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碧い炎  作者: 蒼際
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2話 開幕式

 咲は顔を真っ赤にさせながら全速力で、家の近くの公園に逃げ込むように公園内に走っていき、緑色のベンチに腰掛ける。

 走りすぎて酸欠を起こしているのか、息切れに動悸が激しく、体が熱く、締めているネクタイを片手ですこし緩めて、片手で宙を仰ぐ。

(何で、あんな事をしたんだろう……)

 突然の事だったとはいえ、勇を胸に押し付けた。しかも自分で。

 悔やんでも、悔やみきれない……これで、私は世間でいう淫乱女なんだー!地面を何度も踏みつけながら、被害妄想を肥大化させていく咲であった。

 

 

 浅見新都は昼間なのに、人通りが激しく、車道は渋滞だ。

 そんな新都も、路地裏は薄暗く、人は居ない無人の空間。そこに、誰かが言い争っている。

 一方はOLのような女性で、もう一方はスーツ姿の男性だ。どうやら、同じ職場で働いている者同士らしい。

「いい加減にしてよ!もう貴方とは終わったの!」

 口を尖らせる女性、

「どうしてだ!理由を教えてくれ!?」

 必死な様子の男性。どうやら、恋人の別れ話をしているらしい。

「あのね!これ以上付きまとったらストーカーとして警察に通報するわよ!?話はこれで終わりだから、さよなら」

 女性は憮然とした態度でそう言うと踵を返して歩き出す。その女性の言葉で、男性の中の理性が崩れた。

(ふざけるなよ……これでは俺は完全な負け組ではないか!)

 男性は女性の後姿を睨みながら、

(俺は勝ち組なんだよ!俺がふられるなんて事は)

 女性の後姿に向けて、片手を翳す。

(お前はここで死ぬべきだ!そうすれば、俺は勝ち組で、お前は負け組だ!!)

 翳した片手を横に薙いだ。その次の瞬間、女性の細い首が宙を舞い、グチャッ!、と地面に落下すると同時に首を失った体は地面に崩れ落ちる。

 切断された体の傷口からは噴水のように血飛沫が周りを濡らして、あっという間に路地裏の地面は地溜まりになる。

 男性の片目だけは薄暗い路地裏にボンヤリと光っていて、顔は大きく歪んでいる。

「はははっ!これが俺の誰にもない能力だ!!お前とは出来が違うんだよ?このメス豚が!!」

 斬首された女性に怨嗟を吐き捨てながら、愉快そうに大きな声で笑う。

 地面に落ちている女性の首の表情には、恐怖が微塵もなく、苦痛の色すらなかった。



 伏見の表札……この周りの家よりすこしばかり和風で大きい建物が、私の家だ。

 魔除けであろう狛犬が左右の門の上に置かれていて、逆に魔を呼び込みそうな感じで、無駄に庭内に池がある。

 昔ながらのガラガラなる扉を開いて、脱いだ靴を玄関にキチンと並べる。最低限のマナーという事で、毎日やっている。

 玄関からフローリングの床を歩き進んでいくと、横から重たい何かが抱きついてきた。

 中学3年生になった、私の妹である香奈かなだ。

「重い……いい加減抱きつくのは……」

「だって〜!お姉ちゃんの体って温かくて気持ち良いんだもん♪」

 引き離そうとするが、中々離れずにしがみついている香奈……いつも大変だ。

(何で、こんな重度のシスコンになったんだろう……)

 咲は内心で、愚痴を言いながら、やっとの事で香奈を引き離す。

 力が強くなってきた性か、最近は抱きつかれた時の衝撃も増している。きっと、体重が増えたんだろう。

 香奈は廊下を歩いていく咲に短く、

「お姉ちゃん、口元から血が……」

「え、ああ――すこし輸血し過ぎたかな」

 香奈に指摘された咲は口からすこし漏れている赤い血液に気付くとすぐに利き腕の左腕で口を拭うと、苦笑い気味で言いながら自分の部屋に入っていく。

 部屋に入るとすぐに引き戸を閉めて、その場で喉まで逆流していた血を吐血する。

 足元の畳は深紅の血液が滲みこんでいて、一部が赤く変色している。吐血した血液の量は40mlミリリットル程度で、これくらいなら何の影響もない。

 ただ、余分な血を外に出しただけだろうと、咲はそう解釈すると袖に血の付着したブレザーを脱いで、ハンガーの掛かった壁に掛ける。

 締めていたネクタイは片手ですこし緩めて外して、部屋の片隅に置いてあるだけの学習用机の上に放り投げる。

 吐血した血は面倒だから拭かない。畳が勝手に吸い取ってくれるから拭く必要性がないからだ。

 咲は夕焼け色に染まっている空を窓越しから見上げながら、片耳に刺し通しているピアスを右手で触る。

 このピアスが普通のピアスじゃない事を知ったのは今から2年前の冬の事……『法縁』って日本の宗教団体の榎木えのきと名乗る30歳前後の地味な男性に街で声を掛けられて、勧誘を受けた。

 もちろん、最初は門前払いで勧誘を断ったが、榎木はある条件を提示してきた。

 『化け物退治に手伝ってくれるなら、ピアスと何ですぐに吐血する理由を教えてやる』と、すぐに吐血する理由などどうでもよかったが、ピアスの事だけは興味があって、勧誘を受けた。

 この世界には人間以外の知られていない人種が存在するらしく、『血族』と呼ばれる吸血鬼は12の一族に分類されているらしく、十二支に別けて呼んでいるらしい、と榎木は説明してくれた。

 そして、人間の中に変な特異能力を発現した人間の事も。

 法縁の仕事はそう言った化け物を仕留めて隠蔽する事らしく、どうやら私も化け物指定にされているから、私は説明を受けたその日から、法縁、榎木と接触していない。


 咲は左手に力を込めて、

「――無明」

 短く発言した。一瞬だけ左手から電撃のようなモノが発光すると、鞘のない抜き身の刀が具現される。

 このピアスは『反故』と呼ばれる神具で、どうやら、一本の刀を保管、具現出来るらしい。左手に握る日本刀は結構凝った作りで、柄は滑らないように黒い絹の糸と金の絹の糸が何重にも巻きつけられていて、鍔には桜の花びらが数枚彫りこまれている。

 咲の身長は156センチだから、刀身の方がすこし大きい。扱い方は自分で知ったが、気を抜くとすぐに具現した刀は紫色の粒子に変わって、消える。

 一日一回は、こうやって刀を具現させている。護身用にはなるので、いつでも出せるようにしとかないと護身には使えないから、訓練はしている。

 でも、私が得意なのは剣術ではなく、合気道だ。華奢な体なので見た目以上の力がない。そこで、相手を力を利用する護身用武術の合気道を昔から習っていて、今では師範にも勝てる。

 剣術はすこし噛んだ程度で、ほとんど太刀筋は自己流で、直訳すると、下手だ。

 外から、町内放送が薄っすらと聞こえてくる。

 ただ雲が夕焼け色の空を漂っていて、すこしずつ落ちている夕日を、窓越しで咲は碧い瞳をすこし細めながら、眺め続けた。


 

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