13行動目 2番ホームからこんにちは
カイ、新舞さんと別れた俺たちはホームのイスに座る。次の電車は10分後に到着のようだ。
「疲れましたね……」
俺の隣に座ったユイは、だらんと姿勢を崩す。
マフラー女、ヒナリ。人気の男子、それも彼女持ちに接近し、別れさせたうえで自らフるという、悪魔のような行為を繰り返す魔女だ。
魔女らしく、ヤツはいくつか「技」を持っており、それらを巧みに操ってハメようとしている。
……個票返却中、俺が喰らったあの女の『ウィンク』は、とてつもない破壊力だった。
生物部緊急ミーティングでは、夏休みに突入するため一旦は安心だという結論に至り、ヒナリに見つからないよう迂回をしつつ、下駄箱までたどり着いた。
───その瞬間、俺のスマホにかかってきた一件の電話。
画面に表示されていた通り、「母さん」からの着信だと思った。なんの疑いも無かった。まさかそれが、追っ手のワナだとは、あの瞬間、俺含め誰一人として考えなかっただろう。
即座に着信を切ると、俺たちは学校を飛び出し、ノンストップで駅まで走ってきた。約10分ほどだったが、「追われているかもしれない」恐怖が、俺たちを余計疲れさせた。
向かいのホームを見ると、ちょうど電車が発車するところだった。見送りながらスマホを取り出すと、待ち受け画面は大量の着信履歴で溢れている。
「うわ、引くほどかかってきてますね……ブロックされては?」
確かに、ブロックすれば通知も着信もこないから安心だ。ヒナリのプロフィールページに飛んだ───
ピコン。
電子音と共に、画面上部に表示されるメッセージ通知。
ヒナリ:『覚えてないんですか?』
「覚えてる……?」
ピコン。
ヒナリ:『ブロックしても無駄ですよ』
スマホを持つ手が思わず震える。隣にいたユイはイスから飛ぶように立ち上がった。
「なんで、考えてることが」
───視線を感じる。
「向かいのホームを見ずに今すぐ座って。」
「え……?」
「いいから。」
声が震えているのがわかる。ユイは困惑しながらも大人しく座り直す。
「多分、向かいのホームにヒナリがいる。この視線、ウィンクを喰らった時と同じ感じがするんだ。絶対に目を合わせるな。」
「……じゃあ、葉山さんの方だけ見てます」
「へ?」
そう言うと、顔を近づけて俺の方をじーっと見つめるユイ。下を向けばいいんじゃないかと思ったが、変に意識していると思われても困るので黙ることにした。
ヒナリの方を見ないようにするため、あとは顔が火照っていくのを隠すために、俺は下を向き続ける。よし、このまま電車が来るまで───
「は、葉山さん」
「どうした」
「す、スマホ。」
怯えるようなユイの声に従い、なんとなく視界から遠ざけていたスマホを見る。『ヒナリが写真を送信しました。』の文字。
「なんで通知鳴んなかったんだろ。」
「し、写真って、どこのでしょう」
「……まずい。ヒナリの視線を感じなくなった」
嫌な予感がする。『既読をつけずにメッセージを見る』というライフハック動画で、『機内モードにする』というものが紹介されていたはずだ。
機内モードにして、ユイから送られてきた写真を見る。そこに写っていたのは、『1』と書かれたホームの柱。向かいは2番ホーム、この駅には2つしかホームがない。
「やっと会えました」
その声が聞こえた瞬間、とてつもなく強くなる視線。
「顔、あげてください」
……万事休すだ。
観念して顔を上げると、目の前にはマフラーを首元で揺らす女。ああ、今日が夏休み最終日か。
「……それで、どうして逃げたんですか?」
客が他にいない、オシャレな雰囲気のカフェ。ヒソヒソ声が店内に響く。
上りの電車に乗ろうとしていた俺とユイは、ヒナリに見つかってしまい、下りの電車へ乗るように促された。
JR稲毛海岸駅から、電車に揺られること約10分弱。蘇我駅へと降り立った俺たちは、ヒナリに駅近くのカフェへと連行された。電車でヒナリに問い詰められるのかと思いきや、全く何も言わないもんだから冷や汗が止まらなかった。
「逃げたわけじゃないぞ。」
女が相手となると男前な口調、ユイが反論する。俺たちの振る舞いは某鬼ごっこ系番組のハンターもびっくりの逃走ぶりだった。
「葉山さんはどうお思いですか?」
正直に「逃げました」と言いたいところだが、ユイにシメられる気がする。
「ごめん、見たいアニメがあって。」
それを聞いたヒナリはサッとメモ帳を取り出す。教室で見たあのメモ帳には、俺のプロフィールについて事細かく記されていた。
「……ふむふむ、どうやら葉山さんが見たいアニメはこの時間に放送されることは無いようです。」
だから俺の嘘もこの通り見破られるというわけだ。敗北の予感がする。
「あ、そうだっけ?勘違いかな〜……あはは……」
白々しくとぼけてみたが、どうだ?
「まあ、そういうことにしておきましょう。ということは、今日はたくさんお話できますね!」
そう言って微笑むヒナリ。テーブルの下で俺の太ももをつねるのやめてくれませんかユイさん。
「……教室でも言ったけど、葉山さんは生物部のエースなんだ。頼みなら私が引き受けるから、他の男みたく葉山さんを巻き込まないで欲しい」
ユイは真剣な口調で言う。生物部の「エース」ってなんだよ。
ただ、ユイが俺のためにここまで言ってくれるのは、なんとなく嬉しい。
ヒナリの方を見ると、どこか納得がいかないような様子でテーブルに置かれたメニューを見ている。
「……他の男みたくって、なんですか?」
「オマエ、とぼけるのか?」
ユイは席から立ち上がってヒナリの方を睨む。
「他の男を誘惑して、恋人とも別れさせて!ピュアな男子高校生を弄ぶなと言ってるんだ!どうせ、最後は校舎裏でフッて終わるんだろ!」
「それは個人の自由じゃないですか?」
ユイの絶叫にすぐさま反論するヒナリ。
「私、普通に仲良くなりたくて話しかけたりしたんですよね。しかもまるで『私が別れさせた』みたいな言い方ですけど、それだってその男の問題じゃないですか」
確かに、コイツの言うことは一理ある。仲良くなるのも勝手だし、別れる判断を下したのもソイツの問題だ。
ミルクティーを一口飲むと、今度はヒナリが冷ややかな目でユイの方を見つめる。
「そんなんで別れるなら、結局その程度の愛だった、というわけですね。」
ヒナリの持論に俺は反論できる気がしなかった。勝手に悪者と決めつけていただけに、完璧なカウンターを食らってしまって何も思い浮かばない。
「じゃあ、何でこの動画には『彼女持ち』の男しかいないんだ?それも、全員各運動部のエースだ。やはりなにか狙いがあるんじゃないか。」
ユイはまだ食らいつく。しかし、ヒナリはまるでその質問を待っていたかのように、うんうんと頷く。
「私、新聞部なんです」
あの廊下に掲示されている新聞か。友達がいない俺はいつもあの新聞で時間を潰している。
「それとこれと何の関係があるんだ?」
「部員にインタビューをして、それを記事に載せてるんですよ〜。『エース』と呼ばれる生徒であれば、活躍する機会は増えるでしょう?つまり新聞のネタが増えるというわけです!」
ヒナリは目を輝かせて俺たちを見る。さっきの冷淡さが嘘のようだ。
「まだ『彼女持ち』しか映っていないことへの説明にはなってない」
「だって、彼女いなかったら絶対私のこと好きになっちゃいますよ」
自信満々に言い切ると、ちょうど来たショコラケーキを頬張り始める。見た目通り絶品のようで、目を閉じて堪能している。この口論、ユイに勝ち目はないようだ。俺はその様子を見て確信した。
「私、ウィンクと声がすごい可愛いってよく周りから言われるんです。確か、4歳の頃から。そのせいで、人と話す時もついついウィンクしちゃったり、なんかこう……甘ったるい声を出してしまうというか」
ヒナリの技『悪魔ウィスパー』と『ウィンク』の正体。11年間も磨き続けたというわけだ。あの破壊力は必然と言える。
「ですから、彼女がいない方には話しかけてません。サッカー部のエースさんがそれに該当するので、直接話さず、マネージャーの方に色々聞いてます」
カイが言っていた、サッカー部のエースがいない理由はこれか。
「じゃあ、なんで今回は葉山さんに」
もちろん俺は彼女なんていないので、確かにそれは気になるな。
「うーん……普通にタイプなんですよ」
「へ!?」
な、なんて言った今。た、たいぷ?モンスターの属性の話か?思いもよらないヒナリの一言により、俺はまたコーヒーをこぼした。2回目。
「葉山さんが……?」
「だって、教室ではずーっと静かにゲームしてるのに、シャトルランの時は最後まで残っててめちゃくちゃかっこよかったし、勉強も学年トップレベルじゃないですか!こんなん惚れます」
小さく「きゃー」と言って顔を横にブンブン振るヒナリ。きゃーと言いたいのはそんなに熱弁された俺の方だ。ユイがすんごい顔で俺の方を睨む。これは浮かれるだろ。
「ですから!」
ヒナリは俺をビシッと指さす。な、なんですか。
「この夏休みでたっくさん仲良くなりたいです!」
どうやら、俺の夏休みは今この瞬間を持って始まったようだ。俺は小さく「よろしく」とだけ返事をした。
カフェから出ると、駅近くに住まうヒナリとは別れて、2人で駅に向かう。口喧嘩で負けた挙句生物部のエース(?)を取られる危機に瀕しているユイは、かなりご立腹の様子だ。
「……ユイさん?」
呼びかけてもプイとそっぽを向く。振る舞いが意外と子供っぽくて可愛いな。
「今日はかっこよかった。ありがとう、色々言ってくれて」
負けはしたものの、口論の中で俺を守るために立ち向かってくれた。少々照れくさいが、ここは素直にお礼を言うのが筋だろう。ユイは「はい」ではなく「うん」とだけ言って頷いた。
その後の沈黙を突き破るかのように、俺の携帯が鳴る。ヒナリからの着信だ。さっきまで完全拒否していただけあって、応答するのが躊躇われる。
「……出たらいいんじゃないんですか」
珍しくユイは後押ししてくる。言われるがま『通話する』ボタンを押した。
『あ、葉山さん?……こんにちは。』
あざと可愛い声が響く。ゼロ距離囁きとかやってくれないかなあ。電話越しでのそのおっとりした声はどうも眠気を誘う。
「うん、どうしたの?」
『へへへ……早速電話してみたかっただけです。それじゃ。』
それだけ言い残してプツリと電話は切れる。うん、これで惚れないのは無理だろうな。俺はユイがすごい顔でスマホを睨んでいるから耐えてるけど。その拳は固く握られていて、下手なことを言えばスマホの画面か俺の顔面が叩き割られそうだ。
「ユイさん?この後どうしますか?」
「帰ります」
即座に返事されて何も言えない。なんか話すことなかったっけかな。どうも俺は沈黙に弱いらしい。
「えーと……夏休み、なんかあったら連絡してほしい」
「というと?」
「えと……その、勉強会のお誘いとか?」
それを聞いて少し笑うユイ。何がおかしいんだ。
「普通に出かけるとかじゃだめなんですか」
それはデートだと思うから、やめておいた方がよさそうだが……ユイの機嫌が少し良くなってきたので言いにくいな。
「うん、まあいいよ」
「じゃあ、また連絡します」
上りの電車に乗り、先に俺の最寄り駅に着いたのでユイと別れた。電車の中では特に何も話さなかったが、俺に寄りかかってきたり帰り際も手を振ってきたから、まあ一件落着といったところか。
例年通りの真っ白い夏休みに向けて準備していたが、いい意味でその期待を裏切られそうだ。




