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碧い炎  作者: 蒼際
9/12

8話 2箇所の病院

 新都駅のホームに人が集まっている。

 どうやら、電車がブレーキを掛ける前に、線路に人が落ちて、死んだらしい。

 男性の名前は偉人芳人っていう一風変わった名前である。

 その人の集まった場所から程近い売店の前に、携帯電話で会話している地味な男性の姿がある。

「勧誘する前に見切りをつけて、魔眼が使われる前に始末した」

『はぁ?何で勧誘せずに殺したの!?』

 大きな呆れた女性の声が、電話越しで聞こえてくる。

 地味な男性――榎木は平然を装って、

「完全に殺戮の方向に眼が逝っちまってた。それにな、あいつの魔眼は『空間を斬る』からな。肉眼では確認出来ない空間の刃なんて使われてみろ?少なくても、数十人以上の死傷者は確実に出る」

『それで、殺したと?』

「ああ、それに」

『それに?』

 榎木はすこし息を吸い込んだ。

「血族が動いている節があった。それにな、妙だと思わないか?」

『何が?』

「あいつの魔眼は片手に力を込めるだけで発動する。過去をすこし調べてみたが、魔眼の片鱗を感じさせる出来事がここ最近まで存在していない。魔眼を意識的に発現させた実例はないから、意図的に魔眼を引き起こせる奴が居るとすれば、『使用人』くらいしか存在しない」

 マシンガンのように話していく榎木。『使用人』とは血族の神殿『聖殿』を作り出した張本人である。

『そうね……とりあえず、日本全体に結界でも張って、身動き取れないようにしとく?』

「いや、国一つを結界で覆うのは無駄だ。張るのはこの地域だけ……使用人が居るとすれば」

『しばらくは活動停止だ、ね。止まっていてくれた方が探しやすいか』

「そういう事だな」

 榎木はそう言うと携帯を閉じて、ポケットの中に突っ込んだ。そして、売店のおばさんに一言だけ言った。

「プロイセンの煙草一つ」

 プロイセン社の一番新しい煙草を購入した。価格は260円である。



 伏見市には病院が2箇所ある。

 一つは近所だが、あまり行かない『公苑会』、もう一つは3年前くらい前から私を診ている担当医、主治医の居る『春原病院』の2箇所。私はほとんど、春原病院に月数回は通院している。

 ――実は、春原病院に通院している事は、家族しか知らない事であり、勇は知らない。

 春原病院の入り口には、病院をすこしばかり見上げている咲の姿がある。すこし大きめの白いシャツに群青色のジーンズを着用していて、なぜか碧眼を隠すように光沢のある黒のサングラスを掛けている。

 サングラスを掛ける理由は一つだけであった。

 近所の人に見られたくはなかった。

 学校の生徒や先生に知られたくなかった。

 ……面倒な事になりそうだから。

 空は半分程度雲で覆われ、半分は蒼空。中途半端な空模様である。

 病院の構造は3階建て、2階、3階には6人部屋が二つ、個人病室が二つの2,3階の全部で八つの病室がある。

 1階は受付、内科、外科それぞれの診察室があり、私が診察を受けるのは内科だ。

 自動ドアから病室内に入るとすぐに、

「あ、咲ちゃん!」

 年上の女性の細く高い声で、声を掛けた女性はナースではなく、外科専門の医者である。

 タイトスカートスーツの上から白衣を羽織り、首には聴診器を提げている、妙齢の女性だ。

「楓さん……」

「ちょい待ち」

 楓は咲の額に右手の人差し指で軽く小突いた。

「楓さんじゃなくて、『楓ちゃんか楓姉さん』と呼びなさいと言ってるでしょ?言う事訊かないと――メスで切るなんて冗談言うよ?」

「す、すみません……楓姉さん」

「素直でよろしい♪陣内先生ならそろそろ診察が終わると思うから、内科の診察室に入って待ってたらいいよ。それじゃね」

 手を振りながら、楓は行ってしまった。何だか上機嫌だったので、

(競馬で勝ったんだ)

 と内心で思いながら、楓の後ろ姿を見送った。

 見送った後はすぐに内科の診察室に向かって歩く。

 歩くとしても、直線で7メートル程度だが、患者の何人かに声を掛けられる。

 内科の診察室のドアを数回ノックした後、間をすこしだけ置いてドアを開ける。

 視界に入るのはまず、白いカーテンと黒のソファー。すこし奥に歩いていけば、目の細い温和な感じの男性の背中が見える。

 そして、その男性は振り返った。

「2週間振りだね〜」

 診察室には他の患者の姿がなく、男性はどうやら、カルテなどに目を通していたみたいだ。

 咲はすこし、周りをキョロキョロと見回して、

「陣内先生……内装変えた?」

 とりあえず、訊いた。

 陣内は、ああ、と唸って、

「よく気付いたね。デスクは窓際に置いた方が明るくて良いから、それに、『指摘』されたからね」

「……でも、明るくなり過ぎてる」

 木材だけで組み上げられたデスクは太陽の光を余計な程反射させていた。

 咲はそう言うと、陣内の前の回転式の椅子に座る。

「いや、明るいに越したことはない。聴診器当てるから、後ろ向いて」

 陣内がそう言うと、咲は椅子を反転、背中を向けて、服を胸部まで捲り上げる。

 下着の紐の色で、何色かすぐにわかる。聴診器を当てて心音をすこし聴くと、左手を当てて、右手で軽く何度か叩く。

「ん?今日はどうしたのかな?顔が赤くなっているが」

 陣内は私の顔の色を指摘した。咲は指摘されて、初めて自分の顔がすこし赤くなっている事に気付くと、すぐに捲くっていた服を膝まで伸ばした。

「何でも、ない……です」

 恥じらいながら、咲は片言で言った。

 陣内は咲の様子をすこし観察した後、妙な勘が働いた。

「学校で好きな子でも出来たのかな?」

 確信はなかったが、さらに顔が真っ赤になった咲の様子で、確信した。

 陣内は含み笑いを浮かべながら、

「咲はわかりやすいね〜まあ、それをまた今度聞くとして……一日に平均で何回吐血している?」

 最初は笑っていたが、吐血した回数を言う時の陣内は真顔だった。

 咲はすこし言葉を濁して、

「……2回から3回」

「ふむ、輸血した回数は?」

「一回だけ……量は標準よりすこし少な目」

 素直にここ2週間以内の事を話す。陣内はすこし眉を顰めながら、

「すこし、血を吐き出しすぎているね……これも、その眼の性かな?」

 陣内は真剣な顔で、短く訊いた。

 多分、眼の性だろう、と自分でも思う。

 咲は正直に答えた。

「多分、眼の性だと思う……最近は酷くて、学校の教室に居るだけで、誰かが転ぶ映像、ノートを落とす映像が視えてくる。距離を置いても、すこししか変わらない……」

 その顔は落ち込んでいるようにも見える。実際は落ち込んでなどいないのだが、顔が自然とそうなる。

 その話を訊いた陣内は短く、

「眼だけが原因なら、吐血は治療出来るかもしれない」

 そんな前置きを言うと、続けて本題に入る。

「視覚神経は断裂させる……何も見えなくなれば、未来なんて視えないはずだか――」

「――そんなの、嫌だ!!」

 大きな線の細い声が、診察室内に響き渡った。綺麗な碧眼は睨むように細めていて、すぐに泣き出しそうな顔になる。

「本気で言ってる訳ではないよ。咲に頼まれてもやるつもりもないから……とりあえず精神安定剤と鉄分補充錠剤と即効性のある睡眠薬を処方しておくから」

 空気が悪くなったと感じた陣内は処方する薬の種類を言って、話を打ち切った。

 真っ白だったカルテに診察結果が記入されていく。咲は下を俯きながら、内科の診察室から出て行った。

 出て行く際には一回だけ頭を下げて一礼した。顔は下を俯いていたため、表情は見えない。

 受付で処方された薬を受け取る。薬代、診察代の合計金額4600円という適当な金額を、顔を俯かせたまま支払った。

 薬の入った白い袋を片手にぶら提げながら、病院から家に向けて歩いていく。

 サングラスは……どこかに落としたらしい。

 帰り道、不意に疑問を思ってしまう。何で、あの時大きな声を出したんだろう?

 視力を失う事は嫌だが、視える未来の映像は失くしたい。

 今はそう思うのだが、言われた時は違った事を思ってた。

 5年前のあの日、私は『死』が嫌いになった。何もない空間が嫌だった。

 視覚神経を切断する事で、視力は失われる。魔眼も消失する。

 けれど、代償として闇を彷徨う事になる。誰も視界から居なくなる。

 私は、それだけがどうしても嫌だった。

 咲は空を見上げた。碧眼は太陽の光を受けて、輝いているように見えた。

 そして、片耳に突き通していた、短剣を象ったピアスに軽く片手を添えた。『反故』と呼ばれる神具のようなピアスの有する能力は『内臓された一本の日本刀を自在に具現させられる』魔法染みた代物だ。

 使う機会は……きっと、ないだろう。

 

 辞書などに明記されている碧眼の意味は『外国人のような瞳。青い瞳』一言で言えば異人の瞳……別の人種の瞳だ……。

 

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