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「おはよ~!」
翌日、あたしはいつもどおり、明るく挨拶の声を響かせながら教室に入った。
あたしの背後には、すでに姿を消すことすらなく、笑ちゃんも続いて歩いてきている。
目立ちたくないのは確かだけど、クラスメイトと仲よくしたいという思いはある。
だからあたしはいつも、こうやって朝の挨拶を欠かさないようにしていた。
やっぱり、挨拶って大事だと思うからね。
そうはいっても、朝のホームルーム前の時間だとみんなお喋りに夢中だったりするから、挨拶の声なんてざわめきに紛れてほとんどかき消されてしまうのだけど。
ただ、今日のざわめき方は、尋常ではないほどだった。
「あれ? どうしたの~?」
努めて明るく振舞いつつ、なにやら集まっているクラスメイトたちに目を向ける。
教室の後ろ側のドアから入った先に、人垣ができていたのだ。
あたしは席に着こうと、集まっていたクラスメイトの横を通り抜ける。
ふと、その人垣の奥に見覚えのない人影を見つけた。
それは、長いウェーブがかった髪の毛が大人っぽい印象を与える、すらりと背の高い女性だった。
どう考えても中学生とは思えない大人っぽさを漂わせているけど、その子は確かに紋白中学校指定の制服を着ている。ということは、この学校の生徒なのだろう。
ここからでは上履きの色まで確認できないけど、大人っぽいから三年生だろうか?
だけど、そうだとしたら、この教室にいること自体がおかしいような気もする。
とすると、新しく転校してきた生徒なのかな?
でも、それならホームルームのときに紹介されるだろうから、先生が来る前の教室にいるのも変だよね……。
と、あれこれ悩んでいても仕方がない。
あたしは、クラスメイトに囲まれて質問攻めを受けているその女性に近づいていく。
彼女がいる場所は、あたしの席のすぐ後ろの空間だ。
そこを中心にクラスメイトが集まっているのだから、あたしの席が占領されているも同然。
みんなをかき分けて自分の席に着いたって、文句は言われないだろう。
「ちょっとごめんね~。みんな、通して~」
なんだよ~、といった非難の視線を向けてはくるものの、あたしの席だというのはわかっているから、みんな反論してきたりはしなかった。
やっとのことで自分の席までたどり着いたあたし。そのすぐ横には、笑ちゃんもいつもどおり控えている。
ここ最近、姿を消すこともなくなっていた笑ちゃんは、こうしてあたしのすぐ横や後ろに陣取り、授業の様子なんかをぼーっと眺めていることが多いのだ。
そんなあたしと笑ちゃんに、クラスメイトから囲まれていた女性が不意に話しかけてきた。
「あなたたちが、『のりわら』のふたりですね。こうやってお会いできて光栄です!」
「は、はぁ……、どうも……」
両手を胸の前に組んで歓喜の声を上げながら話しかけてくるその人に、あたしは曖昧な返事を送る。
「かのりんたちのファンなのかしら?」
「そうみたいだね~。さすがと言うべきかな」
いつの間にか登校していた美野ちゃんと委員長も、あたしのそばまで近寄ってきて、そんな言葉を向けてくる。
「ひう……。ボク、ちょっと、なんて言えばいいかわからないけど、緊張しちゃうというか……」
笑ちゃんは、長い髪の女性から視線を逸らしながら、よくわからないことを口走っていた。
怯えているというのとはちょっと違うと思うけど、明らかに様子がおかしい。
「あの……、あなた、いったい誰なんですか?」
あたしはストレートに訊いてみることにした。
さすがにちょっと無礼かもしれないとは思ったけど、はっきりしておきたかったのだ。
その意に反して女性は、
「ふふふ、すぐにわかると思いますから、今は、ひ・み・つ♪ ということにしておきます」
と、おどけた調子でお茶を濁すだけだった。
「秘密でもいいけど、せめて名前くらい教えてくれないと、呼ぶこともできないわよ?」
美野ちゃんが少々冷たい口調でそんなふうに文句をこぼす。
美野ちゃんって、意外にも人見知りが激しいから、仲間内以外の人にはなかなか気を許せない性格なのだ。
「あら、そうですね、すみません。わたしは、サクラと申します」
「へ~、サクラさんっていうんだ。すごく綺麗で、似合ってる名前だよね~。あ~あ、いいな~、わたしもあなたみたいに女性らしくなりたいよ~」
サクラさんがゆったりとした動作を添えて名乗ると、委員長が真っ先に反応を返していた。
委員長、真面目な雰囲気で、おしゃれよりも勉強とか(あとは、どうやらアニメとか)にしか興味がなさそうなイメージなのに。
やっぱりそこは中学生の女の子、それなりに憧れはあるようだ。
かくいうあたし自身も、色気とは無縁な容姿ではあるけど、おしゃれにはもちろん興味がある。
サクラさんのゆったりとした女性らしい雰囲気には、あたしも羨望の眼差しを向けてしまうほどだった。
あたしからも、綺麗に見せる秘訣だとか、そういったことをいろいろと尋ねてみようかな~、なんて思っていたのだけど。
結局そのあとは、あまりにも委員長が矢継ぎ早にサクラさんへの質問を繰り返すため、周りはただ黙ってふたりの会話を聞いているだけという状態になってしまった。




