10.
「私、魔法以外に何も持っていないわけではないです。今、確信しました。私の根本には母様からの愛情がある。だから魔法に狂うことはありません」
「!……っあの人と同じことを言うのですね。分かりました」
母はゆっくりと頷くと、私の手をぎゅっと握った。そしてそのまま私の零れた涙をぬぐってくれた。その手は少し冷たかったけれど、それなのにとても温かかった。
「あなたが魔法を欲する気持ちは止められない。それならば、せめて約束してちょうだい。自分の健康を第一にして、のめりこみすぎないこと。そして、定期的に手紙であなたの様子を知らせることを」
「……はい」
それは、母が出した精一杯の譲歩なのだろう。
本当なら、魔法から私を引き離したいはずなのに、それでもこうして私の意思を尊重してくれている。きっと国王から命令されたのであろうこの学院への在籍もこのまま断って連れ戻したいのかもしれない。けれど許してくれた。だからこそ、私もその気持ちに応えたいと思った。
「必ず、約束は守るわ」
それを聞いて、母が少し安心したように微笑んだ。
「よかった……それを聞けて、少しほっとしたわ」
そう言った母の顔を見て、私はふと、思い出したことがあった。侯爵家の将来にかかわるであろう、割と重要なことだ。
「そういえば――」
私は口を開く。
「お母様、オーランド様のことで話したいことがあるの」
完全に緊張が溶け切った私はいつもの口調に戻って、そのまま思い出した報告ごとを伝える。
母の表情が僅かに曇る。
「オーランド?あの子がどうかしたの?」
「実は……今回、魔法に本気で打ち込もうと思ったのは、オーランド様にこう言われたからなの」
私はそのまま、彼に言われた言葉を繰り返した。
『リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけて自立したらどうだ?正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?ここは学院という場所だ』
「って。なんだか周囲の女の子を気にして……そういえば学内で声を掛けると今までもあまり良い表情をしなかった。多分だけど、学内で恋人でもできたんじゃないかなって。分からないけど」
母の表情がみるみる険しくなっていく。
「――何ですって?」
低く抑えた声が部屋の空気を張り詰めさせる。
「お母様、落ち着いて」
私は慌てて宥めながら、本題に入る。
「だから、これからは彼には必要最低限しか関わらなくていいかなって。……その分の時間を、複合魔法の研究に回したいのだけれど。流石に彼のような公爵家の人に対して何かをしたりはしないけど、向こうにとっても現状私は必要ないみたいだし」
『必要とされていない』その言葉を口に出した時、なんだか心がチクリと一瞬傷んだ気がしたが、気のせいだとすぐに母様に向き直った。彼女は深くため息をつくと、眉間にしわを寄せる。
「……いいわよ。その男にこれ以上振り回される必要はないわ。むしろ、私としては二度と関わらなくてもいいくらいよ」
母の剣幕に、思わず苦笑が漏れそうになった。
「流石にそこまでは……まあ、でも、距離を置くわ」
「ええ、それがいいわ。そのうちこの婚約については解消できるように裏で手を回しておくわね」
母の機嫌はまだ直らないようだったが、私の提案を受け入れてくれたことにほっとする。
そんなやり取りを聞いていた校長先生は、なんだか居心地が悪そうにしていた。そしてムズムズと立ち上がる。
「……もう問題を起こさないように!!お二人からも厳重注意を!!」
そう言い残すと、そそくさと部屋を出て行った。
「校長先生……?」
突然のことにぽかんとしていると、母が呆れたようにため息をついた。
「そういえば、貴女が授業中に強力な魔法を撃ったことが今回の呼び出しの原因だったわね。まあ、どうせ国王の命令のせいで多少の問題で退学にできないからこそ、灸を据えるためにも私を呼んだのでしょう。別に問題を起こしても良いわ。貴女さえ無事なら。あ、それと一応他の生徒と教師も死なない程度であれば」
校長の言葉を全無視した母の言葉に後ろでクレイヴ先生が吹き出していた。
オーランド様との関係も、母との約束も、これでひとまずは整理がついた。
けれど、魔法の研究をすることを母から許可された今、私は新たな決意を固める。
――もっともっと、複合魔法を極めていきたい。
そう思うと、胸の奥が熱くなるのを感じた。




