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6行動目 日陰者の早とちり

新舞さんの期末テストに向けた勉強を全力でサポートすることになった生物部の4人は、放課後、新舞さんの家に行き、みんなで勉強会をおこなう。

解説の準備もばっちり。

妹と選んだ珠玉の一冊を持ち込み、すぐにフォローできるよう身構えていた3人だったが……


俺:卑屈でぼっち。中間はクラス3位。

カイ:熱血なクラス委員長。中間はクラス1位。

ユイ:毒舌なメガネ女。中間はクラス2位。

新舞さん:ガチ陽キャ。次頑張ろう。

 本日は「新舞さんを助ける」勉強会の初日。俺たち生物部は今、新舞さんの部屋の丸テーブルを4人で囲み、彼女の様子を伺っている。

 1週間前に行なわれた前期中間テスト。中学の内容が大半を占めたにも関わらず、無情にも叩き出された新舞さんの絶望的な点数の原因は、彼女の頭が悪いからではなく、ただ「復習をしていないから」だった。

 土日のショッピングで妹に選んでもらった『中学内容を7日間で総合復習』の解説ページを、彼女は1単元につき10分ほどで読み進めていき、すぐに問題に取り組む。

 ……問題を解くスピードがとんでもなく速い。どうやらこれが彼女の本気らしい。

 「丸つけお願いしまーす」

 新舞さんから差し出されたノートを受け取る。字はマジで汚いが、模範解答との相違はない。

 「これなら安心だね!引き続き復習を進めてくれ!早ければ次の勉強会で中間テストの解き直しをしよう!」

 カイがそう言うと、新舞さんはニッコリと笑って俺からノートを受け取り、また数学の問題に取り掛かる。

 その後も順調に進んでいき、スタートから3時間後の21:30に切り上げとなった。新舞さん以外、俺を含む3人はいつでも質問に答えられるよう身構えていたが、実際は丸つけと多少の褒め言葉をかけるだけ。新舞さんの達成感にあふれた表情を見ると、今回の勉強会は非常に有意義であった。

 そのまま家で別れればいいのに、「駅まで送る」と言って引かない新舞さんを説得するのは中々骨が折れた。今日イチ苦労したぞ。

 ユイは新舞さんの家に残るとのことで、俺とカイは2人で駅に向かう。

 「葉山くん、問題集選びありがとう!おかげで彼女もかなり自信がついたようだ!」

 「妹が良いのを選んでくれてね。」

 「そうなのか!あの調子なら、もう僕が行けなくても安心だね!」

 へ?

 「どういうこと?」

 カイは申し訳なさそうな顔をする。

 「サッカー部が人手不足なのは知っているかい?」

 そういえば、校内新聞で募集の記事を見かけたな。2年生が過酷な練習スケジュールに耐えきれず、大量に退部したことが原因らしい。

 「知ってるけど、それがどうしたの?」

 「僕が色々な部活に助っ人として参戦しているのは前に話したと思うんだが、今回はそのサッカー部から依頼されてね」 

 「へえ」

 「期末テストの次の土日が大会らしくてね。それに向けて、重点的に練習することになったんだ。」

 期末テストの後はすぐに大会なのか……サッカー部も大変だな。

 「ちなみに週何で練習なの?」

 「ああ!月火木金土さ!」

 !?

 「え、てことは」

 「勉強会にはいけそうにないな!」

 やばすぎるぞこれ。カイがいなくなったら、俺一人で女子二人を相手することになる。何とか阻止したい。

 「え、えと……水曜日はどう?」

 口に出してすぐ気づいた。コイツ、まともに休める日が水曜と日曜しかない。それくらい、ゆっくりさせてあげるのが優しさだろうか。

 「水曜は町内会の集まりがあってね!申し訳ないが難しいな!」

 水曜も埋まってた。コイツの体力どうなってるんだ。

 カイの日曜日の過ごし方について話していると、いつの間にか駅に着いていた。

 「練習は今週の木曜から参加する予定だ!明日二人にも事情を説明するよ!申し訳ない!」

 「いや、全然……頑張って。」

 申し訳なさそうな表情で元気よく手を振るカイと別れ、俺は誰もいない駅ホームのイスに腰掛ける。

 ───憂鬱になってきた。

 カイがいないと、あの空気感は保てない。和みつつも引き締まっていたのは、カイが主導して進めていたからだ。

 ユイは俺に当たりが強いし……新舞さんはいずれ飽きてしまう気がする。

 そうこう考えているうちに、俺は目当ての電車がちょうど出発することに気づいた。電光掲示板を確認すると、次は30分後らしい。やってしまった……

 「乗らなくてよかったんですか?」

 「あ、はい……普通に気づきませんでした」

 ……

 ……

 ……誰?

 横を見ると、こちらにじーっと顔を向けてくる女が。ユイだ。

 「何してんの」

 「こっちのセリフです。アナタ、私よりだいぶ前に家を出たはずですよね。」

 「はい」

 「待ち伏せでもしてたんですか?待ち伏せ系ストーカーなんですか?」

 「してません」

 なんなんだコイツ。

 相変わらずメガネは曇っているが、眉間にシワが寄っている。というか制服は崩れてるし、心なしか息が荒い気がする。

 「……もしかして走ってきたの?」

 「どうしてそう思うんですか?」

 「さっきの電車に乗ろうとして間に合わなかったのかなって」

 「そんなヘマする訳ないじゃないですか。」

 「でも次の電車まであと1時間弱あるよ」

 「……」

 図星かよ。

 「2人で残ってたみたいだけど、何してたの?」

 「お勉強です。」

 「なんの教科?」

 「保健です」

 保健か。今回のテスト範囲は……なるほど。決してやましいことは無いな。決して。

 「順調?」

 「実物を見て確認しようとしたのですが、止められました」 

 当たり前だ。

 「あ、そういえば。」

 ユイがバッグを漁り、市販のチョコを俺に差し出してきた。

 「先程マイにもあげたやつです。どうぞ。」

 「……これ、アルコール入ってるみたいだけど」

 「え」

 焦って俺からチョコを取り上げる。コイツ今、新舞さんにも渡したって言ったな。

 「新舞さんは大丈夫なの?」

 「多分、大丈夫です。」

 チョコのパッケージを見つめながら歯切れ悪く返す。ところで、さっきからスマホの通知が鳴り止んでいないみたいだが……。

 「マイからやたらとスタンプが送られてきています。彼女、普段スタンプとか使わないんですが。」

 通知の欄に『+99』と表示されている。絶対そのチョコのせいじゃん。

 「……様子見てきたら?」

 「……そうします。」

 珍しく焦っているらしい。息遣いが少し荒くなった。

 小走りで駅を出るユイを見届けると、またしても駅ホームには俺1人となった。時刻は22時。昼間は学生が多く利用するが、夜になるとそれが嘘のように静かになる。

 今日のことを振り返りながら、ぼんやりと駅を眺めていた。 


 何も考えられないほどに頭が空っぽになってきた頃、俺の携帯からも無数の通知音が鳴り響くことに気づく。22時30分、送り主は───ユイだ。

 最新の通知は3秒前。そこにはただ「助けて」と表示されていた。細かいことを考える前に体が動く。

 何かあったのだろうか。

 新舞さんの家に再度向かうと言っていた。外は全て飲み込んでしまうような暗さ。生意気だが、ああ見えてれっきとした女だ……

 「……急がないと。」

 走りながら思わず口に出してしまう。こういう時、日頃からランニングをしていてよかったと思う。

 息をぜえぜえ切らしながら走ること10分。新舞さんの家に着いた俺は膝に手をつく。親はまだ帰ってきていないらしい。特に物音は聞こえないが、新舞さんの部屋の明かりはついていた。

 躊躇なく家に入り、階段を上る。何かあった時用に、俺は常に小さい木刀を携帯している。いざとなったら、これで……

 部屋の前に着くと、ユイの抵抗する声が聞こえた。一瞬進む足が止まったが、俺は木刀を握りしめて部屋に入る。

 「葉山さん!」

 ドアを開けるのとほぼ同時にユイの声がした。目の前には、必死の表情で助けを求めるユイと、それに覆いかぶさる女が。あの髪型、制服……新舞さんか?

 2人は床に転がってモゾモゾと動いている。

 「あ、あの!早く助け……そこ握っちゃダメだって!」

 振りほどこうとするも、長い腕と足でがっしりユイを掴んだ新舞さんはびくともしない。コイツが俺にメッセージを送ってきたのは……なるほど。これが原因か。

 手に持っていた木刀を丁寧にしまい、部屋を出ようとドアに手をかける。

 「ちょ!もしかして見捨てる気ですか!?」

 「だってイチャイチャしてるだけだし。」

 「苦しいんですよ!しかも力強くて!」

 「そういうプレイでは」

 「はっ倒しますよ!?」

 割と本当に苦しそうだ。百合の間に割り込むのはご法度だが……今回ばかりは助けないと今後の俺の身が危ないな。

 さっきのチョコで意識が朦朧としているらしい新舞さんの四肢をユイの体から離すと、そのまま持ち上げてベッドに寝かせた。

 新舞さんが寝息をたてるのを確認すると、突然身体の力が抜けてしまった。当然だ。最悪の可能性を見越して、あらゆる手を考え、脇目も振らずに走ってきたのだ。信号、何個無視しかけたかな。

 「よく戻ってこれましたね。」

 そんな俺の心の内を知らないユイは、普段通りの調子で制服を整え始める。

 「LINEなんて見ないだろうなって思ってました。」

 あれだけ送られたらイヤでも目に入る。

 「というか……ふふ。走ってきたんですか?」

 「当たり前だろ」

 ……何が、おかしいんだ?

 ユイはいつもと変わらない。それどころか、少し楽しそうだ。


 『助けて』


 あの時、ユイの一言が俺を突き動かした。こんな夜遅くに、女1人で戻らせたという「責任」を感じたのだろうか。とにかく、自分の身に何があっても、絶対に対処してみせる……はずだったんだけど。

 実際は全然大ごとじゃなくて。俺の早とちりだった。

 ……だから、笑われても無理はない。陰キャが珍しく張り切っちゃった、ただそれだけなんだよ。

 ……

 なんで、イライラしてるんだろう。

 「もう夜遅いですね。男がこんな時間まで異性の部屋にいるべきじゃないでしょう?よければ一緒に」

 「俺、帰るね。」

 「え?」

 差し出された手を、特に意味もなく振り払った。

 呆然とするユイをよそに、俺は無言で新舞さんの部屋を出ていく。

 何か言いかけていたらしいが、どうせロクなことではない。もう笑われるのはゴメンだ。

 早足で階段を下り、急いで靴を履いて全速力で走り出す。

 ……生物部に入ったのは失敗だったのだろうか。

 少し前まではただの「陰キャ」だった。そんな俺が、ガラにもなく浮かれ始めたのは……現生物部の3人と出会ったからだった。


 その結果が、これだ。

 

 「人の生き方は生まれた時点で決まっている」

 何かの本で見た、やけに冷たい一文。

 俺はそれを、抵抗なく受け入れてきた。その場その場の空気に身を任せ、常に「楽な」方法で生きる。それが俺にとっての「最善」であり、レールなのだろう。流れに逆らってはいけなかったんだ。

 ……生物部、やめようかな。

 勉強会はまだ1ヶ月くらい残ってるけど。カイもこれから来れないし、俺1人で行ったって邪魔だろう。

 カイにはなんて言おうか。新舞さんは事情知らないだろうしな。

 色々考えながら走っているうちに、駅に着いた。急に出ていったから、ユイが追ってきていてもおかしくはない。

 が、もうどうでもいいかな。

 俺はちょうど到着した電車に乗って帰ることにした。

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