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始まり〜一階(不気味な魔女)

始まり


広大な敷地に膨大な量の人間がいる。

その者達は、全員が甲冑等の鎧を着込んでおり、様々な武器を持っていた。

その中に一人、一際小さな男がいる。この男がこの物語の主人公である。名前は友気(ともき)。始めて着る甲冑の重さに、兜の隙間から僅かに見える表情だけで、不安に溢れている事が分かる。


「皆の者!出陣だ!これから、塔の最上階に幽閉されている、姫を救出に向かう!」


何処からか聞こえた声に反応し、全員が雄叫びをあげた。膨大な量の人間から発せられたそれは、気の小さい友気の身体を震え上がらせた。その声量は、全員の決意の強さを表している。

…目的は一つ、姫を救出する事。


「ゴトン!!ガガガッ!」


群集の前方にある、建物の扉が開かれた音だ。東京ドーム程の大きさを持った箱が、縦に7つ連なっている塔。その一階部分の扉が開いたのだ。


「突撃ー!!」


誰かが声を上げると同時に、一斉に人が塔に吸い込まれて行く。友気も流れに沿って前進しようとしたのだが、あまりの甲冑の重さに、気持ちだけが前に出ている状態だった。


「駄目だ。話になんないよ。」


友気は一人でそう呟くと、急いで甲冑を脱ぎ始めた。友気にとっては大き過ぎた兜を脱ぐと、そこには、幼い純粋な目をした少年がいた。その間にも、周りの人間は、甲冑の重さを気にもとめずに、塔の中へ突撃して行く。


友気が甲冑を脱ぎ終えた頃には、既に辺りは静まり返っていた。


(…完全に出遅れちゃったなー。)


「あのー。行かないんですか?」


友気は背後から急に声を掛けられ、驚き、軽く飛び跳ねると、声の主を確認して安堵した。

そこには、友気より少し背の高い、可愛らしい女の子がいた。


「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんだけど。私、愛華(あいか)。よろしくね。」


「僕は友気。君も甲冑を脱いだんだね。お互い頑張ろう。」


笑顔の少女に対し、友気は顔を真っ赤にして、照れながらも、何とか挨拶を返した。友気は、今までに異性と話した経験が無かった。つまり、異性に免疫が無いのは仕方の無い事である。


「あんな重いの着てたら動けないよ。でも、そのせいで大分遅れちゃったね。私達も急ぎましょ。」


愛華は話し相手が出来た事が嬉しかったのか、笑顔を崩さずに言った。それに対して友気は、慣れない、引きつった笑顔を見せている。


二人は短剣のみを片手に持ち、誰もいない敷地を、ゆっくりと塔に向かって歩き始めた。


一階(不気味な魔女)


塔の中に入ると、そこは吹き抜けの広場になっていて、中心に鉄パイプで組まれた、5メートル程の高さの高台があった。高台の頂上には、一畳程度の板が敷いて有り、その上には、黒いフードを被った人物が一人いる。いや、人間なのかどうかは、友気達の位置からでは判断出来ない。つまり、人型の何かがそこにはいた。

先に入った者達は、その者を無視し、辺りの探索を初めている。…何処にも、上の階に続く階段が見当たらないのだ。


「ひっひっひ。命がたくさん。ひっひっ。美味しそう。」


高台の上から、老婆らしき者のか細い声が、直接全員の頭に響いた。

友気と愛華は、不思議そうに顔を見合わせる。


「食べていいって。不適合者は食べていいって。」


また聞こえる。友気は声の不気味さに恐れて、涙ぐみ始めた。


「落ち着いて。大丈夫だよ。沢山人もいるしね。」


愛華が声を掛けると、友気はなんとか涙を堪えた。


すると突然、地面から大量の石が盛り上がって来た。それは瞬く間に段差を形成し、遂には高台の頂上へと続く階段になった。


「一人ずつじゃ。上がっておいで。ルールは大切じゃよ。守れない者は、儂の腹の中。ひっひ。」


友気は一人と言う言葉に反応し、また涙目になる。そんな友気を、愛華は心配そうに見つめていた。


「うるせえ!行くぞおまえら!」


黄金の甲冑を着た男が、仲間らしき者達に声を掛け、一斉に階段を登り始めた。そして、最後の者が階段に足を掛けた瞬間、その者達は跡形も無く消え去った。それは一瞬の出来事だった。


「美味しい。最高じゃ。きゃひっキャハッ。」


老婆の声により、一瞬にして辺りに静けさが訪れた。男達は何処に行ったのだろう。まさか、本当に老婆の腹の中なのだろうか。

その静けさを断ち切ったのは、黒い甲冑を着た大きな男だった。


「分かった。俺が行く。誰も階段に足を掛けるなよ。」


男の背中に、全員の熱い視線が集まる。男は堂々とした立ち振る舞いで、ゆっくりと階段を登って行く。男が老婆のいる板に辿り着くと、急に辺りが暗闇に包まれた。それは、自分の足も見えない程の暗闇だった。しかし、想像とは裏腹に、その暗闇は一瞬で終わった。


「次…おいで。」


先程の男がどうなったのかは誰にも分からない。しかし、老婆の声の落胆ぶりから察して、男は老婆の言う、不適合者では無かったのだろう。


「不適合者って、何に対してのだろうね?」


愛華の純粋な問い掛けは、友気の耳には届かない。友気は、完全に老婆に恐怖していた。


「しっかりしなよ。一人で行かなくちゃいけないんだよ。…もう。」


「う、うん。大丈夫。」


そう応えた瞬間に、また暗闇。二人目が登ったのだ。


何度、暗闇が訪れただろうか。一人登る度に、老婆の歓喜の声や、落胆の声が頭に直接響き渡る。最初の男が登ってから、数時間が経過した今、残された人間は数人しかいない。


「次、友気が行きなよ。一人でここに残すのは心配だから、私は友気の後にするよ。」


「うん。わ、わかった。ありがとう。」


愛華の気遣いが解ったのか、友気は腹を決めた様子だ。

しかし、その時が来ても、友気が動く事は無かった。友気は登って行く者の背中を、呆然と眺めて立ち尽くしている。


「いい加減にしなよ!私達、もう引き返せないんだよ!次行かなかったらもう知らないからね!」


愛華は[男の癖に情けない]、といった表情をしている。しかしそれでも、この少女は友気を見捨てたりはしないだろう。彼女は、困っている人を放ってはおけないタイプの人間なのだ。

しかし、友気はその事には気付かない。


「…わかったよ。行くよ。」


友気は決心した。しかし、その顔は真っ青だ。まるで、これから自殺をしに出かける男の様な顔をしている。


「ひっひっひ。次。」


老婆の声が聞こえると、友気は恐怖を打ち払う様に、足早に階段を登った。


目の前には、黒いフードを被った老婆。友気は、胸が破裂しそうな程の、心臓の高鳴りを感じた。そして、暗闇が訪れる。


「ひっひ。坊や。質問じゃ。」


老婆は、とても嬉しそうな口調で話し始めた。フードで顔は見えない。


「坊やが思う、理想の世界とはどんな世界じゃ?」


突拍子の無い質問に、友気は困惑する。


そして暫く考えると、


「…怖くない世界がいいです。」


と答えた。


すると老婆はつまらなそうに


「ふん、行きな。」


とだけ応えた。



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