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高遠朝霞の裏婚活  作者: 藤孝剛志


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2/3

一人目の2

「犯罪者じゃん! なんで婚活やってんだよ!」

「犯罪と結婚に関連はありませんし、犯罪者は結婚できないとなると人権問題かと思いますが。ほら、ヤクザには姉さんと呼ばれる立場の女性がいるじゃないですか。あ、ご心配なく、今のはただの例えですので。指定暴力団などに所属してはいませんから、社会的な活動で制限はありませんよ」


 一般的に、反社会的勢力と認知されている組織に所属している場合様々な制限がある。銀行口座を作れないなどはわかりやすい例だろう。そういった不利益を懸念していると思われたようだが、もちろん心配しているのはそんなことではない。


「そーゆーことじゃなくて……人殺しでしょ。嫌に決まってるじゃないですか!」

「仰る通りです、気が合いますね! 僕もそうなんですよ。人殺しなんて大嫌いです」

「え? あなたはそれを仕事でやってるんですよね?」

「はい。ですが好き嫌いと仕事ってそれほど関係ありますか? 好きなことで生きていくって、動画クリエイターじゃないんですから」

「まあ、向いてることとやりたいことが違うなんてのはよくある話ではありますけど」

「しかしこう言っては失礼かもしれませんが、随分と肝が据わっておられますね。さすがといいますか。普通、怯えるなり逃げるなり嫌悪感を表すなりされるものかと。それとも冗談と思われているんでしょうか」

「冗談だとすれば空気読めない最悪のヤツですけどね。というか公の場所でこんなこと喋ってていいんですか?」

「大丈夫ですよ。それこそ冗談と思われるか、漫画の話でもしているかと思われるぐらいでしょう」


 確かに、暗殺者が登場するエンターテイメント作品などいくらでもある。物騒なことを喋っていたとしても、それをそのままの意味で受け取られることはないだろう。


「確かに本物がカフェでおしゃべりしてるとか思わないでしょうけど」

「それで、どうでしょう。人殺しとこのままお見合いはできないでしょうか?」

「んー……人殺しだからどうとかってのは……あまり思わないですね」


 朝霞は特殊な環境に身を置きすぎたせいで殺人への忌避感が薄れてしまっていた。もちろん、殺人を肯定するつもりはないのだが、あまりにも日常にありふれすぎてしまっているので今さらいちいち騒ぎたててもいられないのだ。


「よかった。まずは一つ目のハードルをクリアですね! そこが駄目ならどうしようもなかったですし」


 安心したのか、洋介は胸をなでおろしていた。


「いや、犯罪者ってだけでNGでいい気もするんですが……」

「なるほど、もちろん僕の業務上の行為は法に照らせば犯罪です。ですが証拠を残したことはありませんし、起訴されたことも逮捕されたこともありませんので、公にはクリーンな状態ですよ?」

「いやいやいや、ばれんかったらOKみたいなこと言われましても……ばれんかったらいいのか?」


 超法規的措置により様々な犯罪行為がお咎めなしになっている存在が身近にいるので、その点を批難するのもどうかと思えてきた。証拠がない分、洋介の方がましとも言えるだろう。


「うーん……ばれてなくて公には問題ないのなら暗殺者だなんて言わなければいいのでは? 普段から暗殺者でございと言いふらしてないんなら、表向きの職業をお持ちだったりするんですよね?」

「はい、普段は野呂総合病院に勤務しています。本業の依頼がない場合は医師として働いていますね」

「え!?  それを前面に出せば婚活なんてどうにでもなるんじゃないですか?」


 若くてイケメンで医者でおそらくは高収入。引く手数多だろうと朝霞には思えた。


「僕は夫婦の間に隠し事はあるべきではないと思っています」

「真面目か! ……いや、でも表向きには医者なら……」


 朝霞はもう少しだけ話を聞いてみようかと思った。

 物腰は落ち着いていて誠実な性格のようだし、朝霞の望み通りに整った顔をしている。暗殺者と言うからどこかに隠れ潜んでいるのかとも思ったが、表向きには医師としての社会的地位もあるようだ。難ありについては最初から聞いていたわけだし、ただ否定することもできないだろう。


 ――決して、医者だからじゃない! 真面目そうだし、話ぐらい聞いてもいいかなってだけだから!


 朝霞は、誰にともなく言い訳をしていた。


「暗殺者である僕を受け入れた上で結婚していただきたい。そう思っているんです」

「その、暗殺者をやめるわけにはいかないんでしょうか?」


 やめて問題なしとはならないだろうが、罪を重ねるよりは遥かにましであろうと朝霞は思った。


「それは……とても難しいとお考えください。もちろん僕も好きでやっているわけでもないし、こんな生活から抜け出したいと少しは考えたことがあります。ですが、僕の一族は古来から暗殺を生業としている暗殺者一家なんです。もちろん足抜けは許されていませんし、仮に抜けられたとしても、その場合待っているのは常に刺客に怯える過酷な逃走の日々です。そんな状況に妻を巻き込むことなどとても……」

「な、なるほど。個人で請けているわけではなく、そういった組織的な……えーと、その話を聞かされている私は大丈夫なんですかね?」

「あ、先に言っておくべきでした。その点はご安心ください。橘花子お見合い道場を通してますので、成婚に至らなかったとしても朝霞さんが不利益を被ることは絶対にありません。もっとも一族のことを吹聴された場合はその限りではありませんが」

「何者なんだよ、橘花子!」


 まったくそんな気はしなかったが、どうやら裏の世界で絶大な信頼がある結婚相談所らしかった。


「結婚相手として、一般の方を迎えるのはよくあることですので、その点もお気になさらず。しかし、申し訳ないのですが離婚は難しいとお考えください。一族の闇を知ってしまうとさすがに……」


 それを伝えてしまうあたり、正直者ではありそうだった。


「えーと、そもそも暗殺者というのが具体的にはどのようなものなのかがいまいちわからないんですけど」


 なんとなくのイメージはあるが、それは物語などで見聞きしたにすぎない。本物が何をどうしているのかなど聞いてみなければわからないだろう。


「なるほど。では我が一族について簡単にお伝えしましょう。まず、依頼を受けて業務を行っています。その点で快楽殺人鬼ですとか、独りよがりの正義感をもとに明確な根拠もなしに悪人と決めつけ断罪している正義の味方もどきなどとは明確に異なります」

「うん。なんかヒーロー嫌いみたいなのはわかりました。なんかあったんですかね」

「依頼の諾否は長老連が決めていますので、そこに僕の意思は介在していません。ただやりにくい相手などもいますので、断ることはできます」

「あ、命令は絶対だ! みたいなブラックな感じじゃないんですね」

「はい。ですが、誰かしらは対応することになりますのでターゲットが助かることはほぼないんですが」

「ターゲットってどんな人なんでしょうか? そこら辺の人じゃないですよね?」

「さすがに具体的には言えないんですが、一般の方がターゲットとなることはほぼありません。主な顧客は日本政府や、裏社会の重鎮などですので、必然的に彼らにとって邪魔な存在ということになります」

「日本政府ってそんなことやってんですか!?」

「社会を維持するためには綺麗事だけでは済まないのでしょうね。僕の一族は古来から時の権力者に重宝されていて、持ちつ持たれつといった関係だったようです」

「いや、やってるわ。やってんの見たわ……」


 朝霞はぼそりとつぶやいた。

 朝霞自身、国家権力が秘密裏に運営している研究所に所属していて、彼らが裏で無茶苦茶なことをしているのは十分に知っていたのだ。


 ――あれ? こうして聞いてると……暗殺者って字面はともかくとして、普段私が関わってる人たちとそんなに変わらない? いや……でもさすがに暗殺者は……。でも案外まっとうに働いているようにも……いやいやいや! 誤魔化されるな、私!


 一目惚れと言うわけではないし、今の所はものすごく惹かれるということもない。だが、切って捨てるほど駄目とは言いきれなかった。


「政府とつながりがあることからもわかるように、僕たちの存在は非公式にではありますが認められているわけで、ただの犯罪者集団ではないのです。そこらの闇サイトで勝手に受注している素人暗殺者とは一線を画していると思ってください」

「あ、一緒にするなっていうプライドはあるんですね」

「確かに朝霞さんから見れば変わりはないでしょうし、やってることは一緒だと言われてしまえばそれまでなんですけどね」


 一瞬怒らせてしまったかと朝霞は思ったのだが、洋介は自嘲するように言った。


「ざっとこんなところでしょうか。具体的な暗殺手法などをお知りになりたいわけでもないでしょうし」

「あ、こんなこと聞くのもどうかとは思うんですが、気になっちゃったこと一つ聞いていいですか?」

「はい、一つと言わずいくらでも」

「病院勤務とのことですが、暗殺の方のお仕事もそこで?」


 下世話な興味ではあるが、野呂総合病院には朝霞も何度かお世話になったことがある。そこが暗殺の舞台なのであれば今後の受診は考え物だと思ってしまったのだ。


「それだけはないですね。たとえターゲットが入院したとしても、病院にいる間だけは僕が誰にも手出しさせませんよ」


 職業倫理としてどちらが優先されるのか気になって聞いたのだが、そこは医師としての自分が勝つらしい。


 ――だったらもう医者ということでいいのでは?


「な、なるほど。すみません、失礼なこと聞いちゃって」

「いえ、心配になるのは当然だと思いますよ。その、僕のことばかり喋りましたが、朝霞さんのお話を伺ってもいいですか?」

「あ、そうですね。なんだか圧倒されちゃってただ聞いてばかりで――」

「誰よ、この女」


 唐突に、女の声が割って入った。

 周囲の喧噪の一つなどではなく、それは朝霞の背後から洋介へと向けられていた。


「凜……どうしてここに?」


 洋介が呆然となっている。朝霞は振り向き、そこにいる闖入者を確認した。

 少女だった。明らかに朝霞よりも若く、高校生ぐらいにしか見えない美少女だ。

 この女という言葉には敵意しか感じなかったが、幸いにもその敵意は洋介へと向けられていた。彼女はまっすぐに洋介を睨み付けているのだ。


「え? 誰?」


 朝霞は洋介に向き直り聞いた。


「その……許嫁です」

「なんで婚活やってんだよ!?」


 当然の疑問を朝霞は口にした。

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