表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

(五)

エピローグ

「帰ったよー」

「おかえりー って、え? は? ……うん、おかえり。」

 相変わらず営業意欲が感じられない洋菓子店へ、私は一週間ぶりに顔を出した。店主は少し驚いて、それから大きく驚いて、ようやく落ち着いて言葉を返す。

「なんだ、帰って来たのか」

「兄さんに会いに行っただけだよ。そりゃ帰ってくるよ」

 心の底から不思議がる河野の様子こそ不思議である。首を傾げながら、私はカウンターの定位置に座った。

 週に一度の来店ペースはいつもと変わらないけれど、今回はその間ずっと、兄の元へ身を寄せていたことを河野も知っている。

「武田さんと一緒に向こうに行く! なんて切り出したから、ついに安藤にも春が来たとばかり」

「それはない。武田さん、故郷なしだもん」

「どういう意味だ?」

「一ヵ所に定住なんて出来ない人。逆に私はこの街から離れられない人。」

「遠距離だっていいじゃないか」

「どうして、無理やりそっちに持って行きたがるかな」

 そんな選択肢、私だって思いつかなかった。河野の想像力に驚きながらも、私の声音は自然と不機嫌な色になる。

「お前の口から男の名前が出るなんて珍しかったから、気に入ってんのかと思った」

「それはそれ、これはこれ、でしょ。確かにね、良い人だよ武田さん。次の約束しちゃった」

「次?」

「この街の資料、ここだけじゃ物足りないらしいよ。秋にでも連休とって、今度は東北に行くって言ってた。津軽・下北をレンタカー借りてグルリだって。詳しく解ったら教えてもらうの。河野も、街の歴史に興味持ってたでしょ」

「……安藤、お前、そういうことこそ、自分の足を使えって」

「同類に言われたくないわよ内弁慶」

「誰が同類」

 そこまで言って、互いに顔を見合せて笑った。この話題は、ここまでにしておこう。

「パティシエさん、今日のオススメはなんですか?」

「ん、季節のフルーツを包んだクレープ。抜群に合う紅茶を淹れてあげよう。待ってなさい」

「はーい」

 私は椅子の下で足をバタつかせながら、良い子の返事をする。

 帰って来たんだな。

 都会の空気もたまにはいいけれど、私にはやっぱり、潮風が良い。

 洒落たカフェもいいけれど、流行りのスイーツも悪くないけれど、勤め先で飲む珈琲が好き。河野の作る洋菓子が好き。この街で過ごす飾り気のない休日が好き。

「故郷を離れるのは、故郷に帰ってくるためなのかもね」

 シュンシュンと音を立てるケトルを眺めながら、私は誰に言うでなく呟いた。

 耳には、向こうで会った兄の声が残っている。

『迎えに来てくれてありがとう』

 少し困った風に、それでもちっとも厭そうではなかった。武田さん曰く、照れていたのだそうだ。遠くの親戚より近くの他人。武田さんの方が、よほど兄を理解しているようで、何だか悔しい。

 嫉妬はさておいて、そんな所が、私達は血の繋がった兄妹なのだと感じさせる。予想外の展開に弱く、それでも強がって平静を装うのだ。バレていないと思っているのは当人同士だけ、というのが実に性質が悪い。

 考えてみれば、兄が暮らすのは都会なのであって、田舎街暮らしの私が観光がてら遊びに行ったって不思議はない。けれど、私は八年間、拒み続けていた。

 両親の事故を引きずっていたこともある。

 兄が帰ってくるのが先。そんな意地も張っていた。きっと、兄も同様の思いを抱えていて、帰郷はできないけど遊びにおいで、の一言を切り出せなかったのだ。

 意地っ張りで不器用な、似たモノ兄妹。

 妹の私が先に気づいたのだから、来年こそは、帰ってきて欲しいな。盛大に出迎えてあげよう。

「どうぞ。渋みが少なめのスリランカティーでございます」

 花のような香りが目の前に差し出され、そんな思考を中断させる。

「ヌワラエリヤだね。 良い香り!」

 私の反応を見て満足そうに、河野は目を細めた。

「昨日、安藤のとこのオーナーさんが届けてくれた」

「本当? なんだ、そっちだって仲良しじゃない」

「馬鹿言え」

 美人さんのオーナーは、私の兄よりも年上である。そこらの男性より男前な性格だから、女々しいところのある河野にはお似合いだと思うんだけどな。

 茶化してそう話すとキツく睨まれて、それから黄金色のクレープをカウンターに乗せてくれた。

「美味しそう ……あ」

 はらり。フォークを片手に皿を見下ろしたところで、私の肩から猫の毛が舞い落ちて、クレープの上に着地した。

「お客さん、後乗せのクレームは困りますよ」

「しないよ。やだなぁ、来る時に散々、払ったのに」

 どれだけ気を配っても払いきれないしつこさは、私の故郷への執着に似ている。そう考えると、なんだか可笑しかった。

「可愛い猫が居る限り、やっぱり私はここから離れられないね」

「それは結構なことで。」

 気まぐれな猫のような河野は、肩をすくめて応じた。


 チカリ、波打ち際で輝く金貨。

 遠く離れた場所から視認しかできないそれの正体が何であるか、私は解ったような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ