表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墨が乾くまで  作者: 男鹿七海
7/59

静かな受容

 夜も更け、外の街灯が窓越しに微かに差し込む。

 佐伯は机の上に置かれた見本誌を、そっと手に取る。表紙は伏せたままだ。ページをめくる指先に、紙の擦れる音だけが静かな部屋に響いた。その音がやけに大きく聞こえ、深夜の空気を震わせる。


 誰も居ない。姫川はもう帰った。

 言葉も評価も、必要ない。唯、重さを手の平で感じるだけだ。


 佐伯は煙草を取り出し、火を点ける。ゆっくりと七・八本を吸いながら、指先でページをめくる。

「───…。」

 文字もデザインも、評価しない。唯、目の前にあるものを受け取る。


 ページが揺れるたび、微かな感覚が胸に残る。

 でも、それを言葉にする必要はない。

 生活は変わらない。墨と筆、煙草の匂い、机の上の静かな光。


 見本誌を元の場所に戻し、佐伯は深く息を吐く。

 新しい半紙を取り、筆を構える。

 手首に残る刺青の感触を確認するように、墨を含ませ、ゆっくりと紙に落とす。

 線は静かに呼吸し、深夜の部屋にだけ響く。


 外の世界はもう寝静まり、電話も鳴らない。

 それでも、確かに何かが残った。

 机の上の見本誌は、静かに重さを主張している。

 佐伯は筆を動かし、生活を続ける。

 重みを受け入れたまま、墨と線の世界の中で。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ