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もしもあの子と入れ替われたら

作者: 明日朝明日
掲載日:2026/01/07

もしもあの子と入れ替われたら。

吐く息が白く凍る冬の朝、かじかむ手をこすり合わせながら、私は何度も考えていた。


クラスの人気者の響子さん。

綺麗な顔で、誰にでも優しく、成績も良く、いつも輪の中心にいる、そんな人。厚手のコートもマフラーも、彼女が身につけるとまるで特別な装飾品のようだった。


私は彼女を見ているつもりだったけれど、

本当は、彼女に見られていたのかもしれない。

視線が合うたびに、響子さんはいつも、少しだけ長く私を見ていた。


なんで私は彼女のようになれないのだろう。

なんでこんなにも不公平なのだろう。

そんな考えを、私は何度も繰り返していた。


次の日、目を覚まして鏡を見たときに、そこに響子さんの顔があった。

とても驚いたけれど、驚きよりも先に、喜びと納得があった。

何度も、何度も、同じことを考えていたからだ。

響子さんには申し訳ないけれど、少しの間だけこの姿を楽しませてほしい。


学校に行くと、私の体があった。

廊下の向こうで、私だったものがこちらを見ていた。

視線は合ったけど、何も起こらなかった。


私たちは、やはり入れ替わってしまったのだと分かった。


学校は、静かで思い描いた夢の中にいるようだった。

名前を呼ばれ、笑いかけられ、そこにいるだけで、居場所が用意されていた。


だけど、家に帰ると違和感が始まった。


玄関に入った瞬間に、空気が重くなる。

靴の並びは決まっていて、少しでも違うと、そのままにしておくことは許されない。

壁には紙が貼られていた。

同じ言葉が、同じ高さで、同じ間隔で並んでいる。


夕食では、箸の角度、噛む回数、視線の落としどころが決まっていた。

間違えると、食事は静かに下げられる。

空腹よりも先に、体が縮こまることを覚えた。


夜になると、私の部屋に両親が入ってくる。 そこからが、本当の地獄だった。


「今日の反省会」が始まる。

その日一日、私の笑顔が何度崩れたか、歩き方が何回乱れたか、点数が何点足りなかったか。

録画されていた映像を見せられながら、深夜まで糾弾が続く。


言葉による暴力ではない。

淡々と、機械のように「不良品であること」を指摘され続けるのだ。



眠ることは許されない。

教科書を暗記し、鏡の前で理想の表情を作る練習を何時間も繰り返す。

意識が飛びそうになっても、冷水を浴びせられてまた鏡の前に座らされる。濡れた髪と肌が、冬の夜気で痛みのように冷え切っていく。



翌朝、制服を着ると、目の下には化粧で隠しきれない隈ができている。 体が鉛のように重いのは、睡眠を与えられていないからだ。


学校では、私は相変わらず響子さんだった。

笑い、頷き、期待に応える。

昼と夜の落差が、少しずつ私の中を削っていった。


どれくらい経ったのか分からない。

学校で誰かに持て囃されようとも、それが私のものではないと分かっている分、響子さんの栄光に縋っているようで、心が苦しかった。

ただ、戻れるという考えだけが、細く残っていた。


早く元の体に戻りたい。


学校に行くと、私の席は空いていた。

昼過ぎに、屋上の話を聞いた。

落ちたのだという。

私の体が。


驚きはなかった。

納得だけがあった。


響子さんは、私の体で、普通に暮らしていた。

叱られず、縛られず、夜を恐れずに。

そして、戻らないことを選んだ。

戻ることよりも、死を選んだ。

あの体に戻るくらいなら、死んだほうがいいと思ったのだ。


私は、響子さんの家で暮らすことになった。

響子さんの名前で呼ばれ、同じ紙を見て、同じ夜を迎える。


部屋を片付けていると、ノートが見つかった。

同じ表紙のものが、何冊もある。

記録することは、ここでは咎められないらしかった。


筆跡は、途中から変わっていた。

入れ替わった記述。

元の体が死に、戻れなくなった記録。


響子という名前は、

最初から、誰かの逃げ場所だった。


最後のページに、私の名前があった。


鏡を見る。

そこに映るのは、響子さんの顔だ。


教室の隅で、

誰かが私を見ている。


かつての私と、同じ目で。


私は、その視線に気づきながら、

何も考えないふりをして、

静かに笑った。

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― 新着の感想 ―
これ、アイデアはすごくいいんだけど、描き方があらすじ的で、残念だと思ってしまいました。 日記形式にして、段階的に描いたら、ものすごくよくなるんじゃないかなぁ──とか思ってしまいました。
 巧いなあ。  入れ替わり願望も隣の芝生は青く見えるという皮肉で、現実に妥協して終わり。と思えば実は入れ替わり現象自体がループで解放された者を幾人も人を自殺させていたというオチ。果たして主人公は何人目…
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