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3行動目 体育会系生物部員

 火曜日の昼休み。

 テストが全て返されたことで、1学期中間テストは正真正銘終わりを告げた。

 テストの点数を計算しつつ、母親手作りの弁当をいただく。全部で8教科、合計は675点。一教科あたり84点。……うん、悪くないな。

 テスト返し一発目の英コミュの時間、クラス最高点として俺の名前が挙げられたが、周りの「誰?」感が辛すぎて、点数とは裏腹に死にたくなった。ぼっちって辛いな。

 スマホで時間割を確認する。次は体育か。あまり食べすぎると腹が痛くなるので、この辺にしておこうか……。

 弁当箱をしまい、着替え袋を持って教室を出ようとすると、廊下からタタタッと軽快な足音が近づいてきた。

 「葉山くん、テストどうだった?」

 足音の正体は新舞さんだった。

 俺は無言で首を横に振る。

 「嘘つけ!英語とかすごかったくせに。」

 そう言って、肘打ちを腰にかましてくる。痛い。

 「理系科目で落としてるから。」

 「全教科平均より下の私に対する嫌味ですか?」

 平均は30点台がほとんどだったはずだが……。

 「今から着替えに行くの?途中まで一緒に行こ」

 なんか着いてきた。お気楽な奴だ。

 「そういえば次の体育、シャトルランらしいね。テスト返しの時、体育館からあの音源がずっと聞こえてて、つい吐きそうになっちゃった。」

 え、次シャトルランなの?

 俺の表情を見た新舞さんが、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。

 「大丈夫!お互い50回くらいでやめよ、ね?」  

 50回とか俺をナメすぎではなかろうか。そしてなんとなくだが、コイツは50回ではやめない。

 「私はお昼食べすぎちゃったからなー……あ、トイレ行くからまたね〜。」

 お腹をさすりながらトイレに向かう彼女と別れ、更衣室に入る。

 1年ぶりのシャトルラン。

 その存在は多くの学生に恐れられている。実施する意味の分からないスポーツテストの中でも、群を抜いて嫌われる種目だ。

 しかし俺にとっては、この「シャトルラン」は一大イベントであると言える。中学1年生の春、なんとなく始めたランニング。飽き性の俺が、珍しく今日まで続けられている、数少ない趣味のひとつ。

 その成果が今日、試されるというわけだ。

 去年の記録は127回。「10点」ではあるのだが、どうせならもう少し伸ばしたい。

 俺は自由にのびのびと、自分のタイミングで走るのが好き。だから、私生活に影響が及びそうな陸上部には入らなかった。

 「生物部」でありながら、「運動部」に体力で勝つ。このなんとも言えない背徳感を味わいたいものだ。

 体操服に着替え終わった俺は、体が武者震いするのをおさえながら体育館に向かった。


 ───────────────────────

 

 5限目の体育。

 前半組が終わり、ついに俺を含む後半組の番となった。

 どうしても前半がいい、とペアの子に懇願されたので譲った。前半組には、こういう運動がニガテな子が集まりやすい。俺の実力を試すには、後半組がもってこいなのだ。

 ちなみにその子は45回でぶっ倒れてた。もう少し運動した方がいいのではなかろうか。

 女子スペースに視線をやると、ちょうど新舞さんの姿が見える。他の気だるげな生徒と違って、真剣に準備運動を行ない、靴紐の確認を入念に行なっている。やはりコイツは50回程度でやめないだろう。

 先生が合図をすると、体育科の生徒が音源のセットに向かう。さあ、いよいよだ……。

 楽しそうに喋ってた陽キャ連中も静かになったころ、音源が流れ出す。


 ───5秒前………3,2,1……

 「スタート。」


 上履きの音が一斉に鳴り響く。といっても、最初の数回はただ歩いている人がほとんど。静かになったと思った陽キャもまた騒ぎだした。ずいぶん余裕そうだな……。

 何かを考えるのも体力が要る。シャトルラン中はとにかく無心で、かつペース配分にも気をつけながら走る必要があるのだ。

 周りは気にしない。自分のペースで走る。ただそれだけ。

 俺は強ばっている表情筋を素早くほぐし、前に進むことだけを考え続けた。


 ───────────────────────


 全身全霊臨んだシャトルランは、授業終了のチャイムと同時に終わりを告げた。

 俺にとっては「一大イベント」、他の者にとっては「ただのスポーツテスト」。ゲームの話をしながら着替える男子生徒の様子が、それを証明している。

 記録は141回。疲れて気を失いそうだったので、あの時チャイムが鳴ったのは都合がよかった。あのまま走っていたら、その場で倒れるという、陰キャらしからぬ醜態を晒すことになっていただろう。

 何人が最後まで残っていたのかは、正直覚えていない。足音がだいぶ静かになっていた気がする。

 チャイムと同時に、我がE組と、F組の生徒からの拍手が聞こえた。俺に対するモノではないかもしれないが、そうやって労ってもらえると、頑張ってきてよかったなと思える。

 1人感傷に浸っていると、クラスの陽キャがデカい声で話し始める。

 「てかあの子バケモンじゃね?俺結構自信あったんだけど余裕で負けたわ。」

 「何部なんだっけあの子」

 「俺100回超えたあたりでギブだったんだけど」

 「正味一番最初に脱落すると思ってた」

 疲れて聞こえないフリをしているが、全部聞いている。俺の隠れた実力は相当なインパクトを残したようだ。あまり陰キャを舐めるなよ……と、心の中でほくそ笑む。

 しかし、食べた後にすぐ走ったからお腹が痛い。トイレに行こう。

 教室の後ろの扉から出ようとすると、背の高い男子生徒が俺の行く手を阻んだ。故意かどうかは分からんが、こういう時、陰キャが陽キャを真正面から突破するのは不可能なので、諦めて迂回するのが最善策である。

 仕方なく黒板側の扉に向かうと、またもや先程の男子生徒に遮られた。

 ……え、何?いじめですか?

 というかめっちゃ見てくる。背の高さも相まって、威圧感がすごい。顔というか、首から上にかけて大量の汗が滴っているのが見える。早く拭けよ。

 思わず席に戻り、制汗シートを取り出して彼に差し出すと、感動したように「ありがとう!」と叫び、3枚ほど抜き取った。声がでかい。

 制汗シートで全身を拭き、丁寧にくるんでゴミ箱に捨てたあと、またもや俺の前で棒立ちをして待機する男子生徒。今度はなんだよ。

 緊張よりも沈黙に耐えきれなかった俺は、思わず口を開く。

 「え、えーと……何か用?」

 俺の無愛想な発言にも動じず、彼は目を輝かせて顔を近づけてきた。怖いよ!

 「君!さっきのシャトルラン、感動モノだったよ!僕以外でまさか君が残るとは思わなかった!あのまま決着をつけたかったが、残念なことにチャイムが鳴ってしまい、勝負はお預けとなってしまった!まずは僕らの健闘を称えたい!」

 随分と熱血な生徒のようだ。話を終えると、息を切らしながら拳を突き出してくる。えーと、俺も同じようにやればいいのか……?

 ぎこちない動きで拳を合わせると、彼はニコリと笑って再度話し始めた。

 「君とは今まで話したことがなかったね!僕はこのクラスの緋月 夏威だ!みんなからは『カイ』と呼ばれているよ!よろしくね!」

 突然の自己紹介。やはり陽キャはフットワークが軽い。

 「え、あ、うん。よろしく。葉山っていいます。」

 「もちろん知っているよ!僕はクラス委員長兼生徒会副会長!クラスメイトの名前と顔くらい、覚えて当然なのさ!」

 すごいな。俺、このクラスで名前と顔が一致してるの、5人もいないぞ。

 「さて!自己紹介をお互い終えたところで、早速1個お願いしたいことがあるんだけどいいかな!」

 こういう時、陰キャという「キャラ」の弱みが出る。俺は今猛烈に腹が痛いので、今すぐにでもトイレに行きたい。だが、陰の者は陽の者に対して、真っ向から自分の要望を伝えようとするとシメられる、というのがこの世の定説である。

 もしそれが今ここで起こった場合、その衝撃で俺の下半身が終焉を迎える。面倒だが、ここは要件を聞くことにしよう。

 「う、うんいいよ。」

 「君が入っている部活を紹介してくれないか?」

 予想外のお願いに、俺は思考が滞る。「生物部」と言おうとしたところで、彼が再度話し始めた。

 「僕は色々な部活から助っ人として駆り出されてるんだ!全ての運動部を回ったはずなんだが、君の姿はどの部にもなかった気がしてね!さっきのあの体力はどこから湧き出てくるモノなのか、気になったんだ!」

 カイは目を輝かせて近づいてくる。純粋無垢な瞳には、俺の迷惑そうな表情が映っている。いかん、表情に出ていたか……。

 俺はとりあえず正直に自分の部活を伝えることにした。

 「生物部だよ」

 「生物部か!」

 ……

 ……

 ……いやなんか言えよ。さっきまでの勢いはどうしたんだ。こういう場合、話が止まったのは俺の発言が原因なので、謝るべきは俺ということになる。

 「ごめんね生物部で」

 「い、いや!こちらこそ申し訳ない!てっきり運動部だと思っていたので、少し引い……混乱してしまった!生物部は普段どんなことをするんだい?」

 少し引い……なんだよ。

「まだ1回しか行ってないからよくわかんないけど、読書とかゲームとか、各々好きなことをやるんだって。」

 「それ、生物部として成り立っているのかい?」

 「さあ……あ、生物部にはウーパールーパーがいたはずだから、その世話とかするんじゃないかな?」

 「そうなのか!」

 ……

 ……

 ……また会話止まった。コイツとは相性が絶望的に良くないらしい。俺の胃もそろそろ限界を迎えそうなので、ここらで終わりにしよう。

 「ごめん、トイレ行きたいから」

 「ああ申し訳ない!色々聞けて嬉しかった!」

 カイに軽く会釈をしてトイレに駆け込む。彼は俺の体力の秘密を知りたかったようだ。まさかこんな陰キャの趣味が「ランニング」だとは思わないだろう。だから、カイは「部活」に手がかりを探したようだが、生物部というイレギュラーすぎる部活が俺の口から出たことで、彼を完全に止めてしまった。

 つまり、悪いのは俺ということになる。逆に、俺の強すぎる陰のオーラは、あのような「ザ・熱血!」キャラの勢いすら消し去るということが証明できた。悲しくなってくる。

 そういえば、さっき新舞さんからLINEが来ていたな。本日は生物部の活動日のようだ。今日はもう疲れ切っているので、申し訳ないがサボるとしよう。


 ───────────────────────


 放課後。

 新舞さんのLINEにただ一言「休む」と返信したところ、6限の調べ学習の時間、永遠に電話をかけられ続け、その結果全く作業が進まず50分間でたったの14文字しか書けなかった。

 これ以上怒らせるとマズい、と判断した俺は、渋々生物部に顔を出すことにした。勘弁してくれ。

 というか仕返しの仕方が陰湿すぎる。授業中、彼女の様子を伺うと、ノートはびっしり野菜の絵でうまっていた。何がしたいんだよ。

 というわけで俺は今生物室の前にいるのだが、中からは聞き覚えのあるハキハキとした声がする。まさか……。

 扉を開けると、5限終わりに俺の行く手を阻んだ因縁深き「カイ」が、新舞さん・ユイコンビに頭を下げているところだった。

 ……すごい嫌な予感がする。俺の姿に気づいた新舞さんは、カイの手を引っ張ってこっちに連れてくる。やめて、来ないで。

 「紹介します!生物部新入部員の、緋月 夏威くんです!」

 「葉山くん!やはり、君の体力作りの秘密はこの生物部にあるとみた!そこで、僕もこの部に入って更なる体力向上を目指すことにしたよ!よろしく頼む!」

 何してんのマジで。

 俺は新舞さんを教室の外に呼んで尋問を始める。

 「なんであの子がここにいるんだ?」

 「聞いてなかったの?入部だよ入部。新入部員♡」

 「カイくん、体力作りが目的みたいなんだけど。」

 「えそうなの?」

 なんで知らないんだ。

 「入部届けを受け取った時に動機とか聞かなかったのか?」

 「……くまさんルービックキューブ、あと二面だったの。」

 「うん?」

 「そっちに集中してたせいで、彼の話全く聞いてなかったの。ユイはイヤホンしてずっと「お姉ちゃんキッチン」やってるし。部員が増える分には、部の存続の可能性も高まると思ってテキトーにおーけーしちゃった。」

 目の前にいる女は本当に部長なのだろうか。そして、幼児用ゲームをイヤホン着けてまでプレイする人なんて初めて聞いたぞ。

 「奴は生物部に入れば体力が上がると思っているらしい。どう説明するんだ?今から手を引いてもらうしか」

 「いや、体力はつくんじゃない?」

 食い気味に反論してくる。それだけは無いと心から否定したい。

 「どうやって?」

 「ウチ、ウーパールーパー飼ってるじゃん」

 「カーテンの前にいたね。」

 「あの子の水槽の掃除って誰がやるでしょう?」

 急になんの話だ?

 「え、それはもちろん、週ごとで分担じゃ」

 「ぶぶー!あの水槽めちゃくちゃ重いんだよ?そんなの、屈強な肉体をお持ちの男子にお願いするしかないのよ。」

 お断りだ。

 「えーと……それと俺の質問になんの関係が」 

 「洗う時って、水槽ごと手洗い場に運ぶ必要があるでしょ?」

 「そりゃそうだけど」

 「それだよ。」

 ……はい?

 「あんな重い水槽運ぶんだよ?体力なんて余裕でつくって!」

 コイツ、「運動」が何か知らないのか……?

 得意気に胸を張る彼女をフル無視して生物室に戻り、直接カイに話すことにした。

 「えーと……カイくん?」

 「どうした!」

 「多分、というか絶対ここじゃ持久力は伸びないよ。基本だらだらけてるだけだし。」

 「ああ!それが原因だったか!」

 「へ?」

 「僕はほぼ毎日何かしらの部活に参加しているんだが、おかげで体のあちこちに疲れが溜まってきているようで……最近体力が目に見えて落ちてきているんだ。」

 「はあ……。」

「君があそこまでの持久力を発揮できるのは、この生物部でゆったりとした時間を過ごしているからではないだろうか!?」

 「そうですね。」

 なんだか納得しそうな雰囲気だ。もうそれでいいです。

 「やはりここに来て正解だったようだ!さっき言った通り、僕は数多くの部活に参戦しているから、生物部に顔を出せる日は君たちと比べて少なくなってしまう!それでも良ければ、僕をぜひ生物部に入れて欲しい!」

 「いいよー。」

 後ろからヌルっと新舞さんが現れ、快く入部を承諾した。部活の手続きってこんな軽くやっていいものだったか……。

 この日の部活はカイとの交流で終わった。声がいちいちデカすぎるので、このままだと俺たちは難聴になるだろう。

 他にも生物室のイスを重ねてハードル替わりにしていたり、ペットボトルキャップを使って新舞さんと野球をしていたりと、中々アグレッシブな一面が垣間見え、やはり入部させるべきではないと思った。

 18時になり、みんなで生物部を出ようとした時。新舞さんが突然バッグを漁り出し、中から黄色いクマのぬいぐるみを2つ取り出した。

 「はーいこれ!私からの入部祝いです!カイくんと、葉山くんにもまだ渡してなかったからね!ささ、受け取ってくださいな。葉山くんはこっちのクマさん、カイくんはこっちね。」

 そうだ、こいつぬいぐるみ好きだったな。入部祝いなんて存在するとは……。

 あれ、てかこれ。

 「もしかして、手作り?」

 「え!よくわかったね!中学卒業から高校入学までの間って結構時間あったでしょ?その間にぬいぐるみ作りに挑戦してみたんだ〜。結構多く作ったから、せっかくならみんなにあげようと思って。いつでも渡せるように何個か持ってきてるんだけど、葉山くんにはついつい渡しそびれちゃった。」 

 カイが感心したようにぬいぐるみを観察する。

 「高校生が作ったとは思えないクオリティだ!ありがとう!ところでこれ、首輪の模様は人によって違うみたいだね!」

 「そうそう!よく気づいたね。カイくんは熱血な番長って感じがするから、炎の柄を選んだよ。」

 「えっと、カイくんが炎なのはイメージに合うんだけど、俺のこれは?」

 俺は新舞さんに柄の意味を尋ねた。

 「あー……ほ、ほら!葉山くんってゲームのイメージがあるじゃない?でもゲームを彷彿とさせる柄がどうしても見当たんなかったから、仕方なく、ね?」

 なるほど。俺=ゲームというわけか。それなら柄がイメージ通りでなくとも仕方ないが……。

 だからと言って、高1の男子で「ピンクのハート」柄はどうかと思う。

 「私はお日様、ユイはツインテの女の子の柄だよ〜」

 2人は自身のクマのぬいぐるみを見せつけてくる。

 ユイ=「ツインテの女の子」は「お姉ちゃんキッチン」に由来したものだと思われる。ツインテ女子の柄があってゲーム機の柄がないのは少々謎だが、ここはツッコまないでおこう。

 みんなと別れ、一人で電車に乗った。ついさっきまで騒がしかった分、急に静かになったことでどこか落ち着かない。

 俺はさっき貰ったクマのぬいぐるみをぼんやりと眺める。

 明らかに生物部にはそぐわない性格と体格の持ち主・カイこと緋月 夏威。彼が入部したことで、生物部の部員は4人となった。賑やかになりそうだ……。

 初めは「校則に従って」渋々入った部活だった。中間テスト最終日、ユイに声をかけられたことがきっかけとなり、初参加に至った。そんな生物部に、何かを期待する自分がいる。

 俺はこれまでの、一人の生活に満足してきた。だから、この気持ちの正体が何かは、よくわからない。

 ……次の活動日も、ちゃんと顔を出そう。

 クマのぬいぐるみを付けたことで、何となく楽しげな雰囲気になったリュックを背負い、自宅へと向かうのだった。

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