13.
あの日――マーカス=ヴェルナーが窓を突き破って研究室に乱入してきたあの日から、私の学院生活は微妙に変化してしまった。
正直、望まない方向の――であるが。
あの日。最終的にはクレイヴ先生がなんとかその場を収め、マーカスをなだめる形で終わったのはいい。
しかし、あの男はそれで引き下がるどころか、むしろ私に敵意むき出しでそのまま干渉し、近付いてくることに決めたらしい。
授業の移動時間にすれ違うと、無駄に私のすぐ近くを通り抜ける。しかも、わざとらしくため息をついたり、私の顔をじろじろ観察したりしてくる。
昼食時間に食堂へ行けば、いつの間にか隣の席に座っている。既に習慣となってしまったコリアンナの食事中に、勝手に向かいの席に座ってくるのだ。正直、やめて欲しい。
そして放課後も、クレイヴ先生に教えを乞うている最中も、どこからともなく現れて「先生、今日は私にも少し時間を割いてくれませんか?」とか言い出す。少しであればいいが、放っておくとずっと先生の時間を独占し続け、私が話しかけようとするとわざと遮ったり、こちらを馬鹿にするような言動をとる。
別に一つ一つは小さなことなのだ。その小さな組み合わせが……――正直、鬱陶しい。
まるで中々潰されてくれないコバエがずっと周囲を飛んでいるような気分だった。
だからある日、耐えきれずに言ってしまったのだ。ストレスが限界に達していた。
「ねえ、マーカス=ヴェルナー」
「なんでしょう?」
「貴方、コバエみたいで鬱陶しいです」
瞬間、マーカスの顔が凍りついた。
「……は?」
低く唸るような声。私がさらりと事実を突きつけたことが、よほど許せなかったらしい。
確かに言い方は最悪だったかもしれない。けれどそれ以上に最低な言葉を彼からは掛けられてきていたから、この程度では怒らないだろうと勝手に思っていた。ちょっとした意思表示のつもりだったのだ。
「貴方が常に私の周りをうろついてちょっかいをかけてくるの、鬱陶しいと言っているのだけど?」
「き、貴様ぁぁぁぁっ!!!」
途端に烈火のごとくキレ散らかすマーカス。顔を真っ赤にして、拳を震わせている。いや、怒るのは勝手だけど、事実じゃないかとも思う。何故人にはいろいろと言っておいて、自分が言われたときは受け止められないのだろうか。
そして――そんな私達を見続けていたクレイヴ先生が、とうとう匙を投げた。
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そして迎えた、週末前日の放課後。
私が言い返した日から、一気に喧嘩一色になったこの時間。
「いい加減お前たち、もうちょっとお互いに譲り合えないのか!」と、今日も今日とて喧嘩していた私とマーカスに対してその言葉を放ったクレイヴ先生。
クレイヴ先生は私とマーカス掴んでどこかへ転送魔法。を学院の森のさらに奥――ほとんど学院の敷地外といっていいような場所に置き去りにした。
「……え?」
状況が理解できず、私はぽかんとする。マーカスも同様に困惑していたが、それ以上に怒りが滲んでいた。
「先生!? これは一体どういうことです!?」
「お前たちは、もう少しお互いのことをよく知るべきだ。だから、二人で反省しながら帰ってこい。まあ、歩いたとしても、お前たちだったら休み明けの授業前にはギリギリ着くだろうから安心しろ」
マーカスの叫びに対して、既にかなり遠くまでは慣れているのであろうクレイヴ先生はそれだけ言い残すと、あっさりと再度使用した転移魔法で姿を消してしまった。
「ちょっ!? 置いて行かなっ!」
マーカスが続けて必死に叫んだが、時すでに遅し。クレイヴ先生の姿はもうどこにもない。
「……うわ。夢であってほしい……けど、現実」
私は呆然としながら周囲を見渡す。深い森の中。日も傾き始めている。どう考えても徒歩で帰るのは大変そうだ。
休み明けにギリギリ~~という言葉は嘘ではないのだろうと分かる。
「……どうするつもりですか」
隣でマーカスが険しい顔をしている。
「どうするもこうするも、帰るしかないでしょう。さっさと行きましょう。授業を何も言わずに休むのは流石にまずいので」
「チッ!なんでこの女と!!……クレイヴ先生、なんてことをしてくれるんだ」
ぶつぶつと文句を言いながら、それでもマーカスは私の隣を歩き始めた。
――こうして、私たちは不本意な『反省の時間』を過ごすことになったのだった。




