7話 冬の猫
私は4年前の冬の月に、魔眼が発現した。
あの日はとても寒い雪の日で、私は一人で近所の歩道をただ歩いていた。近所の同じくらいの歳の子が友達と仲良く歩いている。
羨ましかった。あんな風に笑って歩きたかったけれど、今の私は笑えない。
白い大きめのサイズのコートを着た咲は、誰も居ない公園に入る。ベンチに積もった真っ白な雪を、手袋をした片手で払い落として、腰を下ろす。
見上げれば、真っ白な雲から真っ白な粉雪が降ってくる。
しばらく、そのまま見上げていると、足元から猫の鳴き声が聞こえた。足元に視線を逸らせば、真っ白な毛の猫が居た。
人に馴れている感じで、ニャーニャーと可愛らしい鳴き声を発している。私はベンチに座ったまま、その猫を抱き上げて、膝の上に置いた。
何度か、猫の頭を軽く撫でた。猫は撫でる度に、つぶらな瞳を閉じて、その顔は喜んでいるようにも見える。
咲はすこしだけ、碧眼の瞳を細めながら、口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
その時、咲は慌てたように両手を合わせて、口を塞いだ。手袋から、赤い血が、一滴、二滴と白いコートに落ちた。
吐血だった。1年前から、毎日数回はこうやって、血を吐き出す。
もちろん、病院で検査も受けた。メスで体も切られた。けれど、原因は不明だった。
医者は私に一言だけ『命には別状はないと思われます』断言してるようで、曖昧な言葉。でも、私はそれで納得した。
ニャ〜、心配でもしてるような猫の鳴き声。咲は猫を碧眼の綺麗な瞳で見ると、片手の手袋だけ外して、猫の頭を撫でた。
「心配してくれた?」
そう線の細い声で、猫に訊いた。猫は膝の上でゴロゴロと小さく温かい体を遊ばせている。
答えてはくれないのは当たり前である。なぜなら、猫はそんな生き物だから。
足元に捨てられた手袋には、赤い血がベットリと付着していて、片手にしている手袋からは赤い血がまだ地面に垂れ落ちている。
息をすこし長く吐いてみると、白い息が見えた。すこしずつ、瞼が重たくなる。
寒いけど、あまり寒くない矛盾した感覚だった。空をすこし見上げたまま、ゆっくりと碧眼の瞳を閉じた。
口元からは、すこしだけ赤い血が漏れて、首筋を伝わり落ちる。
知らない人が、こんなところを見れば、きっと救急車を呼ぶだろう。重症ではないけれど、重症に見えてしまう。その性か、人前では眠れない。
寝ている時に、血を口から流していれば、一大事と勘違いされるからだ。
私は雪の積もり始めたベンチに上半身を倒した。空を見上げるように倒したため、後頭部付近が冷たかった。
ペロッ、と猫は私の頬を舐めて、血が漏れている口元も何度か舐める。放置したままだったから、猫に拭かれてしまった。
ここで、もう片方の手袋を外して、地面に落とす。素手になった両手で、猫を抱えて、空に向かって掲げた。
(本当に、良い顔してる……)
笑顔に見える猫の表情は何となく良かった。そして、猫から手を放して、眠る。
猫は私の胸の上で一度弾んで、上手に地面に着地して、ベンチから遠ざかっていく。
完全に猫が見えなくなった途端に、変な映像が頭の中を横切った。私は閉じていた碧眼を開いて、ガバッと上半身を起こした。
車道の方から大きく響いたブレーキ音……何で車がブレーキを踏んだのかは知っている。
視えたから……あの猫は車に轢かれた映像が、視えたんだ。
すこし先の未来が視えた……でも、すこしにも程がある。こんなにすぐ起こる未来なんか視えても、意味がない。ただの見殺しだ。
罪悪感だけが残った。そして、涙が止め処なく零れてくる。
――『私が、あの猫を殺した』――そう思うと、涙が止まらなかった。