4行動目 何の部活ですか?
カイが生物部に入って2日後、帰りのHR。
「個票返却しまーす。」
担任がそう告げると、教室内ではブーイングが飛び交った。
「いらんて。」
「ガチで紙の無駄」
「ソッコー捨てるわ。笑」
英コミュで学年最低の平均点、28点を叩き出した1Eのカス共が口々にぼやく。
あの新舞さんも「へんへー!ひひふぁへん!」と教卓の前で抗議している。ホームルーム中に焼きそばパンを食うな。
そういえばシャトルランの日の昼休み、サラッと「全教科平均より低い」って言ってたよな……
今回、1Eの平均点が低かったのは英コミュだけではない。現国や歴史総合、生物基礎など、あらゆる教科で平均が30点台だったのだ。
それより下、更に言うと初回のテストでこの出来ということは、進級にも関わってきそうだが……
そうこう考えてるうちに俺の番になった。無言で席に戻ってから内容を確認する。
ふむ、学年順位が……5位!これはクラス順位にも期待できるぞ。
しかし、すぐ横、クラス順位の項目に目をうつすと、そこには「3」とだけ書かれていた。
……え?クラス3位?学年5位で?全部で8クラスあるんだよ?
教卓を見ると、ちょうど新舞さんが個票を受け取っているところだった。個票を見た新舞さんは、案の定絶望的な表情で俺の席の前に立つ。
「……この焼きそばパンあげる」
そう言って、さっきまで口にくわえていた焼きそばパンを俺に差しだす。食いかけを渡すな。
「もう食欲も無くなっちゃった……」
俺は新舞さんの個票を見る。クラス(44人中)39位、学年(305人中)288位。うん。これは食欲も失せて当然な結果だ。
個票と焼きそばパンを返すと、新舞さんは虚ろな表情で話し出す。
「もっと勉強しとけば良かったな〜……ユイちゃんはどうだったんだろ……うわ、葉山くん流石だね。」
そうだ、ユイがいた。アイツはどうなんだ。
窓際で座っているユイの様子を伺う。相変わらずスマホを見て何かしているようだが、俺の視線に気づくと、個票を持って俺の席の前に仁王立ちする。
「私の成績が気になるんですね?」
そう言って個票を堂々と見せつけてくる。
……こんな屈辱は初めてだ。知ってのとおり、コイツの趣味は「幼児用ゲーム」である。心の中で散々バカにしてきたが、そんなヤツに成績では完敗していたのだ。
彼女の順位は───学年2位、クラス2位。
いやそこは1位取れよ。
というかこのクラス異次元すぎないか?2位・3位が生物部、1位は一体何部なんだろうか。
「2位って逆に悔しいですよね……あ、アナタには関係の無い世界でしたか。」
そう言って俺の個票を勝手にチェックし始めた。
「……学年順位が低すぎますね。テスト前は1日何時間の勉強を?」
「少なくとも5時間はやってるよ」
「私は8時間です」
食い気味に言うな。というかこいつ、前日は「お姉ちゃんキッチン」に8時間費やしたって、テスト最終日に言ってなかったか?
「生物基礎なんて平均点+2じゃないですか。ホントに勉強したんですか?」
「理科苦手なんだよ」
「平均点と同じくらいの点を取っているんですから、『苦手』ではなく『超苦手』です。自惚れないように。放課後の補習をオススメします。」
目の前の女に対する敵意とハテナマークがどんどん大きくなっていく。
が、何故かそれ以上に右側から怨念のような重たい雰囲気を感じる……
見ると、話に取り残されたらしい新舞さんが、大きな口を開けながら白目を剥いて呆然としていた。しまった。コイツがいるの忘れていた。
ユイの表情を伺うと、流石にまずいと思ったのか、行き場のない手を上下に動かしてオロオロしている。
俺を散々罵倒してくれたが、それが新舞さんにとってはナイフよりも鋭い刃となって襲いかかることを、コイツは考えてなかったようだ。
焦ったユイは深呼吸をして、瀕死状態の新舞さんに話しかける。
「マ、マイ……?その、テスト結果なんて気にしてもしょうがないから……つ、次頑張るぞ。」
ユイ特有の、新舞さんに対する口調が崩れている。かなりの地雷を踏んだということを、彼女も自覚しているらしい。手を貸す義理はないが……仕方ない。
「そうだよ新舞さん。平均点より下でも……うん。そんな悲観的になっちゃダメだよ。伸びしろがあるんだ。」
「そ、そう……?」
「「ああ」」
「……次頑張る」
お、生気を取り戻してきているようだ……。
俺とユイが2人して胸を撫で下ろした次の瞬間、
「あれ!君たち、3人揃って何してるんだい?僕も話に入れてくれよ!」
1Eクラス委員長・緋月夏威の爽やかな声が教室内に響いた。誰に対しても優しく、みんなからは「カイ」と呼ばれており、その熱血な性格でこのクラスを引っ張っている。2日前、生物部に新しく入部した、超体育会系の生徒だ。
「そういえば、緋月さんはテストどうだったんですか?」
ユイがカイに尋ねる。
「僕か!僕は学年クラス両方とも1位だったよ!」
コイツかよ。1位から3位は生物部が独占というわけだ。なんなんだこのクラス。
「流石、クラス委員長ですね。」
ユイは俺の時とは180度違う表情をカイに向けた。なんだろう、この差別されている感じは……。
「君たちはどうだったんだ?」
俺とユイはカイに順位を伝えた。
「そうか!つまり、この3人でクラストップ3を独占しているというわけか!あはは!嬉しいな!」
俺と同じことを考えるな。
生物部が無双していることを知り、本当に嬉しそうだ。カイの手前にいるヤツはどんどん死に近づいていってる気がするけど。
「そういえば、新舞さんはどうだったんだい?生物部4人でトップ4になれてたら嬉しいな!」
新舞さんはもはや諦めたらしく、カイに個票を手渡す。
それを見たカイは苦悶の表情を浮かべた。
「う、うーん……新舞さん、勉強はしたのかい!」
コ、コイツ!ストレートに言ったぞ。まずいな。新舞さんのHPはもう持ちそうにない。
……ただ、カイの言い分にはかなり共感できる。国語で18点なんて、約10年間学生をやっていて見たことがない。なんせ今回は現代文の読解が7割、作文2割、漢字1割という配分だった。逆にどこを取れたのか気になる。
それはそうとして、今の彼女にこれ以上国語に関する質問をするのはまずいぞ。多分動かなくなる。
何とか話をそらそうと頭をフル回転させて考えているが、何も思いつかない。
とりあえず慰めよう……
「ま、まあ!さっきも言ったけど、この中で1番伸び代があるのは新舞さんだし。次頑張ればいいって。」
俺に続いてユイも話し始める。
「そんなに落ち込むな。次はもっと勉強しよう。何、私がついてるんだ、今度こそ」
「も、もういいもん」
え?
「わ、私、3人と違って頭良くないし。ホントだったら成績良い3人で周りに自慢したいところを、私に気遣って我慢してるんでしょ。」
なんか不貞腐れ始めた……とりあえず、俺はそもそも自慢する相手がいないということだけは伝えたい。
新舞さんは無言で席に戻ろうとする。ユイが慌てて声をかけた。
「ま、マイ?今日の部活は」
「部長権限でお休みにします。」
そう言って、俺らに視線もくれず席に戻る。
とりあえず、今日の部活は中止らしいな。ちょうど見たいアニメがあったから好都合だ。
……女心はコロコロ変わる、と何かのエッセイで見た。明日になれば彼女の機嫌も元に戻るはずだ。お言葉に甘えて、さっさと家に帰ろう……
俺を含む3人は、特に言葉を交わすこともなく各々席に戻る。教室内が静かになってきたところで担任の長話が始まったので、いつものようにゲームを開こうとすると、「グループに追加されました」の通知が。
LINEを開いてみると、「マイを助けよう」と表示されたグループがある。なんだこれ。
早速、ユイから通知が来る。
ユイチャン『どうしましょう。マイ、相当落ち込んでるみたいです』
KAI 『僕のせいだ。すまない。』
ユイチャン『いえ、そんなことないです』
さっきの会話、致命傷を与えたのは割とカイな気がする……。
ユイチャン『1学期の期末テストっていつでしたっけ』
KAI 『7月の16,17,18だ。』
ユイチャン『3日間もあるんですか?』
KAI 『家庭科などの技能教科も加わるからね。』
ユイチャン『じゃあ、尚更マイは大変ですね……』
KAI 『早めに何か行動しないと、いよいよ手遅れになってしまうな。また今回のような成績だったら、進級にも影響してくるかもしれない。』
ユイチャン「!それは避けたいです」
KAI 『それだけじゃないぞ。彼女は学年でも圧倒的に下から数えた方が早い。この学校は夏休み中、成績不振の生徒に補習をするらしい。8月の1週目と、3、4週目とのことだ。』
うお、マジか。ということはつまり……
ユイチャン『私、マイと夏休みにお泊まり会をする予定なのですが。』
KAI 『お盆以外の平日は全て補習に消える。』
やはりな。中々グロいぞ……。というかお泊まり会するって、どんだけ仲良いんだ。
ユイチャン『マイを助けましょう!!』
KAI 『ああ。@葉山 何か案はあるかい?』
聞かれると思った。安直なのしか出てこないが……
『生物部の時間はしばらく勉強にあてたらどうかな?』
KAI 『もちろんそのつもりだ。だが、見たところ彼女は、家で勉強する、という習慣が高校入学と共に完全に消えたらしい。部活の2、3時間では限界がある。自宅でやらない限り、成績が伸びることはないだろう。』
すごい分析力だ。流石学年1位。
うーん、「自宅で」がポイントらしい。そうだなあ。
『ビデオ通話を使って監視するのは?』
ユイチャン『あなた、異性の私生活に踏み込むとか正気ですか?』
KAI 『却下だ。』
全否定された。普通に泣きそう。
ユイチャン『あ、そうだ。彼女の家って共働きで、しかも両方とも勤務先が遠いんですよ。だから帰ってくるのっていつも23時とかなんですよね。』
KAI 『へえ、そうなんだ』
……すごい嫌な予感がする。
ユイチャン『だから部活が無い日は、代わりに3人でマイの家に行き、みんなで勉強会を開くというのはどうでしょうか?』
KAI 『いいね!楽しそうだ。それなら、彼女のモチベもアップするだろうし、自宅で勉強する感覚を思い出すかもしれないね。』
思いっきり私生活に踏み込んでんじゃねぇか。全力で「却下」と言いたいところだが、正直否定できる雰囲気ではないな……。
KAI 『今日の放課後、計画を新舞さんに伝えよう。生物室でいいかな?』
ユイチャン『はい。大丈夫です。放課後、マイと向かいますね。』
今日は結局、部活があるらしい。部長権限に逆らうかたちになっているが大丈夫だろうか。妹に録画を頼んどくかな……。
2人の話をまとめると、活動日の月火木は固定で新舞さんの家に行き、4人で仲良く勉強会というわけだ。そして、これが7月の期末テストまで続く。
……やばい、めんどくさすぎる。平日3日間が全て潰れるという現実を受け止めきれない。しかも他人のために。コイツら、どんだけお人好しなんだ。
本来の俺なら、異性の家に行くというだけで緊張するだろうが、面倒くささがそれを上回っているせいで何も感じない。なんとなく、部屋が散らかっている気がするし。
そもそもの話、新舞さんがこの計画を了承するだろうか。親友のマイがいるとはいえ、異性が2人、自宅に上がるというのだ。新舞さん、拒否してくんないかな……。計画発表の際、少しでも新舞さんが渋る仕草を見せたら、全力で彼女を擁護するとしよう。
というかいよいよ「生物」の要素が無くなってきたな。体力作りが目的だったヤツが入ってきている時点で中々終わっている気はするが。今度は勉強会が目的の部活になってしまった。
俺は新しい部活名を考えつつ、一言『了解』とだけ送ってLINEを閉じ、帰りのホームルームが終わるのを待った。




