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高遠朝霞の裏婚活  作者: 藤孝剛志


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3/3

一人目の3

「いえ! ちょっと待ってください! 不貞の輩のように思われるのは大変に心外です! 話を! 話を聞いてください!」

「え? でも婚約者いるのに婚活って……」

「この女なんなの? さっきから洋介様に失礼な口を利いて……」

「凜! お前は口を挟むな! 黙っていろ!」


 洋介が怒りを露わにした。落ち着いた物腰からは想像できない態度なので、これまでは多少の取り繕いがあったのかもしれない。


「えーと、お店で騒いだら迷惑だから皆落ち着こうか。凜ちゃんだっけ? とりあえず席についてくれない?」

「はぁ? なんであんたの言うこと聞かなきゃ――」

「座れ」


 静かだが有無を言わさぬ口調だった。凜は朝霞の隣りに座った。


 ――えぇ……なんでこっちくんの?


 普通に考えれば見知らぬ朝霞の隣ではなく、許嫁の隣に行くものだろう。だが、朝霞と洋介はテーブルを挟んで座っていて、凜は朝霞の背後にいた。

 つまり、即座に着席するには朝霞の隣にくるしかなかったのだ。少し震えているようにも見えるので、洋介に怯えているのかもしれない。


「失礼いたしました。その子は、四聞凜。分家の娘で、親が勝手に決めた許嫁です」


 洋介は()()()()()()を強調していた。

 凜は何か言いたげだったが、結局は口を閉ざしたままだった。


「うーん、だとすると凜ちゃんとしてはこの状況に異議を唱えたくはなるんじゃないですか?」


 見たところ、凜は婚約を不満には思っていないようだった。


「知らぬ間に勝手に決められている許嫁。いったい何時の時代の話だってことですよ!」

「でも伝統ある一族だったりするんでしょ?」

「そうなの! 様々な分家が存在するのは、一族の血統を存続させるためなんだから! 長老様がたが、最適の組み合わせを――」

「僕たちは家畜や野菜じゃないんだ! 品種改良のごとく勝手に決められてたまるか!」


 洋介から怒りが零れ出た。暗殺者という運命は受け入れているのに、婚約者が決められていることについては納得がいかないらしい。


「そういえば、一般の人とも結婚してるとか先ほど聞きましたけど」

「場合によりますね。血が濃くなりすぎるのを防ぐために、一般の方を迎え入れることもあるんです」

「なるほど。で、洋介さんはその場合ではなかったと。となると暗殺者一族のしきたりとかには逆らえないってのが定番かと思うんですが、そのあたりはどうなってるんですか?」

「もちろん一族において長老たちの決定は絶対です。ですが、僕としては唯々諾々と従うつもりもありませんでしたので、一か八かで大暴れしてみました。逆らえば殺すと言うのなら、先に殺してやろうと思ったわけです」

「お、おう」


 そこで殺すという選択肢が出てくるのが実に暗殺者らしかった。


「洋介様凄かったんだから! 八部衆を壊滅させ、長老連も半壊! もうこれは一族最強! つまり世界一の暗殺者ということ!」

「それで喜ぶのはどうなんだ」


 ただ強いということを喜んでいるようだが、凜にとっては究極の拒絶に等しいのではないかと朝霞は思った。


「そんなことがありまして長老連は折れました。僕に限っては結婚相手を好きに決めていいということになったんです。一族の血を残すのが目的なのに、全滅しては何の意味もないですしね」

「全滅まで暴れるつもりとか覚悟決まりすぎだろ」

「中途半端では意味がないですよ。やるなら徹底的にです」

「一族のしきたり的には問題なくなったと。じゃあ凜ちゃんは何をしに?」

「私は! 何も納得してない! 洋介様がそれでよくても私は全然よくないの! 私にとっては洋介様が婚約者なんだから! 長老様方は私には何もおっしゃってない! つまり以前のまま何も変わらないということでしょ!」

「凜……何度も言っているだろう。婚約は破――」

「ああああああーあ! 聞こえなーい! 何も聞こえないですー!」


 凜は両耳を押さえ大声でわめいた。あまりにも子供じみた馬鹿みたいな対応だが、これで押し通すと心に決めているのだろう。その動きはあまりにもスムーズだった。


「これなんですよ。四聞家に通達はしているんですが」


 洋介が呆れたように言った。


「えーっとですね。話はわかったんですが、そのあたりの問題を解決した上で婚活に臨まれてはどうです? 洋介さんが納得していてもお相手は納得してないわけですし、うやむやのまま進めてしまうのはどうなんでしょう?」

「それは耳の痛い問題ではあるんですが……いくら言っても聞かないんですよ。僕自身が我が儘を無理矢理通した形ですからね。彼女が己の裁量で我が儘を貫き通そうとしているのなら、それを否定できないというのもあって」

「それはお似合いとも言えそうな……といいますか暗殺者一族同士で結婚しておくのが一番すんなりといくやり方な気もしますよ?」

「なんだおまえ! 洋介様にちょっかいだすいけすかないやつかと思ったら話わかるじゃない! そう! 暗殺者は暗殺者と結婚するべきなの!」

「はぁ……暗殺者などという社会のゴミ以下、唾棄すべき存在と結婚などするわけがないでしょう?」


 洋介は見下げ果てたという目で凜を見ていて、朝霞は凜に少しばかり同情した。


「それで凜。君はなにをしに来たんだ?」

「婚約者だからに決まってるでしょ! 洋介様をかすめ取ろうとする泥棒猫の暗躍を見逃すわけにはいかないんだから!」

「泥棒猫とかリアルで初めて聞いたわ……」


 朝霞は妙な感慨を覚えた。


「常識的に考えて見合いの場に乱入するなどありえない。場を弁えることもできないのか?」

「婚約者がいるのに女と密会なんて浮気じゃない! 浮気現場を押さえるのに躊躇なんてしてられないんだから!」

「もう帰っていいですかね?」


 ここで朝霞にできることはない。お互いに言い分があるのかもしれないが、それは別の場所で勝手に解決しておいてほしかった。


「ちょっと待ってください! すぐに帰らせますので!」

「帰らない! 帰るのはこいつでしょ! 自分で帰るって言ってるじゃん!」

「凜。結婚は両性の合意のみに基いて成立すると憲法で定められている。それは婚約においても同様だろうし、どちらか一方が拒否すれば成立しないんだ」

「洋介様は私が嫌いなの!?」

「傷つけるかと思いその点を曖昧にしていたのが悪かったのか。いいだろう。この際はっきりと言わせてもらう」

「いや! 聞きたくない!」

「なんなんだよこの状況……」


 洋介の目はどんどん冷たくなっていくし、凜は両手で耳を押さえて頭を振っている。トラブルの気配を感じてか客はいつの間にかいなくなっているし、朝霞は段々といたたまれなくなってきた。


「だいたいこんな女のどこがいいの!? ブスだしおばさんじゃん! 私のほうが可愛いくて若くて強いんだから!」

「なんだと!? 標的を取り入る為に作られた外見になんの意味がある! 朝霞さんを見てみろ! 実に自然な! 飾り立てない美しさを誇っている!」

「だったら中身はどうなの! そんな誰からも求められず、今さら婚活してるような浅はかな女なんてきっとろくでもない性格に決まってる! 洋介様には相応しくない!」

「お前に朝霞さんの何がわかる! 彼女はお淑やかで、気立てが良くて、朗らかで、芯のある女性だ!」

「いや、今会ったばかりのお前が私の何を知ってんだよ……」


 いつの間にやら洋介の中で理想の女性像としての朝霞が確立されているようだった。


「わ、私は、洋介様大好きだし! むちゃくちゃ尽くすし!」

「僕は尽くされようなどとは思っていない! お互いを尊重した、対等な関係を望んでいる! だから君は僕の結婚相手たりえないんだ!」

「だったら……だったら! こんな女さえ!」


 朝霞は完全に油断していた。

 まさか自分に危害が及ぶなどとは思っていなかったのだ。

 刃が煌めき、金属音がし、テーブル上の食器が割れる。気づけば洋介が片足をテーブルに乗せていて、凜は朝霞の後方で血まみれになって膝をついていた。

  

「は?」


 結果から見ると、凜が朝霞を殺そうとし、洋介が助けてくれたのだろう。その過程で凜が手にしているナイフの刃が切断されて天井に突き刺さったり、テーブルの上が荒らされたり、血まみれになった凜がかろうじて飛び下がったりしたようだが、朝霞にはその一瞬で起こった出来事を認識することができなかった。


 ――え? 今、殺されかけてた? 私?


 この二人が暗殺者だということを朝霞はようやく実感した。言葉では理解していたが、それはどこか遠い世界の話のように思えていたのだ。


「なるほど。ならば僕にとっても同じ事が言えるな。君が死ねば当面の問題は解決だ」


 実力の差は明らかだった。

 他者への不意打ちに介入し、全身を切り刻み、洋介自身は無傷で汗一つかいていない。対する凜は満身創痍で、立ち上がることすらままならぬ様子だ。洋介がその気なら、逃げる間もなく死んでいたことだろう。

 見逃した理由は不明だが、それは今一瞬この時だけのことかもしれない。洋介は最初から好意的な眼差しをしていなかったが今では仇敵を見るかのようになっているからだ。

 洋介がテーブルから足を下ろし、通路へと出る。このまま決着をつけるつもりなのだろう。暗殺者同士、裏の人間同士の争いだ。朝霞には関係のない話だし、下手に関わらないのが賢い選択かもしれない。

 だが、朝霞は立ち上がり通路へと出た。

 こんなところで戦い始める非常識なやつらに心底むかついたからだ。


「朝霞さん、危険です! どいてください!」


 朝霞は凜をかばうように洋介の前に立ちはだかった。

 

「大丈夫でしょ。戦意喪失してるみたいだし。それよりもあんただよあんた。何やってんの?」


 戦闘中の暗殺者の間に割って入る。普通ならまずやらないし、やれないだろう。だが、朝霞は勢いだけの女だった。感情が昂ぶると、前後の状況を顧みずに無茶なことをしでかしてしまうのだ。


「それは……朝霞さんを守ろうと……」

「それはありがと。でもな! やりすぎなんだよ! ここはあんたらが住んでる薄暗い裏通りじゃねーだろ! もうちょいどうにかなったんじゃないの? めんどくさい奴だからついでに殺しちゃおうと思った? それは違うだろ! 別に人殺しを肯定するわけじゃないけどさ、あんたら依頼されて仕事する暗殺者でしょ? 感情にまかせて殺そうとするってどうなってんだよ。それは暗殺者として下も下だろうが! 単なる殺人鬼と何が違うんだよ!」

「それは……一族が相手だからで……いえ……言い訳できることなど何一つありませんね……」


 洋介は我にかえったようで、実に申し訳なさそうな顔になっていた。


「あ、救急車! えーと、店員さん? いや、自分で呼んだ方がはやい?」

「いえ、あの程度の傷なら対応できます」


 洋介が凜に近づいた。随分としょぼくれてしまっているので、もう凜に危害を加えるつもりはなさそうだった。


「そういや医者だったよね。てか救急車よりパトカーやってきそうだけど……」


 もう通報済みなのではないかと店員を見て朝霞は驚いた。のんきな顔をした若い女性店員が、実に落ち着いた様子でカウンターの中にいたからだ。


「えーと、すみません。随分とご迷惑を……」


 目が合ったので朝霞はつい謝った。特に何もしてはいないのだが、連れがやったことではあるので無関係とも言えないだろう。


「ん? ああ! こんなことはよくあるんで気にしなくていいですよ」

「よくあんのかよ!」


 大らかすぎて朝霞は不安になってきた。


  *****


「お見合いどうだったぁ?」


 朝霞は、橘花子お見合い道場の応接室で師範代の聖子と向かい合っていた。

 あの後、洋介は凜を連れて去って行ったので朝霞はとりあえずここにやってきたのだ。


「ないでしょ! 暗殺者って!」

「んー? 職業差別は駄目じゃない?」

「あれ職業なんですかね?」

「職業ではあるでしょー。まあそっちで所得税払ったりはしてないと思うけど」

「人をコロコロしてるわけですよね?」


 なんとなく口憚ったので、朝霞は少しばかり可愛く言ってみた。


「んー、とはいってもそこを気にしすぎるのもどうかと思うんだけどなぁ。例えば軍人だとか警察官だとか刑吏だとか合法的にコロコロしちゃう職業もあるし、正当防衛だとか緊急避難だとか仕方ないケースもあるんだけどそれも批難しちゃうの?」

「それとこれとは話が違うんじゃないですか?」

「一緒だよ。要は線引きの問題であって、その線ってのは文化、習俗、法律、気分、関係性なんかで変わりうるわけね。ま、そこはともかく、お返事は早い方がいいんだけど」

「あ、そーゆーシステムなんでしたっけ」


 朝霞もなんとなくでしか結婚相談所のことは知らなかったので、これから具体的にどうするかを知らなかった。


「うん。少なくとも次の日ぐらいまでには返事……と多聞くんから連絡がきてるね」


 聖子がスマートフォンを確認した。


「ああ、そりゃそうですよね。向こうにも決定権があるわけだし」

「また会いたいって」

「嘘でしょ!? 私えらそうな説教とかかましちゃいましたけど!?」

「朝霞さんはどうするの?」

「えー……嫌かっていうと……職業以外の部分だと人柄は好印象ではあったような……顔は全然OKで……でもいきなり暴れ出したしなぁ……でもそれは私を守るためだったわけで……でも暴力で解決って選択肢が自然に出てくるのも……」

「じゃあOKということで」

「なんでですか!? 今悩んでるの見てましたよね!?」

「悩むってことはOKでいいんだって。絶対にダメなら即断できるんだしさぁ。微妙かなぁって思うところはこれから確認していけばいいんだし。ということで、次のお相手なんだけどぉ」

「OKしといて別の人と会うんですか?」

「そーゆーもんだよ? 婚活中は仮交際ってことで複数の人と交際するのは当たり前だから」

「はぁ……そーゆーもんですか」

「そうそう。任せといて! あのぐらいのイケメンならまだまだ用意できるから!」

「でも難ありなんですよね?」

「そりゃね。パーフェクトイケメンはとっくに売り切れてますよってのが大前提なわけだから」

「うーん……まあ会ってみれば案外悪くないってことも……でもなぁ、暗殺者とかが出てくるんだよなぁ……」


 ――あれ? そういや入門の返事したっけ? 仮入門でお試しだったような……。


 どうやら、なし崩し的に入門したことになっているようだった。

一人目となってますが、二人目以降は未定です。とりあえずおかしな人とお見合いすればいいだけなので、続きを書くのは比較的簡単な気もしていますが。

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