14.
私は遥か遠くに見える学院の方向へ向かって、黙って歩く。
陽はすでに傾き始め、木の影が長く伸びる。
学院の建物が霞むほど遠くに見えるのだから、相当な距離があるはずだ。こんな場所に放り出したクレイヴ先生の悪意を疑うべきか、それとも本気で私たちに何かを学ばせようとしているのか……正直、どちらでもいい。今は、とにかく歩くしかない。そして夜になる前にはどこか身体を休ませられるような場所を探さなければならない。夜は魔物が狂暴になって活発化するのだ。いくら魔物除けの結界があるといっても、敷地が広大すぎる故にここまで学院から離れるとそれをすり抜けてきている魔物も出てくることがある。最近分かったことだが。
土地を広大にしすぎた弊害なのか、学園長や教師、結界を張る業者がサボっているのかは分からないが。結界は確実なものではないようだから。
だからこそ、そう冷静に判断していた。
「……聞こえているのに無視しないでください」
隣で歩くはずのマーカスは、なぜかいつの間にかかなり前方へ移動していた。
「なんですか?」
「歩くのが遅いですよ。まさか、加速魔法をご存じでない??」
マーカスは私を見下すように口角を上げながら、ふわりと宙に跳んだ。次の瞬間、彼の足元に魔法陣が展開され、風をまとった身体が一気に加速する。
鋭い風切り音とともに、マーカスの姿が私の視界から消え、数メートル先に再び現れる。そしてまた風の流れに乗り、今度は私の周囲をぐるりと回り始めた。
「そんなトロトロ歩いてて、いつ学院に戻るつもりでしょうか。一週間後?一か月後??」
「……」
「それとも、魔法を使いたくても使えないとか? まさか、そんなことはないですよね?それでクレイヴ先生に教えを乞うていたと???」
煽るような声。ひどく癪に障る。
だが、私は彼の挑発に乗るつもりはなかった。
私は決して魔法を使えないわけではない。この後どれだけの距離を移動しなければならないのか、どんな魔物に遭遇するかも分からない。そんな状況で、無駄に魔力を消耗するのは愚策だ。魔力が尽きたところを魔物に襲われでもしたら、流石に死んでしまう。
それを分かっていないのか、マーカスはずっと周囲をくるくると回りながら、軽口を叩いていた。
「いやぁ、さすがに加速魔法も使えないってのは驚きました。僕の方が弟子としては優秀ってことでしょう?弱い、クレイヴ先生に時間を割いてもらって迷惑を掛けるのはもうやめてはいかがでしょうか」
その言葉に、私の中で何かが切れた。
「……私は貴方みたいに、先も分からないのに考えなしに魔法を使って消耗するような馬鹿じゃない。自分の能力も測れずに後先を考えられないだなんて、貴方こそ弱い人間よ。傲慢になって足をすくわれる人間なんて、歴史を学んでいてもたくさんいたじゃない。もしかしてお勉強していないのかしら」
ピタッ――と、風の中を駆けていたマーカスの動きが止まった。
そのまま彼は、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえそうなほどの怒りを滲ませ、私を睨みつけた。
「……今、なんて言った?」
「聞こえなかったならもう一度言うわ。貴方は、何も考えずに魔力を使い続けるお勉強できないただの馬鹿だって言ったの」
「――はあ?お前みたいな奴にそんなことを言われる筋合いはない……!」
今まで聞いたことがないマーカスの荒い言葉。本気で怒っているのだろう。それでも私たちは止まることが出来なかった、止まれなかった。
「上等よ。私だって、貴方に厭味を言われ続ける謂れはない」
そうして最初はどちらが先に放ったのか分からない。空気が弾けるような音と共に、魔法の衝突が始まった。
周囲に渦巻く轟音と共に、気付いた時には戦っていた。マーカスの放った風の刃。彼は加速魔法と組み合わせ、空間を切り裂く鋭い風の刃を連続で放つ。それらは目に見えないほどの速度で私に迫っていた。
「っ……!」
それに対して私は即座に防壁魔法を展開する。
淡く光る半透明の障壁が私の前に広がり、飛んできた風の刃を弾き返した。だが、それに満足せず、マーカスは次の魔法を発動させていた。
「風よ、舞え―― 斬風!」
今度は無数の刃が空中で旋回しながら迫る。きっと風魔法に操作魔法と加速魔法を乗せた複合魔法だ。しかも詠唱を一部交えて、威力強化までしてきている。本気で殺しに来ている。
これはまずい。迎撃しなければと考えると同時に身体は既に動いていた。相手を怪我させるかもしれない、命を奪ってしまうかもしれない。そんなことは考える余裕がなかった。だって向こうもこちらを殺す勢いで魔法を放ってきているのだ。
「雷よ、全て貫け―― 嵐弓!」
そちらが風なら私は雷だ。雷魔法と操作魔法、そして風魔法を合わせた複合魔法。
私の周囲に幾重もの雷の弓が展開され、一斉に周囲全方面からばらばらに飛んでくる風の刃を打ち消す。風の刃と雷の矢が空中で衝突し、激しい火花を散らしながら相殺された。
だが、魔法の発動が終わると同時にマーカスはすでに次の動きを仕掛けていた。
「もう終わりですか? 打ち消すだけしかできないだなんて、雑魚ですね。その程度の人間なら――僕の勝ちだ!」
彼は一瞬で自分自身を加速させて私の背後へと回り込み、至近距離で魔法を撃とうとしていた。
「加速する槍!」
風を圧縮した魔法の槍が、私の背後から迫る。だが――。
「甘い」
私はすでに彼の動きを予測していた。
戦ってみて分かったが、彼は魔力が強すぎる。だからその流れで次の動きや使う魔法が簡単に分かってしまうのだ。それに使っている魔法は詠唱も配合率もオリジナルだが、その中身の配合率がその魔力で分かってしまう故に、打ち消すことも思っていたよりも簡単にできた。
瞬時に自身を除いた10メートル内のもの全てを私を中心にしてはじく風魔法とマーカスだけに対して使う重力を10倍に変える魔法、そして範囲指定魔法を組み合わせることによってより威力を高めた魔法を放った。私のオリジナル魔法だ。その魔法は予想外だったのだろう、驚いたマーカスの身体を地面へと縛りつけた。マーカスの魔法も遠くへと逸れる。
「がはっ……!? く、動けっ……!ぐぅ」
風を利用して軽やかに動く彼にとって、この魔法は最大の天敵だった。身体が重力に引かれ、動きが大幅に鈍る。10倍の重力だ。口を開くのすら――いや、意識を保っていることすらも苦しいだろう。もう動くことすらできないだろうそこへ、私は止めの一撃を放――とうとした。それくらいに怒りに頭を焼かれていたのだ。
「――そこまでだ!!」
鋭い声が響き、私たちの間に、強烈な魔力の壁が割り込んだ。
その衝撃で、私は後ずさり、マーカスも私の魔法から解放されて吹き飛ばされるように距離を取る。
そして、その場に降り立ったのは――。
「……お前たち、いい加減にしろ」
眉間に皺を寄せたクレイヴ先生だった。
戦闘の余韻が残る静寂の中、私とマーカスは息を切らせながら睨み合ったまま、師の叱責を待つこととなるのだった。




