9話 水晶眼
血族の神殿<<聖殿>>は相変わらず古代ギリシャの神殿のような建物だ。
透明な床の上に、老人<<聖殿の使用人>>が口を開いた。
「何十年ぶりに帰って来られたかと思えば……冗談はやめてください」
その口振りには微かな怒りを感じる。
目の前に座っているギターを持った男性が、面倒そうに口を開いた。
「悪いが、冗談ではない。俺はここ数十年で100人以上の超能力者と呼ばれている人間と会ったが、ほとんどが拍子抜けのペテン師だった。透視するにしても、集中する時間が長すぎて、精度も全くないと言える。他にも、未来、過去、幽霊、魔術師にも会ったが、どれも似たようなモノだった。その中に碧眼の少女が居た。その少女は常時、未来と死を視る事が出来て、集中する事なく、精度も完璧だった。普通の人間なら、もう壊れているはずの精神には多少の後遺症のようなモノが残ってはいたが、心配性はほぼ皆無だった。俺はな、正直なところでは人間を全滅させたいほど憎んでいるし、殺意もある。けれど、俺はその碧眼の少女だけには『戦ってほしくない』と考えている。使用人はその少女で遊ぶつもりなんだろうが、そんな事をさせるつもりもないし、権利もない。少女の事は俺が監視する。これ以上は関わるな」
長々と説明を言う。
これには、使用人は舌打ちして、機嫌悪そうに眉を顰めた。
そして、
「……わかりました。血族の十二支の中で最強と呼ばれる辰。<<隻眼の竜眼>>に勝てる血族・人間は皆無ですからね」
そう言うと闇に姿を消した。
男性は持っていたギターを軽く弾いた。
決して上手くもない、けれど、下手でもないその音色は、何だか落ち着く。
男性は片目の視力がない。そのため、<<隻眼の竜眼>>の名前を受け持った。
黒い水晶のような瞳に映るギターの姿。
「未来を視れば辛くなる。死を視れば不幸になる。その両方を視れないようになるには……」
男性のそこから先の言葉は、聞き取れない。
ギターの弦が切れた。
音色は静かに消えていく……。