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あたしは自分の席から後ろを向いて、サクラさんと委員長の様子をずっと眺めていた。
そんな中、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが、教室内に鳴り響く。
あたしの席の周り、正確にはサクラさんの周りに群がっていたクラスメイトたちが、足早に自分の席へと戻り始めた。
質問を繰り返していた委員長も、しぶしぶといった表情ながら、「いろいろありがとう」とお礼の言葉を述べて、サクラさんに背を向ける。
その直後。
ふっ……。
サクラさんは優しげな笑顔を浮かべたかと思うと、その姿をすーっと薄れさせ、やがて完全に、消え去った。
「……ぁ……」
言葉にもなっていない驚きの吐息を上げるあたしのすぐ横に、いつの間にか、長い黒髪を揺らめかせる女子生徒が立っていた。
「ふふふ、あの人、妖怪ですわよ」
神出鬼没な謎多きクラスメイト、小明麻さんが耳もとでささやく。
とはいえ、言われるまでもなく、なんとなくわかってはいた。
サクラさんの消え去る瞬間の雰囲気が、どこか笑ちゃんと似ていたからだ。
自分と同じような妖気を感じたから、笑ちゃんはさっき、あんなふうに少しおかしな反応を示していたのかもしれない。
散り散りに自分の席へと戻っていったクラスメイトたちではあったけど、まだサクラさんのほうに目を向けている人も多かった。
そのため、教室内はサクラさんが消えたのを目撃した生徒たちのざわめきで満ち溢れていた。
「こら、みんな静かに~。席に着いてない人は早く戻りなさい。ホームルーム、始めるわよ~」
咲先生が教室に入ってきて、ざわついた生徒たちを注意する。
小明麻さんは、まるでワープでもしたかのように、すでに自分の席に着いていた。
「鳩屋さん、号令~」
先生が委員長に、号令をかけるよう促す。
普段は先生が教室に入ってきたらすぐに、「起立、礼、着席」の号令を、クラス委員長がかけることになっていた。
その号令がないので、先生はこうして促したのだ。
だけど、委員長からの号令の声は響かなかった。
「あれ? 鳩屋さん、どうしたの?」
委員長はしっかり自分の席に着いていた。
にもかかわらず号令がかけられなかったから、先生はいぶかしげな表情になって委員長に問いかけたのだろう。
その声で、ようやく委員長は顔を起こす。
「あ……はい、すみません! きり~つ!」
ホームルーム開始の号令は、数分遅れでどうにかかけられることになった。
「まったくもう。暖かいからって、気を抜いてちゃダメですよ? 鳩屋さんにしては珍しいと思うけど。遅くまで勉強でもして寝不足だったのかしら?」
「いえ……。すみませんでした」
素直に頭を下げる委員長。
ぼーっとしていたとしても、委員長みたいに普段から真面目だと、こうして好意的な解釈をされるようだ。
あたしだったら絶対、どうせマンガでも読んで夜更かししてたんでしょ? なんて言われ方をするに決まっている。
若干の不公平さを感じたりもしたけど、今はそんなことより、委員長の様子のほうが気になった。
眠かったから、という理由で号令をかけ忘れていたとは思えなかったからだ。
なぜならついさっきまで、サクラさんに対して次から次へと質問をして、その返答を興味津々といった表情で聞いていたのだから。
☆☆☆☆☆
委員長のことが気になったあたしは、ずっと彼女のほうに目を向けていたのだけど、号令の一件以降、とくに変わった様子は見られなかった。
そして、放課後になった。
「今日の部活は中止にします」
突然、小明麻さんから、そう告げられた。
それを聞くと、美野ちゃんも委員長も友親くんも、みんな用事でもあるのか、それぞれバラバラに教室を出ていった。
あたしも笑ちゃんととぼけた会話を交わしたりしつつ帰り支度を整え、教室から出る。
校門前のロータリーが見えてくる辺りに差しかかると、いつもどおり、池のほとりにある大きな桜の木も視界に入ってきた。
と、そこにふたつの人影があることに気づく。
あれは……委員長と、サクラさん?
あたしは反射的に彼女たちのもとへと歩み寄った。
その背後には、いつものように笑ちゃんが続く。
「委員長!」
あたしの呼びかけに振り返るふたり。
でも、サクラさんの姿はそのまま、今朝と同じようにすーっと薄れ、消えてしまった。
「かのりんに笑ちゃん。どうかしたの?」
「えっと、委員長、こんなところでなにを話してたの?」
「うん、ちょっとサクラさんに訊きたいことがあって。……って、あれ? サクラさん、帰っちゃったみたいだね」
委員長は、サクラさんが消えたことに気づいていなかったみたいだ。
小明麻さんはサクラさんが妖怪だと言っていた。それはたぶん、間違いないだろう。
そのことを、委員長はわかっているのだろうか?
いろいろと尋ねたかったのだけど、
「それじゃ、わたしも帰るよ。バイバイ、またね」
声を挟む隙間もないほど早口でまくし立てると、委員長は足早に走り去ってしまった。




