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翌日、笹峰さんに再び採寸させてほしいと言われ、あたしはメジャーで細かくサイズのデータ収集をされていた。
そのあいだも、頭の中では昨日の美野ちゃんの件がずっと引っかかっていた。
あたしは意を決し、採寸してくれている笹峰さんに、なるべくなにげない様子を装いながら尋ねてみた。
「昨日さ、練習が終わったあとの美野ちゃんに、喫茶店で使う野菜とかを洗ってもらったりしてたのかな?」
その問いかけに、明るい声を返してくれる笹峰さん。
「そんなわけないじゃない。喫茶店の準備は、パフォーマンス部隊以外のみんなでやってるわ。それに食材は、当日まで持ち込まないはずよ」
「え? そうなの?」
あたしは腑に落ちない思いながらも、表情に出さないよう努める。
クラスメイトに余計な心配をかけるわけにもいかないだろうし。
採寸を終えたあたしは、いつもの休み時間と同じように、集まってお喋りに興じていた美野ちゃんや委員長たちのもとへ急いだ。
「あのさ、美野ちゃん。昨日、給食室にいたよね? なんか、野菜を洗ってるように見えたんだけど……。あれって、給食のおばさんに頼まれたりとかしたの?」
気になって仕方がなかったあたしは、美野ちゃんのそばに駆け寄るなり、率直に問いかけてみた。
「え? あ……うん、そう……ね。そんな感じ」
美野ちゃんは一瞬驚いたような表情を浮かべながらも、答えを返してくれた。
とはいえ、とても歯切れの悪いその答えに、あたしの釈然としない思いは募っていくばかりだった。
いったい美野ちゃんは、どうしちゃったのだろう?
「給食のおばさんといえば……」
そんなあたしの苦悩を知ってか知らずか、小明麻さんが話の矛先を変えていく。
「この学校の給食室に現れた口裂け女のお話はご存知ですか?」
「え? なにそれ」
委員長が興味を引かれたようで、話の先を促す。
妖怪部に入ってしまったからなのか、妖怪や物の怪に関する話は、どうしても気になってしまうのだろう。
「給食のおばさんって、マスクをしていますでしょう? あれって実は、衛生面だけの理由ではなかったのです……」
小明麻さんは急に声のトーンを落とし、おどろおどろしい雰囲気を演出する。
だけど、最初に口裂け女のお話と言っているのだから、オチがわかってしまっているような……。
「ある女子生徒が、部活の朝練のため、早い時間に登校してきたときのことです。まだ早朝の薄暗い中、ふと給食室をのぞき込むと、ひとりの女性が後ろ向きでたたずんでいました。物音に気づいたのか、振り返る女性……。女子生徒は言葉を失います。その女性のマスクからはみ出している、真っ赤なスジを目撃してしまったから……」
「そ……それが、口裂け女の口だった、と……」
たとえオチがわかっていたとしても、怖いものは怖い。ごくりとツバを飲み込む委員長。
美野ちゃんやあたしも、いつの間にやら小明麻さんの話に引き込まれていた。
「うふふふ。その赤いスジは、なんと!」
いきなり大声を張り上げ、恐怖心をあおる。怪談の常套手段ではあるけど、なんだかちょっと引っかかりを覚えた。
あたしにはなんとなく、小明麻さんが笑いを噛み殺しているように思えたからだ。
そして小明麻さんは、さらなる言葉を続けた。
「トマトケチャップでした」
「……ひ……って、え?」
恐怖の言葉が続けられるだろうと予想していた委員長が、きょとんとした表情で訊き返す。
「給食のおばさんが仕込みをしているあいだに、マスクの位置をずらしてつまみ食いをしたのですわ。人の気配を感じて、とっさにマスクはもとに戻したのですが、頬から口にかけて付着したトマトケチャップには気づかなかったのです。薄暗かったので、それを見た生徒は裂けた口だと勘違いした。そういうお話ですわ」
…………って、
「妖怪でもなんでもないじゃない!」
あたしは思わずツッコミの声を飛ばしていた。
「あら? べつにわたくしは、妖怪の話だとも、怪談話だとも言っておりませんよ? ただ、この学校の口裂け女のお話、そう言っただけですわ」
ふふふふふ、と心の奥底から面白がっているような笑い声を上げる小明麻さん。
彼女は本当に、小悪魔のようだ。改めてあたしは、そう思った。
それはともかく、小明麻さんの話で和やかな雰囲気になっていたからだろうか。
このときにはもう、あたしは美野ちゃんに対して抱いていた怪訝な思いなんて、すっかり忘れ去ってしまっていた。




