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高遠朝霞の裏婚活  作者: 藤孝剛志


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1/3

一人目の1

「高遠朝霞さんね。29才!? 私と同じぐらいにしか見えないんだけど! 職業は会社役員? その歳ですごー! 年収億超えってマジぃ?」

「あの、一ついいですかね?」

「なに?」

「ここは橘花子お見合い道場で、看板には頼りがいのある感じのマダムのお写真がデカデカと載ってたんですが、あなたが花子さん?」

「ちゃうよー。花子は私の母で、私は橘聖子。母は一線を引いてるので実作業は私が担ってまーす!」


 最寄り駅近くにあるビルの四階。高遠朝霞は応接室で橘聖子と向かい合っていた。聖子は朝霞が持ってきたプロフィールを読んでいるのだが、どうにも態度が適当だった。

 看板に出ていた花子は貫禄と風格を思わせる容姿をしていたのでその点で期待をしたのだが、朝霞よりも若く見えるチャラそうな聖子が出てきたので不安になってきたのだ。


「えーと、いきなりすぎてびっくりしてるんですが、受付の人とかいないんですか?」


 結婚相談所をどう利用すればいいのかよくわからなかった朝霞は、とりあえず履歴書もどきのプロフィールを持って飛び込んでみたのだ。すると奥から出てきた聖子がプロフィールを奪い取り、朝霞をソファに座らせたのだった。


「一人でやってるからね。あ、不安になった? 大丈夫! うちはむちゃくちゃ実績あるから! って今さらだけど、結婚相手を探しに来たんだよね?」

「まあそうなんですけど、入会の検討段階なのでとりあえず話を聞かせていただこうかと」

「ふむふむ。じゃあ一個ずつやってこうか。29歳で婚活はじめるのはちょい遅いかな、って思うんだけどこれまではどうしてたの?」

「え? 相談もうはじまっちゃう感じですか?」

「そりゃ話聞かないとこっちもどーしよーもないし? あ、無理矢理入門させるなんてしないし、ここで聞いたことはもちろん秘密だよー」


 聖子は相談員にしてはあまりにも若く見えて不安だが、ここで帰っても意味がないと朝霞は考えた。相談所を利用しようと思ったのは今回が初めてだし、どのようなものかを一通り体験するのも悪くないと思ったのだ。


「そうですね……婚活っぽいことをやってはいたんですがそれほど真剣じゃなかったですね。合コンですとか、婚活パーティとか、そのあたりに参加してみたりは。マッチングアプリとかは相手の素性が不確かな気がして」


 朝霞が真剣になったのは29歳の誕生日を迎えたからだった。28から29へ。たった一年の違いではあるがそのインパクトはかなり大きい。30歳目前ともなればいよいよ大台というプレッシャーを感じ始めたのだ。


「なるほどねぇ。あ、門下生の身元はばっちりだからそのあたりは安心してよ。だから朝霞さんの身元も勝手にばっちり調査しちゃうけど、このプロフィールって本当? ってかさすがにここまで大胆な嘘は書かないか」

「職業はあんまりはっきりしてないというかですね。嘘じゃないんですが」


 朝霞は曖昧にするべく笑った。

 実は、独立行政法人高次生命科学研究所に勤めているので、職業としては団体職員が正しいのだ。だが、ここでの仕事は公にできるものではなかった。業務内容は大袈裟ではなく世界の平和を守ることなのだが、そんなことを馬鹿正直に伝えたところで誰も信じはしないだろう。

 そこで、朝霞は表向きには会社経営者ということになっていた。研究所で得た法外な給料を貯蓄するだけでは勿体ないと思い、不動産投資などを始めたところすんなりと成功してしまったのだ。節税なども考えて法人化し、今では投資会社の最高経営責任者ということになっているのだが、社員がいるわけでもないので日々のんびりと過ごしているだけだった。つまり積極的に働いているわけではなく、実質としては無職に近いのだ。


「ふむふむふむ。朝霞さんは美人だし、お金も持ってるしでモテない要素がないような……? つまり選り好みしてる?」

「選り好みっていうか、誰でもいいってわけにはいかないですよね? たとえばお金持ってるからってそれをあてにされるのはどうかと思いますし」


 金目当てで寄ってくるような男などろくでもないに決まっている。大富豪である必要はないが、自立した社会人であることは最低限の要素だと思っていた。


「そうなんだよー。お互いに誰でもよくないんだよねぇ。でもまぁ美人だろうと金持ってようと性格がよかろうと、売れ残りって事実には変わりないんだよねぇ。そこは正しく認識しとかないとダメだよ?」


 年上だとか会員になるかもしれないだとかは聖子には関係がないらしく、もう取り繕おうとすらしていなかった。


「うぐっ。結婚相談所の人がそれでいいんですか!」

「そりゃそーよー。問題から目を背けてたって何も解決しないんだから。あ、普通の男性は普通じゃないって話しする?」

「それぐらいは知ってますが。ネットで話題になってましたし」


 同年代、大卒、正社員、年収500万以上、長男以外、中肉中背、身長165センチ以上、誠実。それぞれは大したことのない条件でも、全てを満たす男性と出会うのは中々に難しい。そんなトピックが一時期話題になっていたのだ。


「うん。じゃあ優先順位と妥協が必要ってのはわかるよね? ずばり! 朝霞さんが結婚相手に望むことはなに!?」

「うーん……年齢は離れすぎてなければいいと思いますが絶対条件ではないです。ちゃんと働いていれば、経歴だとか就業形態とかは気にしないですね。身長は私より高いほうがいいとは思うんですがそれほどこだわるところでもないですし……」


 あらためて考えてみると、それほど高いハードルを設定しているわけではなかった。では、これまでに出会った相手の何が不満だったのか。

 朝霞は沈思黙考し、己の無意識と向かい合った。

 そして、とても嫌な可能性が浮上してきた。


「朝霞さん、面食いでしょ」

「え!? 心読みました!?」


 よくよく考えてみれば、顔が気に入らないの一事に尽きたのだ。


「あとは容姿ぐらいかなと」

「いやぁ……そんなつもりなかったんですが……考えてみるとそうでした……でもですよ? 気に入らない顔の人と暮らしたいですか!? イケメンの方がいいって皆思ってませんか!?」

「正直でいいけど、普通はそのあたりなんとなく誤魔化すよね。清潔感がある、とかで」

「でもどうなんですかね。イケメンがいいって言ってそれで紹介してもらえるものなんですか?」

「うーん……どの程度のイケメンかによるねー」

「あ、さっき言いましたけどイケメンでも働いてないヒモとかは嫌なので」

「具体的にこんな人ってのあります? 芸能人とかでもいいですけど」

「うーん、芸能人とかあんまり詳しくないんですけど……あ! でも基準になりそうなのありますよ! 一緒に住んでてずっと見てるので最低限このぐらいは」


 朝霞はスマートフォンのアルバムから同居人の写真を選び、聖子に見せた。

 ずっと一緒に暮らしている高校生の男の子で、特別にイケメンとも思ってないがこれ以下だと気になってしまうだろう。


「おお! いいじゃん! てか誰? 弟?」

「いや、なんていえばいいのか。一緒に住んでるんだけど、家族じゃないんだけど面倒みてるっていうか」

「どういうことだよ! じゃあこれと結婚すりゃいいじゃん!」

「事情が複雑なんだよ! 弟とか子供とかそんな感じなの!」

「まあ、基準はわかったよ。この子に似てるっていうよりは、この子ぐらいにはイケメンってことね」

「そんな感じですけど、どうですかね?」

「うーん……ちゃんと働いてて同年代のイケメン……ぶっちゃけると、そんな都合のいいヤツはいない」

「ですよねー」


 当たり前すぎる話だった。そんな好条件の相手はさっさと結婚してしまっているのが世の常だ。


「普通の結婚相談所ならね」

「普通、ですよね?」


 朝霞はあたりをキョロキョロと見回した。なんの変哲もない応接室だ。他の結婚相談所のことは知らないが少なくともこの事務所におかしなところはない。では老舗の信頼感だとか相談員のカリスマ性だとかが特別だと言いたいのかと納得しかけて、朝霞は妙なことに気づいた。

 窓の外が赤いのだ。

 まだ午前中なので夕焼けのはずもなく、気になった朝霞は窓に近づいた。

 空は真っ赤で、街は黒かった。建物は墨に染められたように真っ黒で、それはさながら影絵のようだった。


「狭間……」


 思わず口をついていた。朝霞は以前にもこの不思議な世界を訪れたことがあったのだ。ここは、普通の世界と同じ様で少し違うずれた世界。怪しい輩が都合よく利用している、常人には辿り着けない世界だった。


「え? ここどこ?」

「ベタで悪いんだけど、このビルに四階はないし、普通はうちの存在には気づけないんだよねぇ」


 血の気が引いた。いつの間にか怪異に巻き込まれてしまったのかと、妖かしに囚われたのかと嫌な予感が脳裏を駆け巡る。


「あぁ! 普通じゃないっておかしな場所にあるとかそーゆーこといいたいんじゃなくて!」

「でも!」

「普通に出口から外に出れば帰れるから落ち着いてよ」


 素直に信用していいのかはわからないが、とりあえず朝霞は席に戻った。落ち着けているかは定かではないが、錯乱したところで何も解決しないと開き直ったのだ。


「で。そんな都合のいいヤツはいない。ってのはそうなんだけど、ちゃんと働いてて同年代のイケメンで難あり。ならいるんだよねぇ」

「難あり?」

「うん。高収入で若くてイケメン。なんだけどあんまりおすすめできないってのがうちには結構いるんだよぉ。イケメンであることが絶対条件で、他の要素に目をつぶれるならいけるかなぁって」

「いやいやいや、それって難ありの内容次第ですよね?」

「うん。なんだけど、守秘義務があるからさぁ。ここから先は門下生になってもらわないとね!」

「うさんくさすぎる!」


 立地といい難ありといい何もかもがうさんくさく、さっさと帰ろうかと朝霞は思いはじめていた。


  *****


「うさんくさいとは思いつつ、ものは試しと思っちゃったんだよなぁ」


 数日後、朝霞はカフェの一席にいた。

 お見合い道場には仮入門ということになり、まずは一人会ってみることになったのだ。ちなみにこの結婚相談所は道場を模しているので、オーナーは師範で相談員は師範代。会員は門下生ということになっている。

 待ち合わせ時間の少し前、相手はまだ来ておらず、誰がくるのかもわかっていなかった。

 プロフィールを知ってしまえばそれだけで朝霞が難色を示すかもしれない。イケメンであるかどうかが最重要なのだから、まずは会ってみて気に入るかどうかからはじめるのがよいだろうとのことだった。


「先入観を排除するって言われても、写真ぐらいは見といてもいいんじゃ……」

「お待たせしました」


 声をかけられ、朝霞は顔を上げた。

 スーツ姿の男だった。


 ――ほう?


 華美な印象はないが、整った顔の男だった。一見すると平凡にも見えるが、パーツの位置が理想的で非の打ち所がない。上から目線のようで申し訳なく思いつつも、朝霞は及第点は軽く超えていると判断した。

 顔だけであれば今の所はなんの問題もない。だが、聖子がいうところの難ありだ。用心してかかる必要があった。


「はじめまして。高遠朝霞さんでよろしいですか。僕は多聞洋介と言います」


 物腰も柔らかく、礼儀正しく思える。表面だけではなんとも言えないが、見る限りでは粗暴な印象は受けなかった。


「あ、はじめまして。これはご丁寧に」


 ――で? どう切り出せば?


 向かいの席に座った洋介を見ながら少し考えた。

 まさか、あなたはどのあたりに問題があるんですか? と聞くわけにもいかない。


「その、事前にプロフィールなどお伝えいただいていないんですが、多聞さんは私のことは?」

「はい、一方的で申し訳ないのですが一通り確認させていただきました。いや、写真で見たよりも実にお美しい」

「ありがとうございます。えー、じゃあこの場で聞かせていただく感じでしょうか。ご職業など伺っても?」


 社会人であるならば職業から聞くのが手っ取り早いだろう。それだけでも為人はなんとなくわかるものだ。


「はい、暗殺者をやっております」

「難ありすぎだろ!」


 朝霞は、ここにいない聖子に激しくツッコんでいた。

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