二階(触れたい逆鱗)
二階(触れたい逆鱗)
大勢の人がいる。しかし、その場所はそれだけでしか無かった。地面も壁も真っ白に塗られた部屋。そこに友気は立っていた。
(あれ?何処だろう。)
友気が不思議に思っていると、すぐ隣の地面に、直径1メートル程の穴が音も無く出現した。するとその穴から、まるでエレベーターにでも乗っているかの様に、ゆっくりと少女が上がってくる。
「愛華!」
友気が声を掛けると、少女はゆっくりと目蓋を開き、困惑した。
「何?何処ここ?」
その部屋には、塔に入った時の、半分程の人間しかいなかった。
「おまえ達も二階に来れたのか。…良かったな。」
黒い甲冑を着た男が話し掛けてきた。
「はい。ありがとうございます。ところで、今二階とおっしゃいましたか?」
それに応えたのは愛華だ。
「ああ。我々は生きて、さっきとは違う部屋にいる。そして、他の者が穴から上がって来た事も考えると、ここは恐らく二階なのだろう。…つまり、ここにいない者達は。」
黒い甲冑の大男は、そこまで言うと声を詰まらせた。
「…そうですか。」
友気はとても悲しそうに俯いた。
「しかし、我々は一歩、姫の救出に近付いたのだ。ここにいない者達の為にも、我々が目的を達成するのだ。」
黒い甲冑の男は続ける。
「申し遅れた。私は良い男と書いて良男[よしお]と申す。幼い戦士達よ。共に頑張ろう!」
友気は良男に強く肩を掴まれると、痛そうに顔を歪めた。それを見て、愛華は笑みを浮かべている。
三人は軽い自己紹介を済ませ、部屋の中を目的も無く歩き始めた。
すると、急に天井に黒い靄が掛かり始めた。その靄は、次第に大きく、濃いものとなり、ついには天井を埋め尽くす程に拡大した。
「な、なんだろう?」
「嫌な予感しかしないな。」
友気の問い掛けに、良男が声を低くして応えた。
「竜だ竜が居るぞ!」
誰かが叫んだと同時に、黒い靄の中から、何かが猛烈な勢いで群集目掛けて突っ込んで来た。直撃を受けた者達は、まるで玩具の様に、左右に分かれて吹き飛んで行く。群集の真ん中に、一本の何も無い太い線が出来た。
「りゅ、竜だ。」
友気はその場に座り込んでしまった。
宙に浮き、こちらを見下ろしているそれは、頭部に二本の角を生やした、全長20メートルは有るであろう竜であった。
「バキバキ!」
「ギャー!」
竜は何人かの人間を、甲冑ごと噛み砕いてる。雄々しい鬣[たてがみ]を蓄えているその姿は、恐怖の中にもどこか神秘的な美しさを兼ね備えていた。
「部屋の隅に、壁際に逃げましょう!あそこなら竜も突進して来れないはず!」
愛華は友気の腕を掴むと、強引に引っ張り、走り出した。
しかし、良男は動かずに、黙って竜を見上げている。
「良男さん!?」
友気が振り返って、声を掛ける。
「俺に構わず、早く逃げてくれ!…二人共、絶対に死ぬなよ!」
力強い声だった。よく見れば、男は武者震いをしている。
「良男さんもね!」
愛華が応えると、良男は兜の下半分を脱ぎ捨て、無精髭を生やした浅黒い肌の、口元だけで笑みを作って見せた。
二人が壁に向かって走り始めた時、二人と良男の間に、待たして線が引かれる。後少し走り始めるのが遅かったのならば、今頃二人の命は無かったであろう。
「うわ〜!」
ワンテンポ遅れて友気が叫び声を上げる。立ち止まってしまった友気は、今にも泣き出しそうな表情だった。
「しっかり!ちゃんと走って!」
愛華の声に反応して、友気は再度走り始める。
またしても竜は、友気達のすぐ後ろに突進して来た。今度は僅かだか、友気の衣服を削り取っている。どうやら壁まで行かせないつもりの様だ。
(二人が危ない!)
良男は背負っていた長い槍を構えると、意を決して叫び始めた。
「おい!こっちだ!図体だけでかい蛇め!でかけりゃ良いってもんじゃないぞ!男はハートだ!うすのろめ!」
竜の動きが止まった。どうやら言葉は通じている様だ。
「はっはっは!臆したか!情けない!今回は見逃してやるから、親蛇の所に帰って慰めてもらえ!」
言い終えた瞬間に、竜は今までにないスピードで良男に突進した。そして一本の線が出来た、そこには何も残っていない。
「…嘘。良男さん?」
愛華が口を抑えて、呆然と呟く。
「あそこ!」
気付いたのは友気だ。友気が指差した方向には、竜の頭部があった。しかし、そこにある物は頭部だけでは無かった。
そこには、二本の角に、槍を交差させる形で引っ掛かっている、良男の姿があったのだ。
良男は、腰の鞘から短刀を引き抜き、竜の眉間に思いきり突き立てた。
「ガチン!」
しかし、まるで岩をシャベルで削っているかの様に、全く歯が立たない。
(クソ!どうする。)
良男は考えを巡らせたが、答えが見つからない。
自分の頭に何かいる事に気付いた竜は、見境なく暴れ始めた。地面で剣や刀を振り回している者達が、次々と吹き飛ばされる。このままでは、振り落とされるのも時間の問題であろう。
「良男さん!後ろ!何か光ってるわ!」
良男は後ろを振り返ると、一枚の鱗が黄色く光っている事に気付いた。しかし、愛華の言葉に反応したのは良男だけでは無かった。
「グガァー!!」
竜は叫び声を上げて、より一層強く暴れ始める。
(弱点か!クソ!掴まっているのが精一杯だ。)
良男は、今にも振り落とされそうだった。
その時、一人の少年が竜の前に立ちはだかった。愛華は自分の隣を見て驚愕する。いつの間にか友気がいなくなっていたのだ。
「友気!早く戻っ「やい!身体の大きなミミズさん!君を餌にしたら、どんなに大きな魚が釣れるのかな!きっと、君みたいに身体だけ大きくて不味い魚だろうね!それと、そのウネウネした醜いお腹!なんとかしなよ!他のミミズに相手にされないよ!」
竜の動きが一瞬止まった。しかし、その一瞬は、竜にとっては致命的な一瞬だった。
良男は槍を手放すと、滑る様に竜の背中を降り、途中に有る一点、近くで見ると眩しい程に光り輝くその一点に短刀を突き刺し、そのまま地面に落下した。
「ギャー!!」
竜の強大な叫び声が辺りに響き渡る。
友気はそれを聞くと、涙を流しながら座り込んでしまった。