0.5行動目 チャイムの前に
最近、気になっている子がいる。
みんなが楽しく談笑するなかで、1人。自席に座ってスマホの画面を真剣に睨む生徒がいる。
───葉山 洋樹。入学して約1ヶ月半も経つのに、あの子が誰かと話すところを見たことがない。
あ、でも昨日の授業終わりに先生に質問してたっけ。真面目なのかな。
クラスメイトと話す様子もなく、横向きに構えたスマホの画面を、静かに指で叩いていた。
彼はいわゆる「陰キャ」というやつなのだろうか。教室の隅で、ずっとゲームに夢中になって。
あの子は基本真顔で、表情を崩すことは無い。淡々と学生生活を送ってる感じ。
ついこの前だって、何気なく見てたんだ。またゲームやってるなーって。そしたら、彼の顔に、突然笑みがこぼれた。もちろんスマホを見ながら。そんな表情見たこと無かったから、びっくりした。
なんか良いことあったのかな。ガチャ?で当たりが出たのかな。それとも、勝負に勝てたのかな。
実は彼女がいて、連絡がきたのかな。
そうやって色々考えてたせいで、その日は授業に集中できなかった。
それ以来、葉山くんのことは気になり始めている。休み時間、こうして友達の目を盗んで、彼の「観察」をしている。
休み時間は、彼が唯一、喜怒哀楽を表情に出すとっておきの時間。
当然、イヤホンをしてまでゲームをしている生徒に、誰も関心を示すことはない。みんな、目の前の友達に夢中。でも、それでいいんだ。
あの子の笑顔の破壊力はまずい。あんなの見ちゃったら、みんなが葉山くんに釘付けになっちゃう。クラスメイト全員に見られながらゲームするの、肩身狭いだろうなあ。
そう考えると、今のこの状況って、彼にとって都合がいいのだろうか。
───休み時間終了のチャイム。
……今日は笑わなかったな。
「マイ?どこ見てるんだ。」
「え、あ、ああごめん!ちょっと考えごとしてて」
「最近多くないか。悩み事なら聞くぞ。」
親友のユイが話しかけてくる。そういえば、この子もかなりのゲーマーだったなあ。やってるゲーム、かなりクセが強かったけど。
「なんでもないよ!それよりユイは大丈夫なの?今度のテストに向けて、だいぶ頑張ってるみたいだよね。」
「ああ。一度『成績優秀者』として表彰された以上、テストで下手な点数をとるわけにはいかないからな。」
入学直後におこなわれた実力テスト。そこでとんでもない正答率を叩き出したユイは、この前の集会で表彰された。それが彼女にとっての、自信にも、プレッシャーにもなっているんだろう。
「無理しないでね。」
「もちろんだ。」
そう言って、ユイは私の背中に手を添え、頭を肩に乗せる。背中をさすられるとなんだかこそばゆい。お日様の光をたっぷり吸った制服の香りが、私の鼻をふわっとくすぐる。前から思ってたけど、距離感近いなあ。
あ、髪の毛すごいいい匂いする……。
「みんなに見られちゃうよ。」
「そうだな。すまない。」
顔を上げたユイは、何事も無かったかのように前髪を整え始める。
「ユイは私のことが好きだねえ。」
何となく、言ったつもりだった。
ユイは特に何を言うでもなく、前髪をいじる手を止めて、私の方をじっと見つめてくる。
「え、えーと……ユイさん?」
時計の秒針が数回鳴った後、無言のユイは座ったままの私を抱きしめてきた。
「ちょ、ユイ!ストップ!みんなの前でこんなこと」
「周りを見てみろ。」
慌てて周りを見渡すと、教室には体操服のユイと、お弁当箱を出しっぱなしのお気楽な私しかいないことに気づいた。葉山くんもいない。
「え、次授業なんだっけ……」
「体育だ。着替えなくていいのか?」
見ると、既にユイは体操服を身にまとっている。
「ちょ!もうちょい早く言ってくれないかなあ!!」
私はユイの腕を振りほどき、慌ててお弁当箱を片づける。
「ほら早く。更衣室はこの下だ。頼むぞ部長さん。」
「最後は余計だ!」
なんだかモヤモヤするのを吹き飛ばすために、そして体育に絶対間に合うためにも、私はユイと教室を飛び出した。
ユイの顔、なんだか火照っているように見えたのは、気のせいだろうか。