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五階(美しい人)

五階(迷路に住む[?])


「愛華!凄いや!どうやってやったの!?」


(良かった。話の内容は聞かれて無いみたいだ。)


「えへへ。…秘密。」


大きな声を出しながら走り寄って来る友気に、愛華は安堵の息を漏らしながら応えた。


「お前達は大した者だな。」


良男は友気達とは離れた位置で、人知れず呟いていた。


「な、何だ?」「お、おい!」


「愛華、絶対無事でいてね。」


次々と消えていく人々を見て、状況を察した友気が、震える声で愛華に言った。


「うん!友気も…。」


愛華の言葉は途中で遮られた。愛華が消えた訳では無い。友気が次の階にワープしたのだ。


(誰もいないや。…どうしよう。)


友気は二メートル程の幅の通路に立っていた。左右の壁面は真っ白で、その高さは限りなく高い。何と、その階の天井にまで壁は伸びていたのだ。


「愛華や良男さんを探さないと。」


友気は恐怖を和らげる為に、わざと一人事を言い、当てもなく歩き始めた。


「道が二手に分かれてる。…どっちが正解なんだろう。」


友気は歩き初めて直ぐに、T字路に出会した。


「…良し。右に行ってみよう。」


その判断に根拠は無い。今の状況下では、考えても分からないのだから、その行動は仕方の無いものだと言える。


「えぇ、またかぁ〜。」


暫くすると、友気はまたしてもT字路に差し掛かった。


「じゃあ次は…左かなぁ。」

友気は今後は左に進む事にした。


「…どうしよう。僕、このままずっと迷い続けるのかなぁ。」


どうしようも無い不安に襲われながら、友気は一人呟いた。しかし、それによって事態は僅かに変化する。


「おい!誰かいるのか!?」


友気の立っている位置から、右側の壁を挟んで、男の声が聞こえた。


(誰かいる!やったぁ!)


「います!いますよ!ここにいます!」


友気は慌てて大声で返事をした。


「おお!いたか!どうやらこの階は迷路になっているみたいだな!何処かに上に続く階段があるに違いない!」


壁を挟んだ位置にいる男も、友気と同じ気持ちだったのだろう。仲間を見付けて声が生き生きとしている。


「そうみたいですね!でも、何処に階段があるのか分かりません!何かヒントみたいな物は無いんですかね?」


「こっちも情報は無しだ!どうだい!?取り敢えず合流しないか!?」


その提案には友気も大賛成だった。


「はい!このまま壁を挟んで真っ直ぐいけば、何処かで繋がる道があるかもしれませんね!」


(誰かと一緒なら心強いや!)


友気の沈んでいた気持ちは、仲間の存在によって一変していた。


「良し!じゃあこのまま真っ直ぐだな!行くぞ!」


「はい!」


顔も知らない二人は、同じ方向に歩き始めた。お互いが頼りになるだろうと信じた相手と共に。


しかし、現実はそう甘くは無い。もう十分ぐらいは歩いただろうか。未だに二人は壁一枚を挟んで合流出来ないでいた。


「なかなかそっちに行く道が無いな!逆に行く道は何本かあったけど…。」


「…そうですね!」


(どうしてだろう。少し不安になってきたなぁ。)


「何だあれは!」


「え!?何かあったんですか!?」


急に口調が変化した男に、友気は困惑した。


「おい!こっちに来んな!…止めろ!それ以上近付いたら…。」


「えっ?えっ?どうしたんで…」「ギャアアアアアアアア!」「バキ!ドガ!グチャ!」


「……………グ…グゲ。」



「………………。」


最後の言葉は明らかに人間のものでは無かった。友気はその場に座り込みたい気持ちをなんとか抑えて、元来た道を引き返し始めた。この少年は、声を出さずに涙を流していた。


五階(女帝)


「みんな…。みんなぁ。」


友気は力無く呟きながら来た道を引き返していた。どうして自分がそういった行動をとっているのかは友気にも分からない。


(あれ?何だろう?)


友気は地面に張り付いていた一枚の紙を見つけた。彼は気付いていなかったのだが、そこは友気が最初に立っていた場所だった。友気はその紙を拾い上げ、内容を声に出して読んだ。


「人間は弱い。だが、それは決して恥ずべき事では無い。本当に恥ずべき事は、そんな自分を認めない事だろう。」


(何だろう、これ。)


その文章には続きがあった。


「この階まで来た君たちには、大切な人が少なからずいる筈だ。そんな人物を最低二人見つけ出し、合流する事。さすれば上の階に続く道が開かれるであろう。………それと、君達は決して忘れてはならない事がある。…この階に潜む怪物の事を。その怪物は強者のみを襲い、食らう。」


文章はそこで終わっていた。


「坊や?」


「わぁ!」


友気は急に背後から声を掛けられ、驚きの声をあげる。


「あははは。ごめんごめん。怪物だと思った?」


友気が振り返った先には、一人の女性が立っていた。兜は被っておらず、鎧だけを装着していたその女性は、腰に刀を携えている。身長は良男と同じぐらい有り、女性にしてはかなりの高身長だ。肩まで掛かるストレートの黒髪に加え、目鼻立ちがくっきりとしており、まるで一流モデルの様な女性だった。


「えっと。いえ…。」


友気は自分の臆病な面を見られ、恥ずかしがっている。


「私は(りん)。坊やは?」


「僕は友気です…。」


友気は少し背伸びをして、冷静に応え様としたのだが、声が上擦っている。


「その紙…。私の所にも合ったよ。ほら。」


凛は友気に紙を一枚手渡した。友気はその紙に書かれた内容を読んで、直ぐに自分のそれとは違う点に気付いた。


[美しい外見には、汚らわしい内面が備わりがちだ。果たして、そんな人物が真に美しい人間だと言えるのだろうか。では、真に美しい人間とは何なのか。


この階まで来た君達には、愛する人が少なからずいる筈だ。その人物に自分の内面を見せる事。さすれば、上の階に続く道が開かれるであろう。………それと、君達は決して忘れてはならない事がある。…この階に潜む怪物の事を。その怪物は強者のみを襲い、食らう。]


「僕のとは少し違うんだね。僕のはほら…。」


友気は自分の持っていた紙を凛に手渡した。


「…本当ね。何なのかしらこれ?人によってやるべき事が異なるのかしら?」


「うーん。分かんないです。」


友気は頭を抱えて応えた。そんな友気に凛は腕を組んで応える。


「まぁ良いわ。私は好きな人。友気は大切な人を見つければ良いみたいね。」


「好きな人…。いるんですか?」


「ええいるわよ。」


即答した凛に、友気はドギマギしている。友気にとって、こんな事を素直に言う人物は初めてだったのだ。


「そうですか。…実は僕もいるんです。えへへ。」


友気は顔を赤らめて応えた。


「あっそ。でも君…弱そうだよね。」


「え!?」


凛の意外な応えに、友気は正直に驚いた。


「私だったら君みたいな男は論外ね。あー勿論、年齢的な事もあるけど。第一、君に好きな子を守れるのかなぁ?…君、直ぐに死にそうだし。此処までこれたのも奇跡みたいね。」


凛の冷たい言葉に、友気は涙を浮かべ始めた。


「君みたいな子に好かれた女の子も迷惑だろうなぁ。まぁ、使い捨ての盾には丁度良いかもね。」


「何で…何でそんな事言うんだよ。」


「あーごめんごめん。悪気は無いんだよ。私って素直な人間だからさ。…でも女ってみんなそうじゃないかな?自分を幸せに出来る男に惹かれるのは当たり前じゃない?そんな男に好かれる為なら、何だって出来るわよ。」


「………………。」


ぐぅの音も出ない友気。それに対し、凛は自慢気に話続ける。


「私の今の男はね。体格が良くて、とっても強い男なのよ。それで私にゾッコンなのよね。顔はタイプじゃないけど、此処にいる間は守ってもらわなくちゃいけないから我慢してるんだ。…まぁ、お姫様を救い出したらあいつは要無しね。直ぐに捨てるわ。次はそうねぇ…頭の良い男にでもしようかしら。」


その言葉に、友気が小さな声で反論する。


「あの…。何か好きってそういうのじゃないんじゃないかなぁ?」


「さて、雑談は此処までにして。行きましょうか。…盾ぐらいにはなって頂戴ね。」


(そんなぁ。)


凛は友気の言葉を無視して、非情に言い放った。


五階(遭遇)


(内面ねぇ。)


「凛さんは好きな人とは何処で知り合ったんですか?」


(真に美しい人間…か。そんなやつは糞食らえだわ。)


「凛さん?僕の好きな人はねぇ…。」「うっさいなぁ。」


「…ごめんなさい。」


凛は無性にイライラしていた。その原因は友気だけでは無い。大きな原因はあの紙。自分がこの階に来て直ぐに読んだあの紙だ。


[真に美しい人間…。]


自分の外見には自信があった。この容姿を持ってすれば落とせない男はいないと自負している。


(私は子供に何やってんだろう。)


「一々謝るんじゃないよ。情けないわね。…私はこういう性格なんだから。」


「はい。…ごめんなさい。」


(ったく…。)


凛は長い髪を掻き上げた。


(これだからガキは。)


「…………!」


二人の動きが止まった。約十メートル程先にあるT字路。そこを不思議な生き物が通過したのを確認したからだ。


「凛さ…。」「シッ!」


凛は慌てて友気の口を右手で塞いだ。


「ウワァァ!やめっ。イギヤァァァ!」


はっきりと聞こえた男の叫び声。 それは男の位置から、二人の位置までの通路が繋がっている事を表していた。


(あれが化け物…。…勘弁してよ。)


凛の右手に冷たい液体が触れる。


「泣くんじゃないよ。逃げるわよ。」


友気は小刻みに何度も頷いた。少年の身体は異常な程に震えている。


(声の聞こえたタイミングを考えると、かなり近いわ。)


「此処で震えているのは君の勝手だけど、大声で泣き喚くのは止めてね。」


凛はそう言い終えるのと同時に、踵を返して走り出した。


「あ…あっ!」


友気も遅れて凛の後を追う。


「デ…デゲ、ゲ!」


背後で化け物の声が聞こえた。


「うわぁぁぉ!」


(嫌だ!嫌だ!死にたく無い!)


「馬鹿!」


凛は振り返りざまに怒声を浴びせる。背後には涙を流しながら走っている友気、その背後十メートルには、全身緑色のタイツを来た異様な姿の人間。いや、人間では無い。人型の何かだ。その何かは、両腕を頭の上で振り回しながら走り寄って来る。


(何よあれ。気持ち悪い。)


「早く!」


「わぁぁぁ!」「ズザァ!」


友気はあまりの焦りからか、足を絡ませ、うつ伏せに倒れてしまった。


「馬鹿!」


(あいつが食われてる間に逃げないと。)


[真に美しい人間…。]


「あーもう!」


凛は大地を蹴って友気に走り寄る。そして、腰の鞘から刀を抜いた。


「うわぁぁ。ごめんなさい。」


(何やってんだろ、私。…こんなの使った事無いわよ。)


「……ビケ。」


倒れている友気の前に立ちはだかる凛。その前方、刀の間合いの僅か外で、緑色の化け物が立ち止まった。両腕は未だ、頭の上にある。


(何よ。こいつ。)


「…ゲ。」


唯一、緑色では無い顔。それは何処から見ても、人間の男のそれだった。しかし、その顔は土気色であり、何処か生気が無く、無表情であった。


「な、何よ!」


「ぼ…僕も戦う。」


友気は立ち上がって短剣を構えた。


(あんまり強そうじゃないぞ。此処まで来れた僕達なら、勝てるかもしれない!)


「グゲ。」


友気の考えを余所に、緑色の化け物は踵を返し、元来た道を引き返し始めた。


[その怪物は強者のみを襲い、食らう。]


友気と凛の頭に、紙に書かれた一説が思い出された。


「僕は弱くなんかない!」


「はいはい。そうね。…馬鹿!」


「ゴン!」


凛は友気の頭に拳骨を落とした。


「痛い!何するんですか!?」


「あんたのせいで私は死ぬところだったんだよ!」


「あ。」


「ゴン!」


「今更気付いたの!?」


友気は再度頭に鈍い衝撃を受けた。凛は痛がる友気を無視して歩き始める。


「あの!」


「何よ!」


凛は歩みを止めずに応える。


「ありがとうございました。…最初は怖かったけど、凛さんはやっぱり良い人だね!」


友気は、歩いている凛の隣まで走り寄って行った。


「うっさい。…馬鹿。」


凛は何処か上の空で友気に言葉を返す。彼女は先程の自分の行動を振り返っていたのだ。


(何であんな事したんだろう。自分が特する事何て何も無いのに…。私、ちょっとおかしいんじゃないかしら。)


「どうしたんですか?凛さん?」


笑顔で凛の顔を見上げる友気。その感じを心地良く感じた自分に、凛はどうしようも無く腹が立った。


(守られるんじゃなくて守る。…この子が生きていればいつか役に立つ事もあるわよね。きっと無意識に私はそう解釈しているんだわ。)


凛は新しく発見した自分の本心を受け止められずにいた。


五階(強き者、弱き者)


「何よあれ?」


「え?何も無いですよ?」


何も無い白い壁を指差している凛に、友気は怪訝な表情を見せる。


「ほら。あそこだけうっすら黄色く光ってるじゃない?」


「え?そうかなぁ?」


(ふざけてるの?いや、友気はそんな子じゃないわ。って事は私にだけ見えてるのかしら。)


凛は黄色く光る壁に歩み寄り、試しに触れてみようとする。


「え?何で?」


その光景を見て、友気は驚きの声をあげた。驚いていたのは凛も同じである。


(これ。壁じゃないわ!)


凛は壁に触れる事が出来なかった。凛の腕は壁をすり抜けて、壁の向こうに突き出されているのだ。


「此処、通れるみたいよ。…友気。ちょっとおいで。」


「うん。」


友気は凛に手を引かれ、壁の中に入って行く。しかし、壁を通って二人は落胆した。そこには、今までと何も変わらない、迷路の一角があったからだ。


「何よもう!意味無いじゃない。」


「凛!凛じゃないか!良かった!会いたかったよ!」


友気と凛が声の聞こえた方に目を移すと、そこには身長がニメートル近くある大男がいた。全身に茶色の甲冑を装備しており、腰には長い刀を携えている。


「琢磨!生きてたのね!良かった。」


凛は勢い良く、琢磨と呼ばれた男性に抱き付いた。


「俺が死ぬ訳無いだろう!俺が死んだら誰がお前を守るんだよ!」


琢磨も心から喜んでいる様子だ。


(良かった。凛さんは好きな人と再開出来たんだ。…羨ましいな。愛華、無事でいてね。)


「ん。その子は?」


「この子は友気。たまたま会ったのよ。」


「そうか!俺は琢磨だ!此処までよく来てくれたな!」


琢磨は大きな声で言った。


「はい。僕は友気です。琢磨さんは化け物に会わなかったんですか?」


「化け物?」


「この階に来た時に一枚の紙を見つけませんでした?」


琢磨は暫く考えた後に、短く応える。


「無い。」


凛が琢磨の背後で自分の頭を指差し、首を傾げている。その顔には、人を小馬鹿にした様な笑みが浮かべられていた。


[まぁ、お姫様を救い出したらあいつは要無しね。直ぐに捨てるわ。]


友気の頭の中で、凛の言葉が再生される。


(そうか。好きって言っても、凛さんの好きは僕のとは違うんだ。)


「まぁ良い!その化け物も俺が八つ裂きにしてやろう。」


「琢磨!やっぱりあなたは頼りになるわぁ!」


凛の口調が少し変わっている事に、友気は少なからず嫌悪感を抱いた。


「任せてお…。」「うわあぁぁぁ!」


琢磨の言葉は何者かの叫び声でかき消された。


(声が…近い。)


叫び声は友気達の前方にある、曲がり角の先から聞こえていた。琢磨が腰に有る鞘から刀を引き抜く。


「逃げましょう!」


「いや、俺が仕留めてくる。」


友気の提案を、琢磨は静かに拒否した。


「逃げようよ。琢磨に何かあったら私…。」


(馬鹿ね。あんたが今死ぬのは勿体無いわ。)


「案ずるな。俺が負ける訳が無いだろ。」

凛に良い格好を見せようとしているのか、琢磨の声は弾んでいる。


「あ…。」


前方の曲がり角から、全身タイツの男がゆっくりと姿を表した。緑色のタイツが返り血で染まっており、顔は土気色の無表情だ。相変わらず、両腕は頭の上に上げた状態だった。


「何だ。化け物と言うからどんな奴を想像したかと思えば。只の人ではないか。しかも、武器も持っていない。」


「グゲ。」


タイツの化け物が走り始めた。その速度はそれ程早くは無い。人間のそれと同じぐらいだ。


「二人共。下がっていろ。」


促されるままに、友気と凛は琢磨との距離を置いた。化け物が琢磨の間合いに入る。


「フン!」「ガギ!」


「なっ!」


琢磨の刀が化け物の二の腕に食らいつく。両腕を上げている為に、首を切断するには、まず腕を切り落とさなければならないと琢磨は考えていたのだ。しかし、妙な音を立てて琢磨の刃は簡単に弾かれてしまった。


「グ…グゲ。」


何事も無かったかの様に、琢磨を見詰める化け物。


「セイ!」


その間に態勢を整えた琢磨が、化け物の胸目掛けて、鋭い突きを放った。


「ギャ。」


しかし、刃はまたしても、金属に刃を打ち付けている様な嫌な音を立てて弾かれる。


「グヘヘ。」


化け物の表情が柔和なものに変わり、下品な笑い声を発し始めた。


「もういいわ!逃げましょう!」


「こいつ!俺を馬鹿にしているのか!?」


凛の言葉は琢磨に届かない。


「死ねぇ!」


「ザシュ!」


琢磨はそのにやついた顔に、もう一度突きを放った。しかし、その刃が化け物の顔に届く事は無かった。


「…嘘。」


「……。」


友気はあまりの悲惨な光景に声が出せないでいる。

一瞬。一瞬だった。琢磨が突き出した刃が、化け物の顔面を捉え様とした直前。化け物は右手を下ろし、振るった。只それだけの動作だった。


「に、逃げろ…。適わな…。」「ガチャ!」


「グワァァ。」


上半身と下半身に分かれた琢磨の腕を、化け物が踏み砕いた。


「や…やめてよぉ!うわぁぁ。」


やっと声を出す事が出来た友気。その瞳からは涙が溢れている。


「グゲ。グゲゲ。」



化け物は友気と凛の顔をまじまじと眺めると、また、無表情な顔に戻って、二人の間をゆっくりと通り抜けて行った。友気と凛は固まったまま動けなかった。動いたら殺される。直感的に二人はそう理解していた。


「琢磨ぁ!」「琢磨さん!」


化け物が通り過ぎた後、二人は涙を流しながら琢磨の元に走り寄った。


「すまな…。……愛し、て…る。」


その言葉を最後に、琢磨の瞳から生命の光が消えた。


「ば、馬鹿。私はあんたの事何て…。」


「知ってたよ。それでも良かったんだ。」


「え?」


突如、凛の頭の中にだけ聞こえた琢磨の声。凛はそれを聞いて、琢磨の上半身を抱き寄せ、目を瞑った。


「凛さん…。グス。」


友気は泣きじゃくりながら凛の名前を呼んだ。すると、凛はゆっくりと目蓋を開き、信じられない事を言った。


「あの階段…。あれであんたは上の階に行きな。私は…。あいつを許さない。」


凛は琢磨の刀を持ち、立ち上がった。


(あの紙。あの紙に書いてあった事の意味がやっと分かった。)


「階段?何言ってるの?一緒に逃げようよ。」


友気は涙を流しながら、凛の言葉に困惑している。


「さよなら。」


凛はそれを無視して、化け物の後を追って走り出した。


「まっ。待ってよ。」


それに遅れて友気も走り始める。しかし、小さな友気の身体では、凛に追い付く事が出来ない。


「凛さんも死んじゃうよぉ!」


凛が曲がり角を曲がった後、暫くして友気もその角を曲がった。そして、絶望に打ち拉がれ、膝を付く。


「グゲ。」


「うわぁぉぁぁぁぁぁ!」


笑顔で立ち竦む化け物。それと対峙している凛。その足元には凛の首が転がっていた。


「馬鹿!早く逃げなさい!あんたは襲われ無いんだから!…それを上手く利用するのよ!」


凛の言葉が頭に響いた。首だけの凛が話せる訳が無い。ならこの声は一体…。


「僕が…やっつけてやる。」


「グゲゲ。」


化け物は友気の顔を見ると、また、無表情な顔に戻った。


「嘘じゃないぞ!」


友気は腰が抜けて、立てないでいる。


「ま、待て!」


化け物は踵を返し、歩きだした。


[その怪物は強者のみを襲い、食らう。]


(僕は…。みんなの為に命を掛ける事も出来ない。僕は…弱いんだ。)


「そうよ。それで良いの。あんた何て只の雑魚なんだから。…でも、雑魚にしか出来ない事もある筈よ。あなたはそうやって大好きな人を守りなさい。」


「凛さん…。」


またしても頭の中で凛の声が聞こえた。


「さよなら。」


「友気!」


背後から友気の守るべき人物の声が聞こえた。


五階(再開)


「愛華!無事だったんだね!」

「ええ!友気も!良かったわ。」


愛華と友気は瞳に涙を浮かべて喜んだ。友気は愛華に出会う前から泣いていたのだが…。


「その人は?」


「…凛さん。綺麗で…格好良い人だったよ。ぐす。」


「そう…。」


愛華はそれ以上は聞かなかった。聞いても仕方の無い事だと思ったのだ。


「でも、愛華は無事で本当に良かった。」


「うん。光ってる壁を見付けて、入って来たら此処に着いたのよ。ほら、あそこの壁よ。」


愛華は何も無い、真っ白な壁を指差して言った。


「…あれ?おかしいなぁ。さっきまで光ってたのに。…まぁいいわ。」


愛華は不思議そうに首を傾げている。


「そうだ!凛さんは階段が有るって言ってた!さっきの所に戻れば、有るかもしれないよ!」


(凛さん。僕は弱いんだね。でも、僕が愛華を絶対守るから。凛さんが言う、弱い僕のやり方で…。)


友気は興奮して大きな声を出し、愛華の手を引いて歩き始めた。そして曲がり角を曲がり、琢磨の遺体の場所まで急いだ。


「…あれ?此処だと思ったんだけどな。」


そして、琢磨の遺体が消えている事に気付いた。


「凛さんが此処に階段が有るって言ったの?」


「うん。そうなんだけど。何か違うなぁ。」


友気はまた泣きそうになっていた。


「友気!見て!」


友気の前方、左側の壁を指差す愛華。その壁は黄色く光っていた。


「あの壁を通ったら友気に会えたのよ。また通れば何かあるかもしれないわ。」


(光る壁…凛さんも同じ事言ってたけど、これの事だったんだ。)


今度の光る壁は友気にもはっきりと見えた。


「うん!行ってみよう!」


そこで、友気と愛華の身体が固まった。それは、その壁から出て来たものが問題であった。


「誰か来るわ。」


黒い甲冑の、足だけが見えた状態で、愛華が友気に言った。その足は、何かを確かめる様に頻繁に振られている。その光景は、見る者から見たら滑稽なものに見えた事だろう。


「来るよ。」


やがて、その人物の全貌が明らかになる。


「良男さん!」


「む?おお!小さき戦士達ではないか!」


「良かったぁ!」


友気と愛華は良男に勢い良く抱き付いた。甲冑のゴツゴツとした角が少し痛いが、そんな事はお構い無しだ。


「あっ二人!これで二人と会ったよ!」


友気は紙に書いてあった事を思い出し、声をあげて喜んだ。


「何?何の事?」


愛華が怪訝な表情で尋ねる。


「紙だよ紙。あれに書いてあったんだ。僕達は次の階に行ける筈…。」


友気の言葉が詰まる。友気の視線の先には、黄色く光、透明な階段が出現していた。愛華もそれを見て、喜び、小さく飛び跳ねる。しかし、良男は呆然と立ち尽くしていた。


「やったぁ!友気!やったわ!」


「む?」


「三人無事に次の階に行けるね!」


良男だけ状況が掴めていない様子だ。


「良男さん?どうしたの?」


愛華がそれに気付き、喜び溢れた声で言った。


「何を喜んでいるのか分からない。俺には何も見えないのだが。」


その言葉で、友気の脳裏に嫌な予感がよぎった。


(凛さんの時もそうだった。僕には階段何て見えなかったんだ。)


友気は階段の一段目に乗り、良男の方を見た。


「う、浮いてる。いつの間にそんな術を…。」


友気の姿を見て驚愕している良男。愛華もその状況を把握し、良男の手を引いて階段を登り始めた。しかし…愛華は階段を登れるも、良男の身体は階段をすり抜けていく。


「そんな。」


動揺を隠せない友気に変わり、愛華が冷静に話し始めた。


「良男さん。紙は?此処に来た時に見つけた紙には何て書いてあったの?」


「ん?ああ、これの事か?」


良男は甲冑の懐から、しわくちゃになった紙を取り出し、愛華に渡した。


[この階まで来た君達には、少なからず戦う力が備わっている筈だ。その力を勇気と共に示す事。さすれば、上の階に続く道が開かれるであろう。………それと、君達は決して忘れてはならない事がある。…この階に潜む怪物の事を。その怪物は強者のみを襲い、食らう。君達はこの怪物と一対一で戦い、打ち負かさなければならない。]


それを読んだ友気と愛華は、静かに腰を降ろした。その様子を見て、良男は状況を察した。


「俺にも状況が理解出来て来たぞ。君達の紙には違う事が書いてあったんだな。それで君達はその指令を達成した。…違うか?」


「………。」「………。」


「はっはっはっは。」


「何が可笑しいんですか?」


急に笑い出した良男に、友気が尋ねる。


「小さき戦士達よ。君達は本当におもしろい戦士だ。二人同時に階段を見付けるなんて。あの紙に同じ事でも書いてあったんじゃないのか?」


顔を見合わせる友気と愛華。


「愛華の紙にも、大切な二人と合流する事って書いてあったの?」


「………うん。」


愛華は嘘を付いた。本当は愛する人の指令が達成される事、と書いてあったのだ。


「わっはっは。やはりな。君達は何処かとても似ている。理由は分からないがとても似ているよ。」


「に、似てないわよ。ねぇ?」


「う、うん。」


愛華に見詰められ、友気の顔が真っ赤になる。


「あははは!そうかそうか!では行け!小さき戦士達よ!」


「置いてけぼり何てしないよ!」「良男さんだけ置いて行けません!」


二人は同時に言い、顔を見合わせた。


「わっはっは。なぁに。直ぐに追い付けるさ。化け物を退治してな!ほら行け!階段がいつ消えるかも分からないだろう。」


良男の発言に恐怖を覚えた二人。確かにそうだ。この階段がいつ消えてしまうか何て誰にも分からない。それに、二人が残ったとしても、良男の助けになれる可能性はとても低い。


「絶対ですよ。絶対来て下さいね!」


「怪物の緑色の部分は攻撃が効きません!多分だけど…顔!あの顔が弱点かもしれないんだ!」


無精髭の見える口元がニヤリと笑った。


「感謝する!」


良男は友気達に背を向け、歩き始めた。友気と愛華も良男に背を向け、階段を登り始めた。



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