2.
なんだか疲れてしまった。
だから私は、あの不愉快な場所どころか学院自体から離れて、とにかく静かな場所に行きたかった。
他の煩わしいものが何もない、一人で静かに過ごせる安息を求めていたのだと思う。なんだか今日は妙に他の女子生徒の姿が目に付いた。その度に胸がざわつくような感覚に襲われて落ち着かなくて、脳の神経が焼ききれそうだった。
今は昼休みが明ける前、授業直前だ。本来であれば次の教室に向かわなければならないのだが、授業を受ける意欲が全く湧かなかった。
授業をサボるだなんて初めての経験である。母にも毎日他の生徒と同じ様に真面目に参加するようにと言い付けられていたこともあり、ずっとそれを守っていた。心配させたくなかったから。呆れられたり失望されるのも嫌だった。
でも今はそんな言葉すら気にならないくらいに心が揺れ動いて辛かった。普段はあまり感情に起伏がない分、慣れない感覚に動揺していたのもあるかもしれない。
そうしてトボトボと歩いていた私が辿り着いたのは、このクラドベル魔導学院の裏にある森。ただ人がいない方へと歩いて行った結果だった。
クラドベル魔導学院はその歴史1000年を誇る。そしてその長い歴史に相応しい世界でも優秀な魔導士の輩出率が高いという屈指の魔法学校だ。
私が住むグレイロール王国に位置している学校ではあるが、グレイロール王国を特に贔屓しているなんてことはなく、優秀な魔導士の卵であれば世界各地の王族貴族、平民問わず受け入れている。
優秀な人間を多く輩出している故に卒業生からの献金も多く、毎年どんどん設備が増えて、敷地も広大になっている故にどこまでも進んでも特に誰かの敷地に立ち入るなんてことはあり得ない。ここから遥か遠くに見える山々のその先までこの学院の敷地内である。敷地内を端から端まで歩くとなれば、1か月以上かかるだろう。
だからこそ、私は足の裏が痛くなり、もう歩けなくなるという段階まで歩き続けることに決めた。特に誰にも迷惑を掛けるわけではない。ただただ心の赴くままに。
こんなことをする理由などない。なんとなくそうしたいと思ったから、今歩いているのだ。
何をするでもなく、ただ歩いて木々や草木が風に戦ぐのを見つめる。
穏やかな時間だった。そして空虚な時間だった。自分には何もない、こういう時に話す相手すらもいないのだと実感させられた。私は母の心配する通り、孤独な人間だ。だって私の中身が空虚で、空っぽなのだから。
ただ一つ気持ちが軽くなる事はある。私が授業をサボっても世界は何も変わらない。そう実感できたのだ。今はただ静かに時間が流れていくだけ。
戻ったらもしかしたら先生や母様に怒られるかもしれないが。結局私が何をしていようとも、今この世界に何も影響はないのだ。一人であることが虚しいと思いながらも、自分がいなくても世界が変わらないことで落ち着くという矛盾。しかしその感覚を感じることで妙に落ち着いた。
だからただ奥へ奥へと歩いた。今の私にはそれ以外にできることなどなかったから。
そしてどれくらい経っただろうか。空が暗くなってきたなと感じ始めた時、変化は起きた。
少し遠くで急に鳴り響いた咆哮。まずいかもしれないなんて思って引き返そうとした時にはもう遅かった。私の視界の端にはサイクロプスが佇んでいた。
すぐに身体を反転させて、逃げ出した。しかし疲労の溜まった脚、そして何も考えられなくなった頭ではそうするのが限界だった。
何故学院の訓練地域でもない敷地内に魔物が入ってきているのだろう。学院の敷地内には強力な結界が張られているはずなのに。そんなことも頭の中に疑問として過るが、今はそれどころではない。
けれどこんな鳥の声と川の流れる音が鮮明に聞こえるような人里離れた場所では逃げるという選択肢を取ろうともすぐに詰みとなる。そもそも私はこんな遠くまで歩き続けて全身が疲れ切っているのだ。
それに加えて歩幅の違い。いくら大きくても動きが俊敏ではないサイクロプスといえど、私はすぐに追いつかれてしまった。そしてそれに思い当って、足がもつれてこけてしまう。もう最悪だ。
目の前で棍棒を私に振り翳そうとしてサイクロプスが低く唸る。
死を予感すると同時に脳裏に過ったのは、母への申し訳なさとこれで全てが終わるのだという虚脱感。無意味で面白みのないつまらない人生だったと目を閉じた――のだが。
「なんでこんなところに生徒がいるんだよ!?」
「え……?」
私の目の前には男性の大きな背中があった。
そして縦方向に真っ二つになって、崩れ落ちるサイクロプス。死に瀕していた私には何が起こったのか理解が出来なかった。




