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相方は座敷ワラシ!  作者: 沙φ亜竜
第3章 サクラの花びら舞う頃に
18/36

-6-

「ごめんなさい、わたし……」


 どうにか平静を取り戻した委員長が、あたしたちに謝罪の言葉をかける。


「うん、大丈夫、ケガもないから。でも、委員長、」


 いったい、どうしたの?

 そう質問を投げかけようとしたあたしの耳に、大きな音が響いた。


 突然、ドサッという音を立てて、サクラさんがその場に倒れ込んだのだ。


「え? サクラさん……!?」


 美野ちゃんがサクラさんの肩を揺らし、必死に呼びかける。


「だ……大丈夫です……。これがわたしの役目、ですから……」


 弱々しいながらも、優しく温かい声を紡ぎ出すサクラさん。


「委員長さんに取り憑いていたのは、サクラさんではなかったのですね」


 さっきまでまったく声を発することのなかった小明麻さんが、ここで不意に話し始めた。

 まだ涙を浮かべながら呆然としている委員長を含め、あたしたち全員の視線が小明麻さんへと集まる。


「嫉妬桜の伝承は、大昔から語り継がれていましたの。その昔、この辺りが貧しい農村だった頃――」


 小明麻さんは、淡々とした声で嫉妬桜にまつわる伝承を語った。



 ☆☆☆☆☆



 この辺りが貧しい農村だった頃、一組の農家の夫婦がいた。

 おとなしい妻と、ちょっと荒くれ者といった風体の夫のふたりで、日々の農作業に精いっぱい尽力していた。


 朝早くから日暮れまで続く重労働に、疲れが溜まりに溜まっていたからなのか、それとも根本的にそういう気質だったのか。

 この地方の特産物である紋白茄子の栽培により豊富な財産を有していたということもあって、夫は妾を囲い、酒に溺れる好き放題の日々を過ごしていた。


 農作業の手を抜くようなことはなかったものの、夜は重労働のストレスを発散するため、そういった生活に溺れてしまったのだろう。

 おとなしい妻は、それを知っていながら、なにも言い出せなかった。


 しかし、やがて夫が自分よりも妾のほうにうつつを抜かすようになると、さすがの妻も黙ってはいられなくなる。

 ある日、酒に酔って帰ってきた夫を問い質す。あなたは本当にわたしを愛しているのかと。


「そんなこと、言うまでもねぇだろうが!」


 怒鳴りつけながら、夫は身をひるがえし家を出る。


「どこへ行くのですか!?」

「おめぇのせいで、酔いが醒めちまった。呑み直してくるんだよ!」

「また、他の女のところへ行くんでしょう!?」

「あぁん!? ……なんだよ、文句あるってぇのか!? けっ!」


 唾を吐き捨て、背を向けて歩き去ろうとする夫に、募りに募った怒りの念が、ついに爆発してしまう。

 妻は置いてあった菜刀をその手に握りしめると、夫に斬りかかった。


「なっ!? や……やめろ!」


 怒りに囚われた妻には、なにも聞こえはしない。ただ菜刀を振り回すのみ。

 どうにか避けながら、妻をなだめようと声をかけ続ける夫。血の気が引いたからなのか、もうすっかり酔いも醒めていた。


 やがて夫は、一本の太い桜の木の根もとにまで追い込まれる。

 鬼の形相というよりは、涙でぐしゃぐしゃになった哀れな表情を浮かべながら、それでも怒りは妻を支配していた。


 シュッ!


 菜刀は、夫めがけて振り下ろされた。

 振り下ろす瞬間、切り裂かれる夫の姿を見ていることなどできなかったからだろうか、妻は固く目をつぶった。

 そのせいで狙いがそれた。菜刀の切っ先は夫の首筋をかすめ、桜の木の幹に深々と突き刺さったのだ。


 どんなに激しく頭に上った血も、やがては冷めるもの。

 妻は自分のしでかしたことに恐怖し、その場に崩れ落ちた。


 そんな妻に、夫は自らの非を詫びる。妻のほうも夫を許し、また、我を忘れた自分の行動を詫びた。

 その後、夫は妾を囲ったりしなくなり、ふたりはずっと仲むつまじく暮らしたそうだ。


 桜の木に突き刺さった菜刀は、なぜか引き抜くことができなかった。

 それから月日は流れ、天寿をまっとうしたふたりが仲よく並んで息を引き取ると同時に、その菜刀は自然と木の幹から抜け落ちた。


 妻の怒りを冷ましたこの桜の木は、嫉妬桜と呼ばれるようになり、後世まで言い伝えられるようになったのだという。



 ☆☆☆☆☆



「……それが、この桜の木なんだ……」

「そう。そしてこの木に宿った精霊が、サクラさんなのですわ」


 まだ身を横たえてはいたものの、優しげな笑顔を浮かべているサクラさんを、あたしたちは黙って見下ろしていた。

 サクラさんは、ようやく落ち着いてきたのか、あたしたちに話し始めた。


「鳩屋さんがわたしのもとへお話をしに来てくれるようになって、彼女の身にまとわりつく微かな気配に気づきました。それは微かではあったのですが、負の感情を彼女に抱かせる怖れがありました。ですからわたしは念のため、花びらのバリアを鳩屋さんに張り巡らせていたのです」

「そのせいでわたくしは、委員長さんがサクラさんに取り憑かれていると、勘違いしてしまったのですね。部室で風が舞い起こったときに乱れ飛んでいたのは、サクラさんの花びらだったのでしょう」


 小明麻さんは冷静に状況を分析している様子で、そんな声を漏らしていた。


「結局、わたしのバリアでは、負の感情を抑えることはできなかったのですが……」


 まだまだ力不足ですねと、サクラさんは悔しそうに目を伏せる。

 そうか。サクラさんは、委員長を守ろうとしてくれていたんだ。


「あれ? それじゃあ、数年ごとに行方不明の生徒が出るっていうのは、サクラさんのせいってわけじゃ……」


 あたしは素直に疑問を投げかける。


「かのりん、あんた、バカ?」


 いきなり失礼なことを言われてしまった。


「美野ちゃん、ひどい……」

「だってその話、わたしが作ったデマだもの。だいたい考えてもみなさい? この学校の設立は十年ちょっと前くらいなのよ? 数年ごとに行方不明の生徒が出るなんて、それだけで不自然じゃない。仮に二~三回くらいそういうことがあったとしたも、噂を聞いたことすらないなんて、ありえないでしょ?」


 美野ちゃんはきっぱりと言ってのける。

 確かに……言われてみれば、まったくそのとおりだった。


 ところで、委員長がどうしてあんな状態になっていたのかというと――。


「ごめんなさい。かのりんと友親くんがべたべたしてるのが羨ましくて……。わたし、その……桜之城くんのことが……好きだったから……」


 涙をこぼしながら、委員長はそう白状した。


 委員長が友親くんのことを好きだったなんて……。あたしは全然気がつかなかった。

 でもあたし、そんなに友親くんとべたべたしてたかな……?


「もう大丈夫。気持ちの整理は、ついたから……。ふたりとも、お幸せに……」

「あ……あたしたちはべつに、そういうのじゃ……。ねぇ?」


 続けられた委員長の言葉に、あたしは真っ赤になりながらそう言って、友親くんに同意を求める。


「ん……、うん……」


 自分のせいでこんなことが起こってしまった。そう考えてしまったからだろうか、心なしか寂しげな表情を浮かべる友親くんは、微かに曖昧な返事をするだけだった。


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