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そんな日が続いていた、とある放課後。
美野ちゃんと委員長があたしの席までやってきて、こんなことを言い出した。
「かのりん、実はちょっと話があるのよ」
「ここでは話しづらいことだから、場所を変えたいんだけど、いいかな?」
ふたりとも、どうしたというのだろう?
とても真剣な表情を見せるふたりの勢いに圧され、あたしは素直に頷きを返す。
「じゃあ、行きましょうか」
ポン。
美野ちゃんはあたしの背中を軽く叩き、ついてくるよう促す。
ふたりに続いて歩いていくと、彼女たちは階段を上り始めた。
二階から三階、そしてさらに上へ。
うちの学校の校舎は三階建てだけど、三階から屋上へと階段は続いている。
とはいえ、屋上への扉はカギがかけられているので、ほとんど人が通らない場所となっていた。
その屋上に出るための扉の前で立ち止まるあたしたち三人。
「ここなら大丈夫ね」
真剣な表情を崩さないまま、美野ちゃんと委員長は、あたしをじっと見つめている。
「んっと……。どんな話かな……?」
普段のふたりからは感じられない雰囲気に、あたしは少々怖気づきながらも、そう訊いてみた。
「実はね……。笑ちゃんについて、いろいろと調べてみたのよ」
「そしたらさ、とんでもないことがわかったんだ」
険しい表情で声を潜めながら、ふたりは答える。
笑ちゃんのこと……?
あれ? そういえば、いつもあたしのすぐ近くにくっついて、最近はほとんど姿を現したままだった笑ちゃんが、今はいないみたいだ。
笑ちゃんは姿を消すこともできるけど、二週間くらい一緒に過ごしてきたあたしには、姿を消していたとしても気配だけは感じられるようになっていた。
それなのに、今はその気配すら感じられない。
いったい、どこに行ったのだろう?
考えを巡らせているあたしに、美野ちゃんはさらなる困惑を引き起こす言葉を放つ。
「笑ちゃんは、座敷童子じゃなくて、悪霊だったのよ」
…………え?
あたしは耳を疑った。
あの、おかっぱ頭がよく似合う、ちょっととぼけた感じの笑ちゃんが、悪霊……?
あたしは笑ちゃんに取り憑かれていると言ってもいい状態だけど、一緒にいて感じたのは、ほんわかした雰囲気だけだった。
悪霊などという禍々しい存在だなんて、どこをどう考えても信じられない。
「それが作戦なのよ。油断させて心の中まで侵食していき、やがてはすべてを喰らう。そういう悪霊だったのよ、笑ちゃんは」
「図書室でいろいろと古い文献を調べてみたんだけど……。この学校で起こったとある事件についての記事に、笑ちゃんに関する記載があった。数年に一度くらいの割合で現れて、生徒を喰らうと言われているらしいんだよ」
「数年ごとに行方不明の生徒が出るっていうのは、この学校では有名な話だったらしいわ。最近は噂も薄れて、教師たちも話題にしないように気をつけてるから、今となってはほとんど誰も知らないんだけどね」
「だから、かのりん、あなたは今、すごく危険な状態なんだよ!」
真剣に訴えかけてくるふたりの様子を見る限り、冗談なんかじゃないのだろう。
普段のふたりは、あたしをからかったりバカにしたり、そういった扱いをすることが多い。
気を許し合っている間柄だから、それも嫌じゃない。むしろ嬉しいくらいだった。
でも、今日は美野ちゃんも委員長も、そんな素振りをまったく見せない。
だからこそ、本気であたしを心配してくれているのだと、確信を得ることができた。
「わたしたち、どうにか笑ちゃんを祓おうと、いろいろ調べて、必要なものを部室に揃えたの」
「だからかのりん、一緒に行こう!」
あたしを促すふたり。
部室という単語に、ちょっと引っかかる感じを受けはしたけど。
それでも、こんなに真剣な表情で見つめられたら、否定の意思を返すことなんてできるはずがなかった。
部室というは、このあいだ勧誘された、あのレクリエーションルームのこと。
美野ちゃんと委員長は、あの勧誘のあと、そのまま妖怪部に入部していた。
笑ちゃんは結局、あたしがいないなら入部しない、ということに落ち着いたのだけど。
それも、獲物であるあたしをひとり占めしたかったから、という理由だったのだろうか……。
ここ最近、放課後になると、美野ちゃんと委員長は揃って部室に向かっていた。
あたしはすぐ家に帰っていたから、ふたりがどんなことをしているのかは知らなかったけど、あたしを心配していろいろと準備してくれていたのだ。
友達って、やっぱりいいものだわ。
あたしはホロリと、心の中で嬉し涙を流していた。
☆☆☆☆☆
ふたりに連れられて、あたしはレクリエーションルームへと向かう。
と、階段を下りて廊下に出たところで、背後から声がかかった。
「あれ? 長波?」
「あ……とも……じゃなくて、桜之城くん……」
声をかけてきたのは、友親くんだった。
友親くんは、以前にも言ったとおり、美野ちゃん同様、幼稚園からの幼馴染みだ。
出会ったばかりのその頃は、お互い幼かったこともあって、気軽に名前で呼び合っていた。
だから今でも、そう呼びたいとは思っている。
だけど、男子と下の名前で呼び合うなんて恋人同士みたいなこと、学校ではなかなかできるものじゃない。
というわけで、今では名字で呼ぶようになっていた。
友親くんのほうも同じように考えているのだろう、あたしのことを長波と名字で呼んでいる。だから、これでいいんだ。そう自分に言い聞かせている。
もっとも、さっきみたいに、つい名前で呼びかけそうになっちゃうことも多いのだけど。
「委員長と歩境もいたんだ。三人揃って、どこ行くの? あれ? 笑ちゃんの姿が見えないみたいだけど……」
「ん……ちょっと、ね。それじゃあ急ぐから、またね」
疑問を向けてくる友親くんに、美野ちゃんはピシャリと冷めた言葉を返すと、あたしの手をつかんでスタスタと歩き始めた。
「あ……あの、桜之城くん、ごめんね。また明日……!」
「ん。また……あとでね」
慌てて友親くんに声を送ると、彼は手を振り返してくれた。
……え? また、あとで?
友親くんの言葉が気にはなったけど、美野ちゃんに力強く引っ張られていたあたしは、これ以上その件について考えることはできなかった。




