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妖怪部の部室であるレクリエーションルームに入ると、委員長はドアに内カギをかけた。
「委員長……?」
「ん? ああ……。最近、なにかと物騒だからね。それに悪霊祓いには、密閉された空間も必要なんだよ」
訝しむあたしに、委員長が説明を加えてくれた。
部室の中は、壁一面に暗幕が吊り下げられ、教室の中央付近には縦横三つずつ、全部で九個の机がピッタリとくっつけて並べられていた。
机の上にはロウソクが立てられていて、美野ちゃんが次々と火を点けていく。
そうやって炎の数が増えたところで、委員長が教室の電気を消した。
ほの暗い明かりが、揺らめきながら辺りを照らし出す。
教室の中は今、とても怪しげな雰囲気に包まれていた。
暗い部屋の中にロウソクの明かりしかないから、という理由だけではない。
教室の隅には、中央の並べられた机のほうへと視線を向けるかのように、奇妙な人形が無数に並べられていた。
黒板には、文字なのか絵なのか判断がつかないような模様が、びっしりと描き込まれている。
……妖怪部っていうのは、やっぱり怪しいんだわ。
改めて、そう感じた。
「さ、かのりん。この椅子に座って」
美野ちゃんが椅子を引いて、あたしに座るよう促す。
並べられている机のうちのひとつ、一辺の中央に位置する机の前にだけ、ポツンと用意された椅子。
くすんだ紫色の座布団が敷かれたその椅子に、あたしは多少躊躇しながらも、美野ちゃんの言葉に従って座った。
委員長がゆっくりと近づいてきて、あたしの目の前の机に、すっと、なにやら封筒のようなものを差し出す。
書類サイズだろうか。大きめの薄茶色の封筒には、文字などは一切書かれていない。
ただ、封筒の下側の一ヶ所が横長の長方形に切り取られ、そこから、中に入っている白い紙の一部が見えていた。
「悪霊から身を守るためだよ。さ、ここに署名して」
「名前を書くことによって、かのりんの魂の一部をこの紙のほうに宿すのよ。それを燃やすことで、悪霊から見えなくするの。もちろん、魂の一部を宿すといっても、害はないから安心してね」
ロウソクの炎に浮かび上がる委員長と美野ちゃんの顔は、なんとなく不気味にも思えた。
……なんて言ったら悪いよね。あたしのことを心配して、ここまでしてくれてるんだもん。
あたしはふたりの言うがまま、横に置かれたサインペンに手を伸ばす。
キャップをはずし、封筒の中に入れられた紙に自分の名前を書き始めようとした、まさにそのときだった。
ドンドンドン!
突然ドアが叩かれ、けたたましい音が鳴り響く。
思わず手を止めたあたしは、ドアのほうに目を向けた。
教室のドアにはガラスがはめ込まれている。
そのガラスを通して、顔を教室の中に向け必死の形相でドアを叩いている女の子の姿が見えていた。
窓ガラスから見えるおかっぱ頭が、激しく揺れる。
それは、笑ちゃんだった。
笑ちゃんの背の高さでは、窓ガラスから顔をのぞかせるのも大変だろう。
おそらくは背伸びをしながら、必死にドアを叩いてこちらの注意を引こうとしているようだ。
「それに名前を書いちゃダメですの! かのりんは騙されてるんですの!」
笑ちゃんは、そう叫んでいた。
思わず美野ちゃんと委員長に視線を向ける。
「悪霊が邪魔をしに来たみたいね」
「あれだけ必死なのが、悪霊だという証拠だよ。獲物を奪われてしまうと思って焦ってるんだ!」
ふたりは険しい視線を笑ちゃんのほうに向けていた。
「かのりん、早く名前を書いて!」
「ダ……ダメですの~~~!」
「ほら、早く! 悪霊に喰われてしまっても、いいの!?」
…………。
あたしは笑ちゃんから視線を逸らし、封筒の中の紙に素早く自分の名前を書き込んだ。
「さあ、それを渡して!」
手を差し伸べる美野ちゃんに、あたしは素直に従う。
封筒を受け取った美野ちゃんは、中に入っていた白い紙を取り出す。
そして――。
「はい、どうぞ」
「うふふ、ありがとう」
小明麻さんに手渡した。
……って、ええっ!?
「小明麻さん、いったいどこから湧いて出たの!?」
「人を悪霊かなにかのように言わないでください。それはともかく――」
彼女は澄ました表情のまま、手渡された紙をあたしのほうに向ける。
そこには、こう書かれてあった。
『わたしは、わたしに取り憑いている座敷童子とともに、妖怪部に入部することを、ここに宣言致します。長波香紀』
文章はあたしの字ではないけど、名前の部分は今まさにあたしが書いた文字で……。
……え~っと、これって……。
「だから、騙されたんですの~!」
責めるような笑ちゃんの声が聞こえてくる。
「というわけで、妖怪部への入部、おめでとうございます。部員一同、歓迎致しますわ!」
小明麻さんが満面の笑みであたしに右手を差し出してきた。
☆☆☆☆☆
「もういいわね」
すっと、美野ちゃんがあたしの背中を叩く。
いや、叩いたんじゃなくて、なにかをあたしの背中からはがしたのだ。
それは……おふだ?
「ひう~! やっと入れたですの~!」
笑ちゃんがドアを突き抜けて、あたしにすがりついてくる。
考えてみたら、笑ちゃんは姿を消したりできるわけだから、ドアだってすり抜けられるはずだ。
それなのにドアをドンドンと叩いて注意を引いていたのは、あたしにおふだが貼られていて近づけなかったからだったのだろう。
「こ……これはいったい、どういうことなの!?」
「それはもちろん、あなたに入部していただくための作戦ですわ」
小明麻さんは事もなげに、そう言ってのける。
「あっ、この入部届けの書類、魔術がかかった紙でできているんです。ですので、破ったりして無効にしようとすると、大変なことになりますからね?」
いったいどこから、そんな紙を仕入れたのだろうか。
それはいいとして(あまりよくはないけど)、つまりは、美野ちゃんと委員長も共犯だった、ってことになるんだよね?
「かのりんを騙すの、とっても楽しかったわ!」
「うんうん、こういうのもたまには悪くないね!」
……ああ、あたしは友達の選択を誤ったんだわ。思わず机に突っ伏し落ち込むあたし。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでください。朗報だってあるのですから。……もう入ってきていいですわよ」
小明麻さんの言葉に促されて教室に入ってきたのは――。
「長波たち、ロウソクなんか灯して、なにやってるの?」
いまいち現状を把握できていないような声を上げながら、教室内をきょろきょろと見渡している男子生徒の姿が目に入る。
声だけでも一瞬にしてわかってはいたけど、それはなんと友親くんだった。
「彼――桜之城くんも、妖怪部に入ってもらうことになりました」
『え~~~~~~!?』
驚きの声を上げたのは、あたしだけではなく、友親くん本人もだった。
ああ、友親くん、なにも知らされずに小明麻さんに無理矢理つれてこられたんだわ。かわいそう……。
そう思って同情していたのだけど。
「ん~、まぁ、いいか。言われたとおり、長波もいるし。なんだかよくわからないけど、これから一緒に部活を楽しもうね」
にこっ。
優しい笑顔の友親くんからそんな言葉をかけられたあたしに、否と答える理由なんてあるはずもなかった。




