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碧い炎  作者: 蒼際
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4話 絵画の鑑賞

 日曜日の朝、スズメの鳴き声が窓の外から室内に流れてくる。

 赤く黒ずんだ畳の一畳横で、布団も敷かないで横になっている大きいサイズの飾り気のない白い生地のシャツを着た咲が寝ている。

 下半身は下着だけしか着ていなく、ブカブカのシャツの縁からはあまり焼けていない白い緩やかな脚線は何だか色っぽい。

 すこしすると、碧眼をゆっくりと開いて、むくり、と上半身を起こす。

 片目を軽く片手の手の甲で擦りながら、最近の出来事をぼんやりと思い出す。記憶を数日前まで巻き戻すと、今日の活動内容が決まる。

 勇と朝倉達と一緒に美術館に行く。そんな約束を数日前にした。

 ボー、と窓の外を眺めた後、両手を畳の上に置いて、体を押し上げるように立ち上がる。

 立ち上がるとすぐに寝巻きのブカブカの白いシャツのボタンを外して、バサッと足元の畳の上に落とす。

 シャツを脱いだら、黒の大人っぽい下着が現れる。そして、鏡の傍に置かれている存在感の少ない箪笥の中から、畳まれた涼しそうでキリッとした定番のような白いシャツを一着取り出して袖を通して着ると、カジュアルなジャケットをシャツの上から羽織る。

 下はジーンズにしようかと、すこし悩んだが、スカートに決めた。

 理由はジーンズは4段式の箪笥の一番下で、スカートは上から3段目。しゃがむのが嫌だっただけなのだ。

 多数のスカートの中から、無造作に片手を突っ込んで、一つ取り出す。

 楊柳素材のブラウンロングスカートだった。咲は何でもよかったのか、すぐにスカートを履いて、黒い靴下を履いた。

 これで、仕度は終了。

 ベルトデザインの二つ折り財布をどこからか出すと、ジャケットと下のシャツの胸ポケットに入れて、部屋を出て、廊下に出る。

 シーンと物音一つない廊下……どうやら、誰も居ないらしい。

 咲は真っ直ぐ玄関に歩くと、黒のスポーツシューズを履いて家から出る。

 今日の空は、何だか曇り。薄い灰色の雲をすこし見上げた後、

(雨は――降らないかな)

 軽く天気を予想。雨は降らないただの曇り、そんな咲の予想は70パーセントの確立で的中する。この70パーセントの確立は、過去の記憶から算出された数字である。

 待ち合わせは、駅前の噴水の前。

 咲は淡々とした足取りで、歩いていく。



 新都のオフィスビルの密集地。

 透明なガラス製自動ドアの横には『株式会社リーベル』と書かれた黒い大理石がコンクリートの壁に張付けてある。

 自動ドアを抜けると開放的なロビーに出た。社員達が忙しそうに出入りする中、隅っこの方で渋いおじさんと若いスーツ姿の男性が話している。

「突然ですみませんね。私の名前は萩原と言います。元彼女だった女性が残念な事になりましたね」

 渋い見た目に似合った渋い声。

「ああ、残念ですよ。それで、あいつを殺した犯人は見つかったんですか?」

 男性はわざとらしい口振りで、萩原と名乗った渋いおじさんに訊いた。

 萩原はすこし目を細めながら、首を左右に振って答える。

 ここで、男性は腕につけているブランド物の腕時計を見て、

「そろそろ、会議の時間なので、今日は失礼」

 男性はそう言うと微かに口元を歪めて、先にあるエレベーターに歩いていく。

 微かに口元を歪めたのをしっかり見ていた萩原は、すこし笑みを浮かべて、

「気持ちが表に出やすいな」

 と渋い声をすこし鋭くさせて言う。

 犯人は恐らく、あの男性。だが、証拠がない。

 いや、証拠は確かにないが、斬首した方法がまだ、わかっていない。

 鑑識の調べでは、こんな風に切断出来るのは鋭利なダイヤモンドカッターか、ウォーターカッター……工業用の大きな機械で殺したとしか思えない、との事だ。

 そんなモノを、一個人の人間が所有出来る訳もなく、持てるはずがない。

 そこをクリアしなければ、あの男性は逮捕出来ない。

 エレベーター内に消えていく男性の姿を、萩原はただ見送っていた。



 駅前の噴水前はどこかに出かけるのであろう家族、若い女性に若い男性、中年のおじさんからホームレスといったバリエーション豊かな人々が行き交っている。

 その中に、同じ学校の男子生徒と話している私服姿の勇の姿がある。

 普通の高校生の私服といった感じの涼しげな服装の勇と話しているのは、同じクラスの男子生徒の朝倉、小池、遠藤である。

 朝倉は明るい元気な少年で、小池は体育会系で、遠藤は適度に喋るちょっとしたイケメンだ。

 それからしばらくして、私服の咲が登場する。

 勇以外の男子生徒は滅多に見た事のない咲の私服姿。朝倉はすこし眉間に皺を寄せて、

(制服も良いが、私服もまた……)

 内心で思った。

 すこし、沈黙の後に勇が口を開く。

「じゃあ、全員来た事だから行こう」

 一時的に仕切る勇の言葉に、朝倉、小池、遠藤は賛同して、美術館に向かって歩き進んでいく。

 美術館に向かっている途中、咲はずっとそっぽ向いたように空を見上げながら歩いている。

 その前方では、男子達<<勇も含む>>が何やら話している。

「俺さ、てっきりシャツとジーンズで来ると思っていたんだけど」

 朝倉は言う。

「俺も、何だかオシャレな感じで驚いた」

 小池は言う。

「そうだな」

 遠藤は言う。

 各自、似たような事を言う。もちろん、この会話は後ろを歩いている咲に聞こえていない事はいうまでもない。

 勇はその会話に対して、すこし苦しい笑みを薄っすらと浮かべて、ただ聞いている。

「伏見ってさ、クラスでは果歩と勇としか話さないだろ?もしかして、人付き合いが苦手?」

 朝倉は両手を頭の後ろで組みながら、勇に訊いた。

 勇はすこし言葉を詰まらせて、

「さあ、近くの病院とかに入院している患者と話してるとこ見かけるし……ただ、単に面倒なだけかもね」

 質問の答え、結論を言った。

 その後ろでは、空を見上げたまま横目で朝倉達を見ていた咲は、

(何を話してるんだろ?)

 内心でそんな疑問を思った直後、

(まあ、どうでもいいけど)

 結論に達して、横目の綺麗な碧眼を空に向ける。

 本当はすこし気になるが、今の歩く速度を変えたくはなかった。

 平凡でどうでもいい理由……そう、私の思考は本当にどうでもいい事しか考えられない。そんな人格に育ったから。

 勇は空を見上げている咲を一度横目で見ると、朝倉が咲に聞こえないくらいの声で、

「実はさ、俺は女子生徒全員をランクをつけてんだー♪」

 陽気で上機嫌な様子で、ジーンズのポケットの中からAUで最新機種の携帯電話を取り出して、画像をすべて呼び出す。

 そして、携帯の液晶画面に『伏見咲:外見AA+:性格A』と表示された文字の上には生徒手帳の更新のために撮った咲のすこし笑った画像がある。

 滅多に見ない咲の笑った顔なので、保護設定になっている。保護設定をすれば、消去する際にパスワードを入力しないと消去出来ないので、間違って消去する事は、相当寝ぼけてない限り、まずない。

 静かな歓声が聞こえた、と後ろを歩いている咲は思う。

 この画像に、小池と遠藤は同じ事を言う。

「それって、盗撮じゃないか?」

「当たり前だろ?女子全員で何百人居ると思ってる?許可なんてとって撮影してたら数ヶ月はかかるって」

 自慢気に話す朝倉。その会話に勇は割り込んだ。

「朝倉、いつか痛い目を見るよ」

 軽い警告の言葉だった。朝倉は、気をつけるさ、と言って、携帯をポケットの中に戻す。



 秩父山中には雨が降っている。山中の崖になっている場所に、大きめの禅寺が建てられている。

 この禅寺の名称は『虚空』と言い、周りに植えられている神木には結界に似た偽装障壁が張られている。

 その一つの神木の前に佇む、灰色のシャツに黒いズボン姿の30歳前後の地味な男性。

 あまり飾らない黒い短髪は雨で濡れていて、前髪の一部から雫となって、雨水が地面に落ちる。

 寺の方から、若い女性の声が聞こえる。

「榎木ー!」

 最初は優しい感じだったが、次第に、

「おらっ!!榎木出て来い!!!」

 闇金融の取立てに来た怖いお兄ちゃんみたいな感じに変貌する。男性はため息をつくと、すこし大きな声で、

「聞こえてる!さっさと用件を言えよ!!」

「伏見市の新都で変死体が発見報告!血族の可能性は皆無!聞いたら伏見市に直行、犯人発見した対処法は『可能な限り勧誘。殺意思考が強かったら、その場で殺せ』よ!!」

 女性の声は停止する。雨で地面の土はぬかるんでいて、足場はよく滑る。

 男性の名前は榎木。血族を殺すための組織『法縁』に所属する人間で、デスサイズ『処刑人』の砲術を得意とする人。



「この絵は何を表現しているんだ?」

 美術館内の入り口付近の飾られた平面の開いた箱の絵の前で、朝倉は誰に訊いている訳でもない質問を言う。

 朝倉の質問に、遠藤が静かに答えた。

「閉ざした心を開いた時の状態を箱として表現している」

 冷静過ぎる眼差しは真剣で、この絵に深い理解を覚えてる様子だ。

 一同は、声を揃えて

「あ、そうですか」

 普通じゃねぇ、遠藤って時々わからなくなる、なぜわかる?、慣性が豊かね、と各自内心で遠藤を意識する。

 ……私の遠藤に対する認識が『珍しい人』に変換された。

 続いての絵画は、これもまた訳のわからない奇妙珍妙な絵だった。

 色んな色が球体のように混ざり合い、真ん中には亀裂が入っている。作者は『ボヘミア・ウサンクサイ画伯』で、名前から胡散臭いと言っている。

 この絵に対して、遠藤の反応はこれもまた冷静で、

「人の記憶の混ざり合った球体に表現して、亀裂は消失する事を表現している」

 遠藤以外理解出来ないであろう、評価は賞賛に値している。

 続いて、有名なモナリザの絵画。遠藤はすこし眉を顰めて一言。

「駄作」

 多くの芸術家、評論家が賞賛している有名極まりない絵画を、問題外と言わんばかりに一蹴する。

 これには、咲は妙に納得して、朝倉・小池・勇は内心で揃えるように、

(お前の基準はよくわからん)

 合唱するように思った。

 そこからは、自由行動と称した『好きな場所を勝手に回ってろ』タイムがスタートする。

 朝倉、小池は遠藤の反応が面白いのか、変な意味不明な絵画を見回り、咲と勇は絵画以外の芸術品を見回る。

 

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