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七階(奇跡の欠陥品)〜三階(生命の詩)

七階(希望の子供)


友気の気付きは早かった。いや、この場合、気付きと言う言葉で表すのは適切で無いのかも知れない。友気はその存在を常に頭の中に入れており、肌身離さず大事に持ち歩いていたのだから。


「…愛華ぁ!死なないっで!お願…だから。」


コルクで出来た栓を器用に口で開け、震える左手で愛華の口元に小瓶を運ぶ。すると粘性を帯びた青い液体が、ゆっくりと愛華の口の中に流れて行った。


(お願い!お願いだから…。)


友気は右肩の痛みを忘れる程に、愛華の回復を願っていた。あの老人の言葉を信じて。


「はぁはぁ…やったぁ。」


友気は掠れゆく視界の中で、愛華の腹部の傷が、見る見るうちに塞がっていくのを確認した。


(ありがとう。ありがとう、お爺さん。愛華、早く目を覚まして…。そうしないと僕は…もう。)


しかし、愛華は目を開かない。友気の意識が途切れ途切れになってくる。友気は力無く愛華の肩を揺すったが、一向に彼女が目覚める気配はなかった。


(間に合わなかった…。そんな…。)


友気が絶望に打ち拉がれ、永遠に抜け出る事の無い深遠に落ちそうになった時、一粒の光が彼の意識を保たせた。


「すぅ。…すぅ。」


それは寝息だった。確かに愛華の口から聞こえた呼吸の音だ。愛華は胸を上下させ、安らかな顔で眠っていたのだ。


「そっか…。麻酔…。」


友気はすぐに大蜘蛛の持つ、腕の麻酔効果について思い出した。


(何とか…。何とか七階に。…ごめんね。)


愛華にまだ命の火が灯っていた事に気付いた友気は、自分でも信じられない程の力を発揮する事が出来た。


パン!


友気は左手で自分の頬を勢い良く叩き、愛華の腕を掴んで魔法陣の中心部まで引きずり歩いた。魔法陣の中心部に立った刹那、一瞬にして二人の姿が消え去る。


(七階。…此処が?)


二人が転送された先は、暗闇に包まれた何も無い空間だった。自分達が何の上に立っているのかも分からない程の暗闇。しかし、友気はその闇を全く恐れていなかった。何故なら、自分の左腕で愛する人の手首をしっかりと掴んでいたのだから。


[良くぞ此処まで来た。さぁ、早く妾を此処から救うのじゃ。]


友気の頭の中に直接女性の声が響いた。その口調からはとても冷たい印象が感じ取れる。するとその時、音も無く友気の目の前に光の階段が出現した。その階段は、まるで永遠に続いているかの様に終わりが見えない。


[早く来るのじゃ。さもなくば妾の身体が持たん。]


また友気の頭の中に女性の声が響いた。すると僅かにだが、階段の光がくすんでいくのが分かった。


(急がないと…。階段が消えちゃう…。)


友気は愛華の腕を自分の肩に掛け、立ち上がろうとする。だが、今の友気にはそれが出来ない。


(ダメだ。全然…。)


友気は何度も立ち上がろうと試みたが、足に力が入らず、地面に崩れ落ちるのが関の山だった。次第に友気の表情に諦めの色が見え始めた。


「愛華…ごめ…。」[諦めちゃ駄目!]


それは幻聴や幻覚の類だったのかもしれない。原因を考えても友気には答えが思い浮かばなかった。だが、友気の視界には確かに甲冑を来た、一人の女性が立っていた。


(お姉さん?)


[君が諦めたら、その子はどうなるの?]


(でも、もう歩けないよ。)


友気の目の前には、確かに三階で出会った若い女性の姿があった。自分の為に命を投げ出した女性の姿が…。


[君がそんな弱気だから駄目なんだよ!思い出して!君はみんなの希望なのよ!]


(希望?)


[そう。私達の希望。]


[結果を恐れてはならぬ。本当に恐れるべきはその仮定じゃ。…今こそ坊やの真の勇気を見せる時じゃよ。]


(お爺さんも…。)


女性の隣には、同じく三階で出会った老人の姿が有った。この老人のお陰で愛華は今、息をする事が出来ている。


(僕に出来るかな…。ううん!僕がやるんだ!僕の為に犠牲になったこの人達の為にも!)


もう動かないと思っていた友気の足に、不思議と力が入る。


「ぐぅ!」


信じられない事に、友気は愛華の腕を肩に掛け、立ち上がった。


[約束…守ってくれてありがとう。]


[儂らは坊やの心の中に生き続ける。いつでも坊やの味方じゃ。]


笑みを浮かべて友気を見詰める二人。友気はゆっくりと階段を登り始めた。すると友気と愛華の身体が優しい光で包まれる。女性と老人の身体が光の粒となって二人の身体を包んだのだ。


(二人共…ありがとう。でも、どうして二人の姿が…。)


[唯一の友達がピンチだから助けに来たのよ。…そう言えば名前、教えてなかったわね。私は亜矢…。頑張ってね。]


[儂は重喜。儂らに希望を与えてくれてありがとう。その勇気、感服じゃ。]


二人を包んだ光は、各々の身体の中に吸収され、何事も無かったかの様に消えた。


(本当にありがとう。亜矢、重喜さん。)


友気はしっかりとした足取りで階段を登り続ける。


七階(愛を知る子供)


「はぁ…はぁ…。」


階段を登り始めて十分が経過した頃、友気の視界の掠みは、より濃く変化していた。


(まだ…先が見えない。でも諦めないぞ!)


友気の気持ちとは裏腹に、彼の体調は著しく悪化していた。そもそも此処まで歩けた事だけでも、奇跡としか言えない事実なのだろう。しかし今、その奇跡も終わりを迎えようとしている。


「あ…。」


膝の力が抜け、うつ伏せに倒れる二人。友気はなんとか愛華の身体を支え、階段からの落下を防いだ。


(早く…立たないと。階段が消えちゃう。…どうして。…どうして動かないんだよ!)


友気は涙を流した。その涙はいつもの彼が流していたそれとは違う意味の涙だった。友気は必死に立ち上がろうとするが、足に力が入らない。それもその筈、友気が矢傷を負った時から今に至るまで、彼はなんの治療も受けていないのだ。愛華の体重を支えながら階段を登るには、明らかに血を失い過ぎている。普通の人間なら、とっくに永遠に覚める事の無い眠りに落ちている事だろう。


(愛華…。目を覚まして。此処からは愛華だけで進むんだ。)


友気の考えも虚しく、愛華の意識は未だに戻る気配が無い。


[情けないわね!だから弱い男は嫌いなのよ。]


[友気…。]


またしても友気の目の前に二人の人物が姿を表した。


(凛…。それに勇も…。二人共ごめんね。僕が弱かったばっかりに助けられなくて…。)


[まぁ、盾ぐらいにはなると思ったんだけどね。ほんとあんた、使えなかったよ。…あれ?]


凛は友気の顔を覗き込み、不思議そうに首を傾げる。友気の瞳には、逞しい勇気の力が籠もっていた。


[前みたいに落ち込むと思ったんだけど…。少しは成長したんだ。]


(凛が教えてくれたから。弱い僕にも戦える方法が有るって!)


[…やるじゃん。ちょっとは見直したわ。あんたは本当の愛を見失うんじゃないわよ。]


そう言うと、凛の身体は光の粒に変化し、二人の身体を包み込んだ。


[友気、それに愛華。俺は愛する人を守る事が出来なかったんだ。]


勇は上空を見詰め、話し始める。


[でも、君達の役に立てて死ねるなら、きっと天国にいるあいつも笑ってくれるよ。…俺の死が君達の助けになって本当に良かった。ありがとう。友気…。君は弱くなんか無いよ。君は俺やみんなに無いものを持っている。だから此処まで来れたんだ。…最後に出会った人が君達で良かった。]


そして勇も光の粒に変化し、二人を包み込んだ。すると、友気の視界が鮮明に回復し、身体に力が漲ってきた。


(二人共…。後は僕に任せて!ありがとう!)


[一丁前に格好良い事言うじゃない。此処まで来たらハッピーエンドにしなきゃ許さないわよ。]


[友気!任せたよ!君になら任せられる!]


二人を包む光が各々の身体に吸い込まれる。友気は強い決意を胸に、一歩ずつ確実に階段を登り始めた。


七階(最後の戦い)


[おお!よくぞ此処まで辿り着いた!さぁ早く此方へ。]


階段を登りきった先には小さな扉が有り、その先は先程とは変わらない暗闇があった。そして二人の前方には、直径三メートル程の輝く球体が浮かんでいる。友気の視界には、その球体と愛華の姿しか映っていない。


(お姫様…は?)


[何をしておる!妾が姫じゃ!早く妾と一つに…ん?]


前方の球体が友気に話し掛けているのだろうか。信じられないが、それしか考えられない状況だった。


「君がお姫様なの?僕達、君を助けに来たんだ。」


友気の意識は不思議とはっきりしていた。


[残念じゃ。お主は不適合じゃ。]


「不適合?」


[その傷。六階で受けたのか?傷物は駄目じゃ!]


「あぁぁぁ!」


誰が触る事も無く、自然に友気の肩に刺さっていた矢が引き抜かれ、夥しい量の血が溢れ始めた。


[もう良い。妾は次の者を待つ事にしよう。お主達は死ね!]


友気は頭が割れそうな程の痛みを感じ、意識を失い掛けた。だが、意識を失う前に、何とか言葉を絞り出す事が出来た。


「この子は…無傷。」


[何?]


友気の呟きが発せられた瞬間、彼を襲っていた頭痛が瞬時に消え去った。


(何が起こってるのか全然分からない。…でも、愛華だけは。愛華だけは絶対に守るんだ!)


[どれ?]


愛華の身体が宙に浮き、球体の傍まで引き寄せられる。


[確かに傷は無いようだが、意識を失っている。薬で眠らされているのか?]


「そうです。それだけ何です!彼女は無傷です!」


[駄目じゃ!]


球体は冷たく言い払った。


「どうして!?」


それに対し、友気は声を大にする。


[妾を救い、この塔から脱出するには、妾の外壁を切り裂き、中に入って来なければならない。それは入ってくる本人にしか許されない行為なんじゃ。]


「じゃっじゃあ!愛華が目覚めるまで待って下さ…。」[黙れ生意気な!妾には時間が無いのじゃ!お主等の様な欠陥品は此処で処分してやる!」


するとまたしても、友気の頭が割れそうな痛みを訴える。


(やるんだ!僕がやるんだ!みんなの為に!愛華の為に!)


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


友気は自分の肩に刺さっていた矢を拾い上げ、全力で走った。


[小賢しい!]


友気の頭痛が球体の声に反応し、強いものとなる。


[止めろ!私の友達に手を出すな!]


[観念するんじゃ!]


[こいつはあんたなんかに負けやしないよ!]


[友気!行けぇ!]


その時、友気の頭の中で様々な人物の声が聞こえた。友気の大切な人達の声が…。その声のお陰で、友気は不思議な安堵感に包まれ、なんとか意識を保つ事が出来た。


「ああ!」


矢尻が球体を切り裂く。


(愛華、さようなら。)


そして最後の力を振り絞り、宙に浮いていた愛華の身体を球体の裂け目に無理矢理押し込んだ。


[…これも運命か。]


球体が冷静に呟いたが、それに対する返事は返ってこない。友気は意識を失い、既にその場に倒れ込んでいたのだ。


「え!?友気!?友気ぃ!?」


これは球体の不思議な力なのか。球体に入った愛華は、すぐに意識を取り戻し、眼下の光景を見て絶望する。


[お主は選ばれた。ゆくぞ。]


「嫌だ!出して!此処から出して!友気!友気がぁ!」


愛華の叫びも虚しく、球体の裂け目は既に無くなっており、外に出る事は叶わなかった。


[少し、眠りなさい。]


「……………。」


愛華は先程までとは違う、球体の優しい声を最後に、意識を失ってしまった。


三階(生命の詩)


「お、お釣りは良いから!」


スーツ姿の男は一万円札を乱暴に手渡し、タクシーを降りるや否や、一目散に走り出した。


「良いって!?お客さん、七百円で良いんだよ!?」


運転手の言葉は男の耳には届かない。男はそのまま目の前の建物の中に消えて行った。


(変わったお客さんだなぁ。まぁ、気持ちは察するよ。)


運転手はK産婦人科医院と書かれた看板を見て、煙草に火をつけながら思った。


「あの!?ごととっ後藤です!?」


「はい?」


ピンク色のナース服を来た中年女性が、眉間に皺を寄せながら聞き返した。


「ででですから!後藤です!妻が!」


それだけで状況を察した看護婦は、落ち着いた表情で応える。


「三階の分娩室です。そろそろですかねぇ。…て聞いてないや。」


[三]と言う言葉を聞いた瞬間に、男はエレベーターに向かって走り出していた。


カチカチカチカチカチ。


そしてエレベーターのボタンを連打する。それからエレベーターが一階に辿り着くまでの間、男は額に汗を流しながらボタンを連打し続けていた。その光景は何処からどう見ても不自然で滑稽なものだった。


(あー。早く早く!)


男を乗せたエレベーターが三階に到着し、扉が開いた瞬間。男は涙を流しながら走り出した。涙を流した原因は、扉が開いた瞬間に聞こえた叫び声に有る。


「後藤です!後藤です!」


分娩室の前にいた若い看護婦に、スーツの男は叫ぶ様に言った。それに気付いた若い看護婦は可愛らしい笑みで応える。


「おめでとう御座います。赤ちゃんの健康チェックも無事に終え、母子共に健康ですよ。」


「中に!中に!」


「どうぞ。」

看護婦はスーツの男の様子に笑いを堪えながら、なんとか平常心を保ちつつ応えた。


「美紀!」


「あなた。」


ベッドの上に横たわっていた美紀と呼ばれた女性が、満面の笑みで応える。その腕には新しい命が抱かれていた。


「やったぁ!やった!ありがとう!ありがとう!」


男は溢れる涙を抑えずに喜んだ。


「もう、落ち着いてよ。此処病院よ。それよりほら、抱いてあげてよ。」


「う、うん。」


「おめでとう御座います。」

ナースは自分が抱いていた赤ん坊を、丁寧に男に渡した。


「君の為に何度も抱き方を練習したんだよ。…僕の家族になってくれてありがとう。」


やっと冷静さを取り戻した男が、腕の中で泣き喚いている小さな生命に優しく囁き掛けた。


「ちょっと、名前で呼んであげなよ。…ね?愛華お姉ちゃん。」


美紀は自分の腕の中にいる赤ん坊を見て、嬉しそうに言った。


「そうだね…友気!友気!ようこそ!僕の家族へ!」



「おぎゃああ!」「ぎゃあああ!」


二つの新しい生命の叫びが病室中に響き渡る。その叫びが喜びからきたものなのか、それとも悲しみからきたものなのかは誰にも分からない。ただ、その叫び声がその場にいた全員の心を幸せで満たしてくれた事に間違いは無い。




その叫びはまるで、上質な美しい詩声の様だった。


生命の詩。如何だったでしょうか。私の二つ目の作品です。


読んで頂けた方は疑問に思う点が有ったと思います。その点は次の[good man]にて補完させて頂きます。


読んで頂いた方。ありがとう御座いました。

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