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静かな受容
夜も更け、外の街灯が窓越しに微かに差し込む。
佐伯は机の上に置かれた見本誌を、そっと手に取る。表紙は伏せたままだ。ページをめくる指先に、紙の擦れる音だけが静かな部屋に響いた。その音がやけに大きく聞こえ、深夜の空気を震わせる。
誰も居ない。姫川はもう帰った。
言葉も評価も、必要ない。唯、重さを手の平で感じるだけだ。
佐伯は煙草を取り出し、火を点ける。ゆっくりと七・八本を吸いながら、指先でページをめくる。
「───…。」
文字もデザインも、評価しない。唯、目の前にあるものを受け取る。
ページが揺れるたび、微かな感覚が胸に残る。
でも、それを言葉にする必要はない。
生活は変わらない。墨と筆、煙草の匂い、机の上の静かな光。
見本誌を元の場所に戻し、佐伯は深く息を吐く。
新しい半紙を取り、筆を構える。
手首に残る刺青の感触を確認するように、墨を含ませ、ゆっくりと紙に落とす。
線は静かに呼吸し、深夜の部屋にだけ響く。
外の世界はもう寝静まり、電話も鳴らない。
それでも、確かに何かが残った。
机の上の見本誌は、静かに重さを主張している。
佐伯は筆を動かし、生活を続ける。
重みを受け入れたまま、墨と線の世界の中で。




