番外編 妹の困りごと
最近、兄の帰りが遅くなった。
学校が16時に終わることは知っている。全力で強がっているけど、兄に友達がいないのはバレバレだ。放課後は寄り道することは無く、真っ直ぐ家に帰ってくる。そして、17時には自室でアニメを見ているはずだ。
それが、今日は18時になっても帰ってこない。何かあったのだろうか。
電話をかけようとスマホに手を伸ばした瞬間、玄関の扉が開いた。
「ただいまー。」
私はキッチンを離れて急いで出迎える。
「おかえりなさい。兄さん、今日はどこか寄り道を?」
「ん?いや、ずっと学校にいたよ。」
「何をされてたんですか?」
「えっと、ちょっと部活でね。」
な、兄が部活……!?そんな、コミュ障で根暗で卑屈なあの兄の口から、今「部活動」という言葉が出たのですか……!?
「……口を抑えてまで驚かないでよ。俺だって部活くらい入れるぞ。」
兄は怪訝そうな表情で睨んできた。
コホンと咳払いをして仕切り直す。
「失礼しました。兄さん、何部に入ったんです?」
「生物部」
うっ、やっぱり陰……兄らしいな。
「落ち着いてそうですね。兄さんにピッタリです。」
「……内心バカにしてるだろ」
さすが私の兄。鋭い。
ふと兄の荷物に目をやると、バッグには怪しげなクマのぬいぐるみチャームがぶら下がっていた。
……!?は、ハート柄の首輪をつけているのですか!?
「に、兄さん!このキーホルダーは一体」
「ああ、それ。入部祝いとして生物部の子から貰ったんだ。中々ハデなデザインだけど、せっかく貰ったなら肩身離さず持っておきたいなって。」
「じゃなくて!この首輪!ピンクのハート柄なんですけど!女性から受け取ったんですか?」
「あ、ああ……何をそんなに興奮してるんだ?俺も最初は動揺したけど、この柄しか無かったらしいんだ。」
兄の言うことはもっともだ。まだ何も分かってないのに、なんでこんなに焦ってるんだろう。
「……他にこのキーホルダーを貰った人はいますか?」
「もう1人男の子がいて、そいつも貰ってたよ。」
「首輪の柄は?」
「炎。」
なっ……!他の男の子には炎の柄を渡してるくせに、兄に対してはピンクのハートですって!?
こんなのもう、確信犯じゃ……
兄の表情を伺うと、キョトンとして、キーホルダーと私の顔を交互に見比べている。
……この人、もしかして。
「兄さん、さっき『肩身離さず持っていたい』って言いましたよね。」
「え?あー……言った気がする。」
どれだけ記憶力ないんだ。
「それ、渡してくれた子の前で言いました?」
「いや、言ってない気がする……。ただお礼を言っただけだよ。」
っっぶねーー!!万が一、兄がその子に『肩身離さず』なんて言ってたら、それはもはや遠回しに告白してるようなもんですよ!
「兄さん、絶対その子の前でそれ言わないでくださいね」
「え、何で?嬉しいんじゃない?」
こ、こいつ、鈍感すぎる……!「告白みたいだから」って言っても、話通じないだろうな。
「肩身離さずなんて、それもうセクハラですよ。今はコンプライアンス意識も厳しくなってるんですから、もう少し考えて発言してください。」
「え、あ、はい……」
「お風呂わいてます。早く入っちゃってください。」
私は兄を無理やり洗面所に押し込み、夕飯の支度の続きに戻る。
……今まで閉塞的だった兄が、急に部活に入った。
しかも、キーホルダーなんか貰って、浮かれちゃって。
兄が楽しそうにしてる姿。休み時間、私たちがずっと一緒にいた小学生のころから、心から願っていたはずだ。
友達のいない兄は、いつも私に付き合ってくれた。充分楽しそうだったけど、本当の笑顔を引き出せなかったのは、子供ながらにして分かっていた。
同じ部活の人は、私が知らない一面も見れるんだろうな。表情には出してないけど、何か面白いことがあったっていうのは、兄が帰ってきた瞬間すぐに分かった。
見えないところで、兄の時間が進んでいく。普通はそんなの当たり前なのに、なんだかすごく嫌だ。
「今日の夕飯、何ー?」
兄がお風呂場から叫ぶ。
「カレーー!!」
「アツ!」
ガラにもなく、私も叫んだ。カレーの3文字に、モヤッとする思いをのせて、そのまま飛んでいってしまうように。
いつもより、玉ねぎが目にしみた気がした。




