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六階(優しさ)

六階(矢達の作戦)


村人が敵。その仮説を立てた三人は次に取るべき行動を考えた。その際、友気達は階段を捜索している時に村人と一切出会さなかった事を話した。つまり、彼女達は何処かに身を潜めているという事であり、この広大な草原で彼女達の一人を見つけ出し、この階の真相について聞き出す事は難しい。ならば今、彼等に出来る事は…。そう考えると、自ずと答えは見えて来る。


「もうすぐ日が暮れそうね。」


「僕、少しドキドキしてきた。」


三人の作戦はこうだ。一旦友気達は自分の小屋に戻り、夕方、村人が食事を運んで来るのを待つ。食事が運ばれてきたらそれには手をつけず、すぐに勇の小屋に向かう。勇の小屋には三人で作った落とし穴が掘られており、そこに嵌った村人から話を聞き出そうというものだ。小屋の中に落とし穴を掘るのには苦労した。幸い、小屋の側にはスコップや鶴嘴等の道具が転がっていたし、周囲に大きな木等が無かった為、根っこ等が穴掘りの妨げとなる事は少なかった。だが、勇は薬の影響?で身体を動かすとすぐに顔が真っ青になってしまうし、身体の小さい友気と愛華では、思う様に作業が進まなかった。それでも、なんとか人が一人落ちて、這い上がって来れない程の穴を一時間程で掘る事が出来た。穴はふかふかの絨毯で綺麗に姿を消している。


「友気。さっきも言ったけど、問題は…。」「時間、だよね。」


「うん!頑張ろう!」


草原の探索と穴掘りでかなり疲労していた二人。しかし、二人の表情からはそれが全く感じられない。それは普通の人間ならば考えられない事なのだが…。


(完全に日が暮れちゃったら大蜘蛛達が動き出しちゃう。もしもの時は勇の小屋に泊めて貰えば良いけど…。それだともし、翌朝に村人が僕達の小屋を訪ねて来たら、部屋にいない事で怪しまれちゃう。あくまで騙されてるふりをして、自分達が優位に立たなきゃいけないんだ。…愛華は凄いなぁ。僕だったらこんな作戦思い付かないよ。僕も頑張って愛華の力にならなくちゃ。)


その時、乾いた音が部屋の中に響いた。瞬間、二人の表情が凍り付く。


「自然に…ね?」


「う、うん。……どうぞ!」


友気は上擦った声で扉に向かって言った。


「失礼致します。お食事をお持ちしました。」


初めて会った時と同じ服装で、[二人]の村人が部屋に入って来た。


「え!二人!?」


友気は驚き、慌てて自分の口を抑えた。愛華のこめかみから冷や汗が流れる。落とし穴は一人分の幅しか掘っていないのだ。


「はい。何か問題がございましたか?」


笑顔で言葉を返す村人に、友気は恐怖した。


「いえ。何も問題有りません。綺麗な良い部屋ですね。ベッドなんてふかふかで最高でしたよ。」


愛華が慌てて友気を庇った。その事に気付いたのか気付いていないのかは、村人の笑顔から察する事は出来ない。

「お気に召された様で。私達も嬉しいです。」


「それではお食事は此方に置かせて頂きますね。」


一人の村人がそう言うと、二人は絨毯の上に、皿の乗った御盆を置いた。


「それでは明朝、食器を回収させてもらいに伺います。先程説明させて頂いた通り、夜分は外の出歩きは大変危険ですので、絶対にしないよう注意して下さい。」


「はい。分かりました。ありがとうございます。」


「どうもありがとう。」


「それでは失礼致します。」


二人の村人は友気達の小屋を後にした。


「愛華、どうしよう。勇の所にも二人の人が行っていたら…。」


「友気。落ち着いて考えて、私達は勇と違って二人で一つの小屋にいるのよ?つまり、二人分の食事が必要になるの。一人じゃ持ってくるの大変でしょ?」


友気の愚直な考えを優しく正す愛華。彼女に、友気の間違いに対する苛立ちは全く無かった。愛華の説明は尤もなものだったのだが、だからと言って、勇の小屋に村人が一人で行く保証は全く無いのだ。


「そっかぁ。やっぱり愛華は頭が良いね。僕、それを聞いたら安心しちゃったよ。」


「でも、急ごう。時間はあんまり無いからね。」


友気に余計な心配を抱かせない様、愛華はもしもの場合の話はしなかった。


「村人がまだ辺りにいると思うから、見つからないようにね。」


「うん!」


二人は夕日でうっすらと赤く染まり始めた草原を走り出した。


六階(村人)


勇の小屋までは一度行った事も有り、簡単に到着する事が出来た。道中、何人かの村人を見掛ける事は有ったが、彼女達に警戒心は皆無であり、簡単に彼女達の目を盗み、行動する事が出来た。


「勇。僕だよ。友気。」


友気は扉をノックしながら小さな声で囁いた。するとゆっくりと扉が開き、身体の細い男が目に入る。心なしか先程会った時よりも男の顔色が良くなっている様に見えた。


「待っていたよ。作戦はすこぶる好調なスタートだ。俺の薬の効果も切れたみたいだしね。」


「良かったわね。でも、これからが本番よ。」


勇の小屋に入った二人は、すぐにぽっかりと空いた穴が目に入った。中にはふかふかの絨毯にくるまった村人が一人。穴の中には沢山の料理がぶちまけられており、顔に料理を貼り付けた村人が、笑顔で此方を見上げている。


「ふぅ。」


(どうやら一人だったみたいね。良かったぁ。)


愛華は安堵の息を付き、勇に状況を説明する様、視線で訴えた。


「彼女、穴に落ちてから何も話さないんだ。穴を這い上がって来る気も無いみたいだし…。ずっとにこにこしながらこっちを見上げてるんだよ。…ちょっと不気味だよね。」


それを聞いた友気が、村人に優しく話し掛ける。


「お姉さん。こんな事してごめんね。僕達、お姉さんに聞きたい事があるんだ。」


友気の発言にも、女性は笑顔のまま口を開かない。まるで不気味な人形の様だ。


「ご飯の中に何か入れたの?それに本当は階段の場所も知ってるんじゃない?」


「……。」


女性の変わらない態度に、友気は頭を悩ませ始めた。


「私達をどうしたいの?階段の捜索を遅らせて、あなた達にどんな得があるの?」


「………。」


「駄目だね。君達が来る前に僕も何度か話し掛けてみたけど、結果は同じだったよ。」


相手が素直に口を割らない以上、友気達に出来る事は少なかった。

あまり長い時間、此処に監禁しておく訳にはいかない。彼女の帰りが遅い事に不信を抱く村人がいるかもしれないからだ。ならば手っ取り早く口を割らせる方法は一つしかない。…拷問だ。そもそもこの作戦は、これが出来る事が必須条件だったのかもしれない。だが、三人の中にこの高等技術を備えている者はおらず、それを行える程の精神力を持った者もいない。


「愛華…。どうしよう。」


友気が情けない声で呟いた。三人の表情が、みるみる内に暗くなっていく。そこで意を決した勇が口を開く。


「もしもの時は僕が始末するよ。幼い君達には任せられない。」


始末…即ち殺すと言う事だ。優しい勇からは考えられない残酷な言葉。しかし、このままみすみす彼女を解放したのならば、三人の身が危険に晒される可能性は高い。それは勇にとっても苦渋の決断だった。


「勇…。」


愛華が勇の心情を察してか、悲しい表情を浮かべる。


「君達は気にする必要は無いよ。大儀を果たす為ならば、多少の犠牲は仕方無いんだ…。」


勇はベッドの横に置いて有る刀を持ち出して言った。気にする必要は無い。勇はそう言ったが、どうしても気にしてしまう友気と愛華。それは優しさからくる心情だったのだが、もう一人、気にしてしまう者がいた。それは優しさとは大分かけ離れた心情からくるものだったのだが…。


「お前みたいな男に私が殺せるのか?」


穴の中にいた女性の表情が変わった。先程の笑顔とは対局にある、憤怒の形相だ。その表情は見る者全てを畏怖させる程の恐ろしいものだった。


「友気、萎縮しちゃ駄目。私達が有利な立場なんだから。」


「う、うん。」


愛華が村人に聞こえない様に、友気に耳打ちした。


「怖い顔だなぁ。…出来るよ。僕は沢山の仲間達の死を見てきた。その中には僕の愛する人もいたんだ。彼女の死は僕が無駄にはしない!姫様は絶対に助けるんだ!」


(勇…。)


珍しく声を荒げた勇。その気持ちを友気は痛い程理解していた。


「人間風情が偉そうに。貴様達は只の餌なんだよ。命懸けでわざわざ餌になる為に此処まで来たのさ。」


(人間風情…?)


この言葉により、愛華は村人の口調に違和感を覚えた理由がはっきりと分かった。


(村人は人間じゃない。だから話し方に違和感を感じたんだ。人間という括りを第三者として見ていたから…。)


「あなた何者?…聞くまでもないか…。大蜘蛛さん。」


友気と村人が意表を突かれた様な表情になった。勇は感づいていたのか、変わらず冷静な表情だ。


「…。」


村人は口を開かない。


「騙すならもっと徹底した方が良いわよ。今思えばあなた達、大蜘蛛の性質に詳し過ぎだったし。それに大蜘蛛の嫌がる素材が有るのなら、それを活用してもっとたくさんの対策が浮かぶ筈だもの。」


村人の顔が再び笑みを作る。


「気付いたところでもう遅い。闇は来た。…食事の時間だ。」


村人の骨格が痛々しい鈍い音と共に変化していく。


六階(嘘)


「……。」


村人の変化した姿を見た三人は、あまりの恐怖に言葉を失ってしまった。うつ伏せに倒れてはいるものの、首の関節がおかしな方向に曲がっている為、顔は上空を見上げている。腕や足の付け根からはそれらと同じ長さの骨が二本ずつ、肉と服を突き破って吐出しており、胴体は巨大な風船の様に丸々と膨らんでいた。


「ヒッヒ。」


上空を向いた顔が邪悪に歪む。その表情は既に人間のそれとはかけ離れていた。


「二人共!不味いぞ!きっと他の村人も…。」


(夜になるのを待っていたのね。きっと彼女達は夜にならないと姿を変えられないんだわ。)


(そうか。変身したのはこの人だけじゃないんだ。他のみんなは夕飯を食べちゃってる筈だから…。みんなが危ない!)


「愛華!他のみんなが…。」


「友気!勇!行くわよ!」


そう言うと愛華は壁から何かを引き剥がし、小屋の外へ向かって一目散に走り出した。


「みんなを助けに行くんだね!?」


友気はすぐに愛華の後を追った。


「行くって!?一体何処に!?」


勇も刀を持ち、その後に続く。


「無駄だよ。私達の村からは誰も逃げられない。」


勇が小屋を離れた少し後、変化を終えた大蜘蛛は高く跳躍し、簡単に穴から脱出した。


(みんなを助ける…それは無理。でも、友気だけならきっと。)


「愛華!出て来た!追い掛けて来るよ!」


「クソ!早い!」


後ろの二人が恐怖の叫びをあげた。


(村人の説明。あれは何処までが真実で何処までが嘘なの?大蜘蛛は小屋の材質なんて嫌ってない。あれはみんなを小屋の中に閉じ込めて、確実に食事を済ませる為の嘘。でも夜行性っていうのは本当みたいだし…。)


「駄目!このままじゃ直ぐに追い付かれちゃうよ!」


「そうだ…!」


瞬く間に距離を詰められる三人。大蜘蛛の俊敏性は村人の説明通り、確かなものだった。そして、逃げる事を諦めかけた勇が、ある言葉を思い出し、逃げるのを止めた。


[大蜘蛛に遭遇してしまった場合は、身体を石の様に固め、出来るだけ動かないで下さい。大蜘蛛は通常の蜘蛛とは違い、余り目が良くありません。]


(石の様に…。)


「そうか!」


友気は勇の行動の意図に気付き、同じく足を止めようとしたのだが、すぐに愛華に腕を引かれ、それを遮られた。


「愛華?どうして!?」


「駄目よ!勇も早く!」


しかし、大蜘蛛は既に勇の目の前まで来ており、勇は動く事が出来ない。そして…。


「ア…。」


勇の発した言葉は短かった。


「勇!」


「友気!振り返っちゃ駄目!私達は走るの!ただただ走るのよ!」


愛華は友気の手を離さずに走り続けた。彼女は後ろを振り返ってはいなかったのだが、友気の叫びで状況をすぐに察する事が出来た。


「ヒッヒ。馬鹿…ばぁか。」


大蜘蛛の吐出した骨が勇の腹部に突き刺さっている。その骨から分泌された麻酔薬が一瞬の内に勇の自由を奪ったのだ。既に彼は言葉を発する事すら出来ない。すると、大蜘蛛は口から細い糸を吐き出し、ゆっくりと勇の周囲を周り始めた。


「あそこに隠れましょう。」


暗闇の中を前だけ見詰めて走っていた愛華は、前方にうつ伏せに倒れている人影を発見し、直ぐに近くの小屋の影へ飛び込んだ。


「友気、大丈夫?」


「う、うん。」


友気は必死に動揺を隠しながら応えた。涙は流していない。此処までの道のりで彼は強く成長していたのだ。


(勇…ごめんね。お姫様は僕達が絶対に助けるよ。)


「私達、此処に行かなくちゃいけないんだと思う。」


愛華はおもむろに勇の部屋から持ち出した紙を広げた。


「これは…地図だ。村人がくれた地図だね。でも…。」


暗闇の中、目を凝らして愛華の指差した位置を確認する友気。そして言葉を詰まらせる。愛華は赤い印で囲われた位置を指差していた。


六階(死闘の裏)


「川沿いを真っ直ぐ進めば迷う事は無さそうね。問題は大蜘蛛に見つからずにどうやって洞窟まで行くのかだね…。」


「うん…。でもさぁ。本当にこの洞窟が大蜘蛛達の巣だったらどうしよう。」


友気の表情は今にも不安に押し潰されそうなものだった。


「そうかもしれない。でも此処しか可能性が有る場所が思い付かないの。このまま朝まで何処かに隠れるっていう手も有るけど……。」


カンカンカンカン!ウゥーー!


愛華の言葉が大きなサイレンの音でかき消される。


「…多分僕達だ。僕達が逃げたから…。」


「そうね。これは逃げた人がいるって言う大蜘蛛達の合図かもしれないわ。早く此処から離れないと。」


愛華は再度洞窟の位置を確認し、地図を懐にしまった。そして慎重に辺りを見回し、二人は川に沿って走り出した。幸い、この村に電気等の照明は少なく、辺りは深い暗闇に包まれている。それは立ち止まって目を凝らさなければ、お互いの表情すら確認出来ない程だった。辺りに人気は無い。先程のサイレンの意味は逃亡者がでたという合図では無かったのか。サイレンの意味は分からずとも、どの道、二人は息を切らして走る事しか出来なかった。


(おかしいわね。…でも好都合だわ。)


この気を逃す術は無い。二人は会話を交わす事は無かったのだが、同じ事を考えていた。


カンカンカンカン!ウゥーー!


そして再びサイレンが鳴った。しかし、今度はそれだけではない。


「逃亡者だ!逃亡者が出た!探せ!何としてでも探し出し殺せ!逃亡者は二人!雄と雌の子供だ!絶対に七階までは行かせてはならない!」


何処に設置されているのか。恐らくスピーカーの様な拡声器を通して、村中に女性の声が響き渡る。その声の主を二人は知っていた。


(メロ…。)


それでも二人は足を止めない。不安を打ち明ける事もしない。それが無駄な行為だという事を理解していたから。


(一つ目のサイレンは何を意味していたんだろう。)


(後半分。お願い。見付からないで…。)


シュタ!


「……わ!」


愛華の願いも虚しく、一本の矢が友気の側の地面に突き刺さった。遥か後方に松明らしき明かりが一つ確認出来る。恐らく、大蜘蛛が此方の存在に気付き矢を放ったのだ。しかし、この距離。優に二百メートルは超える距離から大蜘蛛は矢を放ち、此方を狙ってきた。


(目が悪いなんてやっぱり嘘じゃない!)


「愛…。」「走って!」


友気の言葉を愛華が遮る。


シュタ!


(あの距離なら追い付かれるより早く、私達が洞窟に辿り着ける筈だわ。)


カンカンカンカン!ウゥーー!


「餓鬼共は洞窟に向かっている!仕留めるんだ!早く!」


またしてもメロの言葉が村中に響き渡った。その口調からはかなりの焦りが感じとれる。


(洞窟で間違い無いみたいね。)


シュタタタ!


後方の松明の明かりが先程より増えていた。それと同様に放たれる矢も多くなってきている。


「あぁ!」


「友気!」


愛華の顔が真っ青になる。友気の右肩には深々と一本の矢が突き刺さっていたのだ。矢は羽の部分まで突き刺さっており、その先は友気の体を通して宙に突き出ている。


「友気!しっかりして!」


「だ…大丈夫だよ。…急がないと…。」


友気は必死に笑顔を作り、愛華の不安を取り除こうとしている。だが、その姿が愛華には逆効果だった。


「一旦、何処かで手当て…。」「大丈夫…。」


友気はそう言い、覚束ない足取りで前に進み続ける。その間にも矢の急襲は止まる事をしらない。愛華も彼の強い決意を察し、肩を貸し、共に歩み始めた。


(出血が酷い。このままじゃ駄目だ!考えないと…。早く対策を考えないと!)


愛華の考えとは裏腹に、焦りと動揺が彼女の頭を上手く働かせない。そして、四度目のサイレンが鳴る。


カンカンカンカン!ウゥーー!


「全員草原に集合!繰り返す!草原に集合するんだ!奴はただ者では無い!食らおう何て考えてはいけない!殺せ!全力で殺すんだ!…手負いの餓鬼共は私が何とかする。」


その放送が鳴り終わると同時に、友気達を狙う矢はピタリと止んだ。状況をいまいち把握出来ていない二人だったのだが、前方に見えた洞窟で、二人の心はそれどころでは無かった。


六階(非情な優しさ)


それは大きな一枚岩の内部を切り取っただけのものだった。岩の中心部には下に続く細い階段が有り、等間隔に配置された松明が不気味に通路を照らしている。


(下?まさか…七階に通じる階段は此処には無い?)


一瞬、絶望的な考えが愛華の頭をよぎったが、彼女はすぐに考えを改めた。


(メロの口調はかなり焦っていたわ。今は自分の考えを信じるしかない。)


「はぁ、はぁ。…いっ!」


「早く安全な所まで行って手当てしようね。」


友気は肩で息をし、時折苦痛の声をあげていた。額には大量の脂汗、何より肩からの出血が酷い。


(早く七階に行って矢を抜いてあげなくちゃ。でも、この先にはきっとメロがいるはず…。)


七階が安全な場所とは限らない。寧ろ可能性は低いだろう。だが、愛華にはそうする他、考えが浮かばなかった。愛華は友気に肩を貸し、階段をゆっくりと降りながら、もう片方の腕でしっかりと短剣の柄を握り締めた。暫くすると二人は少し開けた空間に辿り着いた。


「此処まで来たのはあなた達が初めて…。」


その空間には、地面に大きな五角星形の絵柄が描かれていおり、その中心部には四度のサイレンを鳴らした張本人。メロが大蜘蛛の姿で二人を待ち構えていた。他の大蜘蛛達に比べて、倍以上の身体の大きさを誇っている。相手のあまりの大きさに、愛華は握り締めた短剣を落とした。


「私達を七階まで行かせて下さい。お願いします。このままじゃ友気が…。」


愛華の瞳から大粒の涙が零れた。どんなに頭が良く、精神力に長けているとしても、彼女はやはりまだ幼い子供なのだ。子供の許容出来る絶望はとうに越えてしまっている。そんな愛華に対し、メロからは意外な答えが返ってきた。


「…良いわ。でも条件が有る。」


その返答から活路を見いだした愛華は、声を大にする。


「条件はなんですか?なんでもします!」


しかし、それは余りにも残酷な活路であった。


「一人だけ。七階に行けるのは一人だけよ。もう一人は此処で死んで貰うわ。」


二人の表情が一変する。


「ど…どうして?」


友気は必死に言葉を絞り出した。


「元々そういうルールなのよ。残念だけど一人なの。二人じゃない…一人だけ。時間が無いから早く選びなさい。私はこの村の村長として、早く仲間を助けに行かなくてはならないの。…でもこれだけは覚悟しなさい。七階に行く事があなた達にとって良い事とは限らない。場合によっては此処で死ぬ事よりも絶望的な地獄を味わう事になる。私は此処で死んだ方が賢明だと思うわ。」


そう話すメロの表情は一切崩れない。彼女の表情からは喜怒哀楽、全ての感情が抜け落ちている様に感じられた。


(迷う事は無いわ。)


「友気!良く聞いて!」


「時間が無いのよ。早く決めなければ二人共殺す。」


友気は顔を真っ青にして首を横に降り続けている。


「あなたなら大丈夫!あなたなら、七階にどんな困難が待っていても必ず乗り越えられるわ!これまで出会ってきた人達を思い出して!みんなあなたに希望を託しているのよ!みんな、あなたがそれを受け止められる人間だって分かっていたから!」


「嫌だ、…やだよ。」


友気の瞳から涙が溢れる。


「時間切れ。二人共殺すわ!」


「私が死にます!」


愛華はそう言うと友気の正面に立ち、矢の刺さっていない左肩を力強く握った。そして友気の目を見て、満面の笑みを作る。


「友気、大好きだったよ。」


友気の目の前で、愛華の腹部を太い骨が貫通する。そして、友気の見ている光景がスローモーションになり、ゆっくりと愛華の体が崩れ落ちた。


「アアアアアアアー!!!!!」


友気の悲しい叫びが洞窟内に響き渡る。


「魔法陣の中心に立てば七階に行けるわ。七階に行けば、お前は此処で死ななかった事を後悔する事すら出来なくなる。」


メロはそう言い残し、目にも留まらぬ速さでその場から立ち去って行った。

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