのか手を離してソファーにボスンと音を立てながら乱暴に座る。

 父さんは右手でおでこを触りながら上を見上げる。考え事をするときの父さんの癖だ。


「ど、どうするつもりなの?」


 母さんが聞いてくる。その声は少し震えていた。

 俺は何も言えない。彼女が代わりに答えた。


「私は産むつもりです」

「私はって、あんたは?」


 いつの間にか姉がキッチンから出てきて俺たちのすぐ後ろにいた。

姉が何も言わない俺に聞いてくる。俺は下を向いて何も言わない。


「ちょっとまって、うちの子まだ高校生なのよ?」


 俺が何も言わないと母さんが彼女に話しかける。


「知ってます。いいえ、知ってました」

「それじゃあ何で……」

「…………」

「ねえ、なん」


 彼女は何も言わない。それに対し母さんがさらに問い詰めようとしたところで父さんが言葉を遮る。


「かあさん、できちまったんだ。これ以上言ってもしかたない。それより、これからどうするか、だ」


 父さんが俺の方を見て話す。


「なあ、お前はどうするつもりなんだ?」

「俺は……」

「翔君とは別れるつもりです」


 口ごもる俺を庇うかのように彼女が話す。だけど父さんはそんな俺の態度に怒って再度俺に聞いてくる。


「おい翔! お前はどうするつもりだって聞いてんだ! お前はどうしたいんだ!?」


 父さんの言葉が頭に響く。そのとき頭をよぎったのは泣きながら俺に懇願してくる彼女の姿だった。

 彼女は俺に迷惑がかからないように別れると言った。たとえ別れることになろうと俺との間にできた子を産みたいと言った。自分の年齢をずっと偽っていた俺のことをその嘘を知りながら責める様なことは一度も言わなかった。

 今思えばデートで彼女が俺になにか物を買って欲しいと言ったことは一度もなかった。たぶん彼女は俺が高校生なのを知っていたから負担が掛からないように気を使ってくれていたんだろう。そんな彼女が泣きながら懇願してきた。

 俺はどうすればいいんだろう。

 父さんはどうしたいんだって言っていた。

 俺はどうしたいんだろう? 自問自答を繰り返す

 子どもは諦めてほしい? 違う

 別れて欲しい? 違う

 俺に迷惑の掛からない場所で産んでくれ? 違う

 どれも違う俺は、


「俺は……俺は彼女に産んでほしい……! 別れるなんて言ってほしくない!」




 あの時の選択は正しかったのか、間違いだったのか。

 俺はこの夢でその答えを見つけられるんだろうか。

 いつのまにかそんな事を思いながら過去を見る。




 あの日から俺の日常は明らかに変わった。

 父さんと姉さんには怒られたし、母さんにはいい大学に行かせるために私立の学校に通わせたのにと泣かれた。

 高校の先生には事情を話して進学するために勉強していたのを就職するために必要なことを学ぶことにした。

 一月して彼女が大学を辞めて俺の家にくることになった。

 母さんが子どもができてるのに一人暮らしをするのは危ないと彼女を家に呼んだのだ。

 彼女はバイトだけはと続けたいと店長に事情を話してバイトのシフトを減らして続けることにした。

 12月の1週目の日曜日に採用通知が届いた。

 彼女は泣いて喜んでくれた。

 次の日の夕方に彼女が陣痛で病院に運ばれた。俺はコンビニのバイト中で彼女が病院に運ばれたという話を聞いたのはバイトの終わった9時過ぎだった。

 原付で彼女の運ばれた病院まで向かう。向かっている最中不安でしかたなかった。

 受付の人に彼女がどこにいるか案内してもらいながら説明を受ける。

 19時のころに陣痛が起こって今は病室にいるらしい。

 ご家族の方はこちらの方でお待ちくださいと別の部屋に通された。

 病室につくと彼女はベッドで寝ていた。母さんは病室にいなかった。

 彼女の額をみると少し汗が浮いていた。ベッドに備え付けてあったタオルで額を拭くと彼女が目を覚ました。どうやら起こしてしまったらしい。


「悪い、起こしたか?」

「大丈夫、翔君みたら元気でた」

「そうか。無理しないで休めるときに休んでくれ」

「うん」


 彼女がまた目を閉じる。俺はベッドの下にあった椅子に座って彼女の手を握っていた。

 少しして母さんが着替えなどをもって病室にきた。


「あんた今日どうすんの? 病院、泊まってく?」

「いいの?」

「院長先生に聞いたら別にいいってよ」

「なら泊まってく」


 その後父さんが来て母さんと一緒に帰っていった。明日の朝すぐに来るらしい。

 日付が変わって徐々に痛みがましてきたらしく彼女は起きて、時よりお腹を押さえていた。

 夜中の3時を過ぎたころで痛みがましてきたらしく彼女は手術室へ運ばれていった。

 そこから俺にできたのは彼女の手をつかんで頑張ってと声をかけることだけだった。

 入院した翌日10時26分、娘が生まれた。体重は平均体重より少し重いくらいで生まれてすぐに産声を上げていた。

 俺は彼女に産んでくれてありがとうと言った。

 この時、俺は確かに喜んでいた。産んでもらってよかったと心から思っていた。




 高校を卒業してすぐ働いた。同期は全員大卒や専門卒で同い年なんて一人もいなかった。

 会社の仕事は大変だったが先輩は優しくいろいろなことを教えてくれた。

 家に帰れば卒業してすぐに籍を入れた妻とかわいい娘が待っていてくれる。

 家は両親が俺たちが落ち着く間でいていいということでお世話になっていた。

 毎日が充実していた。

 俺が21になって家を出ることにした。会社からは少し遠くなったがいつまでも親の世話にはなれないと安いアパートをみつけてそこに入ることにした。

 親元を離れたとたん家事の負担が一気に増えた。娘も幼稚園に通わせる必要があり生活費の出費が増える。妻も昼間はパートなどにでる必要がでてきた。

 そんな生活が1年続き、俺はそんな毎日に辟易していた。

 毎日遅くまで残業をしているのに給料は後から入ってきた大卒のやつのほうが多く貰っている。

 妻には負担をかけ、娘とはろくに遊んでやれない。自分の時間はどんどん無くなっていき何もやる気がでなくなってきた。

 こんなに迷惑をかけるなら最初から産まなかったほうが妻と娘によかったんじゃないか、何としてでも降ろしてもらうべきだったんじゃないかなんて最低なことも思ってしまう。

 俺の選択は間違いだったんだろうか……




 目が覚めると妻と娘が見えた。


「あなた、目が覚めたのね? よかった」


 そう言った妻の声は震えていて目は赤くはれていた。


「パパー! だいじょうぶ?」


 妻に抱っこされている4歳の娘が俺のほうに片手をのばしながら俺に聞いてくる。

 妻と娘の声に何とか返事をしようとするが声がうまくだせない。


「今はまだ麻酔が効いてるからうまくしゃべれないでしょ? もう少ししたら麻酔も抜けるらしいからもう少し眠るといいんじゃない?」


 俺は妻の言葉に頭を縦に振ると目を閉じた。


「パパ、もう大丈夫だからね」

「ほんと? あそんでもらえる?」

「退院したらパパとママと一緒に公園いこうか」

「うん!」


 二人の会話が聞こえてくる。二人の声を聞いてると自然と涙があふれてきた。


「ママ、パパが泣いてる」

「本当だ。怖い夢でもみてるのかも。優衣どうする?」

「いーこいーこする」

「ふふふ、そうね。それじゃあパパの近くいこうね」


 すっ、とおでこに娘の小さい手が置かれる。その手に重ねるように妻の手も置かれた。

 その二つの手のぬくもりに俺は安心して意識を手放していく。


「ママ、もうパパ泣いてないよ?」

「そうだね。だけどもう少しだけこのままでいさせて?」

「どうして今度はママが泣いてるの?」

「それはね、パパが無事でうれしいからだよ」




 俺の無事を喜んでくれる二人をみて俺は考える。

 この先、もっと大変な時期があるだろう。

だけど俺はあの17歳の時の選択は間違いじゃなかったってそう思うんだろうな、と


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