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晴れて春祭の出し物が決定した我がクラスではあったけど。
授業もあるわけだし、舞台とか店の内装とかまで早いうちからセッティングしておくことはできない。
春祭前日の金曜日は丸一日かけて準備できる日となっているので、木曜日の放課後からは必死で準備することになるのだけど。
当然それより前から、細かい装飾なんかは別途作っておき、ベランダなどに一旦置いておくことも多い。
パフォーマンス部隊以外のクラスメイトは、みんなそういった裏方作業をすでに始めていた。
当日は女子がウェイトレスとなって飲み物や軽食類を運ぶことになっている。
その衣装も自作で用意しよう。どうやらそんな流れとなったらしい。
裁縫の得意な人たちが率先して衣装のデザインをし、生地を縫い合わせているようだ。
春祭の準備には、秋の文化祭ほどではないにしても、クラスごとに予算が与えられている。
それだけ、学校側としてもイベントに力を注いでいるということなのだろう。
「あ……長波さん、ちょっとこっちに来て」
「え? は~い」
裁縫部隊の笹峰さんに呼ばれて、あたしはそちらへ向かう。
と、いきなりメジャーを取り出した彼女は、あたしの体の採寸を始めた。
「なっ!? あの……ちょ、ちょっと、なにしてるの?」
慌てるあたしに、笹峰さんは答える。
「長波さんの衣装も作るからね。サイズを測らないと」
「え~~~~っ!?」
驚いて慌てふためいているあたしに、美野ちゃんが落ち着いた声をかけてきた。
「え~、って、当たり前じゃない。わたしたちはパフォーマンス部隊なんだから」
あたしが意地悪で引き込んだ美野ちゃんだったけど、どうやらとっても乗り気みたいだ。
なんだか納得がいかない。
しかも美野ちゃんは、委員長も一緒とはいえ、友親くんとともに練習しているわけだし。
練習はそれぞれのグループで個別に、ということになっているから、あたしは笑ちゃんとふたりで練習に励んでいる。
だけど、あたしたちって、いったいなにを練習すればいいというのやら。
「あなたたちは天然さが売りなんですから、あらかじめネタ作りなんかしてはダメですよ?」
小明麻さんからそう釘を刺されていたのだ。練習もなにも、あったもんじゃないような……。
そのとき、その小明麻さんが教室に入ってきた。
彼女の後ろには、背が高く、長いウェーブがかった髪を揺らめかす、優雅な雰囲気すら漂わせる女性が続いている。
って――。
「サ……サクラさん!?」
そう、あの嫉妬桜の精霊、サクラさんがなにくわぬ笑顔をたたえながら、あたしたちの教室に入ってきたのだ。
「うふふ、驚いていますわね。言ったでしょう? お友達に手伝ってもらうって。サクラさんにも、手伝ってもらうんですのよ」
「ええ。当日はわたしが桜の花びらを舞い散らせて、幻想的な喫茶店の雰囲気を演出する予定なんです」
小明麻さんの言葉に、自分の役割を説明するサクラさん。
幻想的なのはいいけど、喫茶店で桜の花びらを舞い散らせたら、お皿やコップの中に入ってしまって大変なんじゃないだろうか。
そうは思ったけど、とても嬉しそうな笑顔のサクラさんに対して、水を差すような言葉を投げかけることなどできはしなかった。
☆☆☆☆☆
夕焼けの赤が鳴りを潜め、宵闇の青が包み込む。
あたしは笑ちゃんとふたり、昇降口を目指し、寂しい冷たささえ感じられる廊下を歩いていた。
パフォーマンス部隊はそれぞれ個別に練習する。その場所は、各自で適当に決めること。
そんなふうに指示されていた。
というわけで、あまり人がいない場所がいいかなと考え、ついさっきまで屋上に出るドアの前で練習という名のお喋りをしていたあたしと笑ちゃん。
ほんとにこれでいいのだろうか? あたしたちも店の準備とかを手伝うべきなのでは?
そう思わなくもなかったけど、しっかり練習するように言われているのだから仕方がない。
ともあれ、なにをどう練習すればいいのか、さっぱりわからないままなのだけど。
上履きの音を微かに響かせながら、あたしは少々早足で廊下を歩く。
足音はひとり分。座敷童子である笑ちゃんは、すーっと足音を立てずに歩くのだ。
だけど、幽霊とは違うからなのか足は普通にあるし、ちゃんと両足を交互に動かして床を踏みしめながら歩いている。
それなのに足音が鳴らないのは、それだけ体重が軽いからなのだろうか。
……うらめしい……。
って、これじゃあたしのほうが幽霊っぽくなっちゃうわ!
そんなことを考えながら歩いていくと、突然微かな声が響いてきた。
声は、話し声ではなく、歌声だった。
そう気づいたあたしは、すぐ声の主に思い至る。
これ、美野ちゃんの声だ。
相変わらず、すごく澄んだ綺麗な歌声。
あたしは引き寄せられるかのように、声のするほうへと足を向けていた。
そこは、給食室だった。水の流れる音が、歌声にまじって響き渡っている。
ひょこっ。
給食室の中に顔を向けると、ひとりの女子生徒の背中が見えた。あれはやっぱり、美野ちゃんだ。
美野ちゃんは一心不乱になにかしている。
聴こえてきていた歌声は、彼女の鼻歌だったようだ。
でも――。
薄暗いのに電気も点けないで、しかもたったひとりで鼻歌を歌いながら、いったいなにをしているのだろう?
よく見てみると、美野ちゃんは流し台の前に立ち、水を流しながらなにかしているようだ。
ときどき水しぶきが舞い上がる。そのしぶきが顔や制服にかかるのも、まったくお構いなしといった様子だった。
首をかしげつつ眺めていると、美野ちゃんの手もとが少しだけ見えた。
なにか、赤っぽいものが視界に映る。あれは――トマト?
薄暗がりに目が慣れてくると、他にもジャガイモやらニンジンやら、様々な野菜が彼女のそばに積まれているのがわかった。
どうやら美野ちゃんは、野菜を洗っているみたいだ。
ザルの中には、すでに洗い終えた野菜が入れられている。
なんで、美野ちゃんがこんなことをしてるの?
給食のおばさんにでも、頼まれたのかな?
……そんなわけないか。
それじゃあ、喫茶店の準備なのかな?
練習のほうは、もう終わったのかな?
いろいろと疑問が浮かび、声をかけようと思ったそのとき、あたしは袖を引っ張られていることに気づく。
引っ張っているのは、笑ちゃんだった。
不思議に思いながらも、笑ちゃんに引かれるまま、あたしは給食室の前から離れる。
廊下の角を曲がったところで、笑ちゃんは口を開いた。
「かのりん、お買い物を頼まれてますの。早く帰らないと、怒られちゃいますの」
「あっ、そうか」
すでに暗くなってきている時間。買い物をしてから帰ると、結構遅くなってしまう。
九時過ぎに帰ると言っていたお姉ちゃんよりは早く家に着かないと、あたしが買い物を引き受けた意味がない。
美野ちゃんのおかしな様子は気になったけど、あたしはそのまま昇降口を出て、商店街へと向かうことにした。




