12行動目 マフラーにご用心
緊急ミーティングということで、俺たちは活動場所の生物室に向かった。
入ると、もう既にユイと新舞さんが待ち構えている。
「今日は男子2人にとって大事な話をするから、私たちの向かいに座って欲しいです。」
新舞さんの指示に従い、俺たちは生物室特有の四角テーブルを挟む形でイスに座る。
重い雰囲気が漂う。普段の和気あいあいとした様子は感じられない。
「あ、まずは委員長、オール5おめでとう〜」
「ああ!ありがとう!勉強の成果が出たよ!」
拍手をする新舞さんに向かって教室と同じようにボディービルダーのポーズを見せつけるカイ。もうええて。
「うっへぇ〜すごい筋肉。1か月間でどんだけ鍛えたの」
「サッカー部の助太刀をするからには、抜かりなくやりたくてね!」
にしてもすごい筋肉だ……
「私たち、この1か月間はずっっと3人で勉強してたのに、その間部活やってた委員長には勝てなかったな〜」
「朝5時起きの夜中2時寝を繰り返して、何とか踏ん張れたよ!」
これが学年1位の生活か。うん、身体壊すぞ……
どことなく普段の雰囲気が戻ってきたところで、ユイがコホンと咳払いをする。
「とりあえず次のテストでは絶対に委員長に勝つとしまして、そろそろ本題に入りたいのですが」
急に引き締まる雰囲気。自然と背筋が伸びる。
「……葉山さん、さっきヒナリさんに話しかけられましたね」
「うん」
「その時、葉山さんは何をしていましたか?」
真剣な眼差しで質問をするユイに、俺は思わずたじろぐ。
「えっと……確か通知表を受け取って……すぐ席に着いてまた通知表を眺めてただけだよ」
「どのように話しかけられましたか?」
すかさずユイの問いが飛んでくる。
「……?えっと確か、耳元で囁かれて……あ、ほら、ゼロ距離囁きasmrをイメージしてもらうとわかりやすいかな」
それを聞いたユイと新舞さんは、2人して深いため息をつく。え、なにか問題があった?
「……えーなんちゃらについては存じ上げませんが、」
はい、すみません。
「葉山さん、アナタはあの女にロックオンされてしまいました。」
うーん……?
「ロックオン……?次の技が確定で当たるようになるヤツ?」
「さっきから何を言ってるんですか?」
「すみません」
「『ロックオン』とは、あの女が数多く持つ技のうちの1つです。」
やっぱ技じゃん!と言おうとしたが、多分シメられるのでやめた。
「あの女は、狙いを定めた男には必ず『囁き』を使って話しかけます。葉山さんがおっしゃった通り、超至近距離で。」
「え、何。俺あの子に狙われてるの?」
「ええ、そうです。女子の中ではそれを『悪魔ウィスパー』と呼んでいます。」
急に技名っぽくなった。
てか俺あの子に狙われてるのか……顔も可愛かったし、その体型には男子の欲望が詰まっていた。おまけに声も可愛いしいい匂いもする。
……うん、悪くないな。今思えば、LINEを勝手に追加されたのもむしろご褒美だ。
「……葉山さん、浮かれてますね。」
「へ?あ、ごめん。」
「まあ、無理もないです。『男子が喜びそうな』女なので。」
喜んでる男が目の前にいます。
「……ただ、あの女。裏の顔はすさまじく惨いです。マイ、あれを。」
「おっしゃきた!」
新舞さんにバトンが渡ると、彼女はバッグからパソコンを取り出し、動画ファイルを開いて俺たちに見せてくる。
「……ここ、体育館裏?それもウチのじゃない?」
「そうです。どうして分かったんですか?」
体育終わりは人がいない方を通ってるから、とは言えない。
ユイの質問に答えずにいると、体育館裏に1人の男子生徒がやって来る。この青いネクタイ……2年生だ。
遅れて、1人の女子生徒が小走りで姿を現した。このホワイトピンク色の髪、首元のマフラー……間違いない。さっきのマフラー女、ヒナリだ。
そして、動画から音声が聞こえる。
『あの、ヒナリさん!俺と付き合ってくれませんか!』
うぉ、告白だ……男子生徒はヒナリに向かって頭を下げ、手を差し出している。
さあ、どうなる……
『ごめんなさい!ちょっと付き合えないです!』
ハッキリ言いきると、ヒナリはタターッと走り去っていき、画面には手を差し出したまま硬直する男子生徒の姿のみが残った。
……なんだ、これ。
「お分かりいただけたでしょうか?」
ユイが俺たちに質問する。そんな心霊番組みたいなノリで言われても……
「うーん、普通の告白シーンに見えたな。失敗バージョンだったが。」
カイがそう答えると、ユイはうんうんとうなずく。
「ええ、その『失敗バージョン』というのがポイントです」
「どういうことだい?」
「さっき、『ロックオン』、『悪魔ウィスパー』についてお話させていただきました。」
「うん」
なんの関係があるんだ?
「今お見せしたのは6月14日の映像です。証言によると、この男子生徒も、『ロックオン』と『悪魔ウィスパー』を喰らっているんですね。」
「うん……?」
イマイチピンとこないな。
「そして、別日に撮影された、同じような内容の動画が、あと4本あります。」
へ……?
「それ、全部告白シーンってこと?」
「はい。それも全て違う男子生徒、彼らは全員あの女の技を喰らっています。」
「「!?」」
ということは……
「もしかして、ヒナリは全て自分から、しかもあの技を使ったうえで関係を作って、最後は全部フってるってこと?」
「葉山さん、鋭いですね。その通りです。」
うっわ……マジか。
とてつもなく惨い、惨すぎる……
「私たちは、裏でこれを『チーティング』と呼んでいます。」
なんかいちいち言い直すのなんなの。
「てか、チーティングってチートのこと?」
「ゲーム業界で使われる『チート』は、『騙す』などの意味を持つ『cheat』という単語が語源です。それの動名詞が『cheating』なので、そこから取られた形ですね。」
「へえそうなんだ」
また勉強になったな。
「というか何でこんな動画が残ってるの?誰か盗撮してるの?」
「我が校には至る所に監視カメラが設置されています。
ただ、何故か校舎''外''に設置されている監視カメラの映像はセキュリティが甘いらしいんです。2年生の生徒がそれを突破して、拡散しているみたいですね。」
だ、大丈夫なのか、それ……。
「……委員長、どうしたんですか?」
横を見ると、カイは顎に手を当てて深く考え込んでいる。
「うーん、今の男子生徒、確かバレー部のエースだったはずなんだ。」
「ほほう……」
「……もしよければ、他の動画も全部見せてくれないかな?」
コイツまじか。あの惨すぎる動画をあと4本も見るというのか?
すかさずユイはパソコンを操作し、俺たちにまた動画を見せ始めた……
動画を全て見終えると、カイは更に唸り声をあげて考え込む。言うまでもないが、やはり全員フラれていた。
「うーん、ありがとう。動画をよく見てみたんだが、1本目の動画の生徒も含め、全員各運動部のエースということで間違いなさそうだ。」
「え、本当ですか?」
ユイは目をぱちくりさせる。
「色々な部活に出入りしたことがあるからわかる。1本目はバレー部、2本目はテニス部、3本目はバスケ部、4本目は野球部、5本目は陸上部の生徒だ。」
おお……よく知ってるな。流石超体育会系なだけある。
それを聞いたユイは、先程のカイよりも考え込んでいる様子を見せる。
「なるほど……1つ質問いいですか?」
「なんだい?」
「聞く限り、人気の運動部所属のエースに接近していることは分かったのですが、」
「うん」
「……なぜ、そこに『サッカー部』は無いのでしょうか?」
確かに……!
「うーん、サッカー部のエースも結構かっこいいと思うんだよな。なんでだろう……」
見たことないが、多分イケメンなんだろう。
「……あ!僕が今言ったサッカー部のエースには、高校入学以来彼女がいないんだ」
「はい」
「今動画に映っていた4人の男子生徒は、入学して1週間で恋人を作って少し話題になっていたな。」
……まさか。
「……あえて彼女持ちを狙っている、と言いたいんですか?」
「完全に推測だけどね。」
やばい、惨さマシマシだ。ジロリアンでも食えねえよこんなの。
開幕よりも重たい雰囲気が漂う生物室。俺はどうしても腑に落ちないことがある。
「……あのさ」
「はい。」
ユイは俺の話を真剣に聞こうと体勢を整える。
「……なんで俺なのかな?」
「そこなんです」
「そこなんだ」
「そこなの!!!」
俺以外の3人が一斉に食いつく。そんなに気になってたんだ……
「本当に、なんで葉山さんなんでしょう……」
ユイが頭を抱える。
「どこに惹かれたんだ……?」
「ずっとゲームしてるだけじゃん……」
あまり本人の前でそういうことを言わないでくれ。
少し考えて、カイが話を続ける。
「運動部期待のエース4人、しかも彼女持ちにこんな仕打ちを与えたら流石に問題になりそうだよね。」
「ええ。女子の中での評価は最悪です。男子は全く知らないようですが」
そう言って俺の方をジト目で見つめるユイ。誘惑されてすみません。
「だから、今度は穏便に済ませようと、学年での知名度は低い葉山くんに狙いを定めた。違うかな?」
「なるほど……」
カイの鋭い考察にユイは相槌を打つ。確かにそれなら納得できるな……悲しいけど。
「成績もいいし、体力もある。それでいて女子に目をつけられにくい。いわばちょうどいい存在というわけだ。」
ヒナリが俺に狙いを定めた理由はわかった。けど、まだ腑に落ちないことがある。
「……あのさ」
「なんだい?」
「さっきヒナリと話してる時、ウィンクされたんだよ」
「!」
ユイと新舞さんはガタッとイスから立ち上がる。
「え、どうしたの」
「続けてください」
急かすユイに従って、俺は話を続ける。
「ウィンクされた時、急にものすごく引き込まれる感じがしたというか……突然息苦しくなって、心臓もバクバクし出したんだ。しかも何も話せなくて。」
俺の話を聞いたユイと新舞さんは、不安そうな表情で座り直す。
「……それ、どうやって切り抜けました?」
えーっと、確か……
「マジで倒れそうになった時、ちょうどカイが来てさ。後ろから背中を叩かれて、その痛みで全部消し飛んだ感じだ。」
「……委員長に感謝してください。」
ユイと新舞さんはほっと胸を撫で下ろす。いや、俺被害者なんだけど……めっちゃ痛かったし。
「そういえば、僕が来た時はヒナリ以外みんな心配そうな表情だったね。」
「はい。さっき葉山さんが喰らった技は、別名『ウィンクキラー』です。」
……もうツッコまないでおこう。
「どういう原理かは分かりませんが、あの女のウィンクは、人体で行なわれている生命活動をひじょ〜に活発にさせるみたいです。」
……呼吸や心臓の鼓動だけでなく、そういえば瞬きが止まらなかったな。暑くなかったのに、汗も出ていた。
「常人じゃまず耐えられないみたいで、その場で倒れます。あの女はこのタイミングを狙っていて、必ず保健室に連れていきます。……そこからです、関係が作られるのは。」
なるほど、このウィンクはある意味「必殺技」というわけか……恐ろしい。
「とにかく、委員長には感謝してくださいね。一生モノのトラウマを植え付けられるところでした。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
俺はユイの指示通り、カイに頭を下げる。
「もし助けになれたなら幸いさ!ただ、彼女がここで諦めるとは思えないな!」
今日から夏休みとはいえ、まだ何かある気がする……
あ、そういえば。
「気づいたらLINEを追加されてたんだよね」
「……終わった。」
ユイは頭を抱える。今ハッキリ「終わった」って言ったな。
「いいですか?夏休み中、何があるか分かりませんから、あの女から連絡が来たらすぐに言ってください。」
ユイのその言葉と同時に、スマホの通知が鳴る。
取り出すと、『明日会えませんか?』の文字が。差出人はもちろん……ヒナリだ。
「いいですか?絶対に返事してはいけません。何があっても。」
ピコン。
ヒナリ:『今、生物室にいますよね。返信が無いなら、私から向かいます。』
「!?」
ま、まずい……くる!
ガララッ!
勢いよく生物室のドアが開き、俺たち4人は慌てて入口の方を見る。そこにいたのは……
「そろそろ最終下校の時間だから、帰って〜……」
正体は用務員のおじさんだった。終業式の日だから、最終下校が早いらしい。
「……あ!はい!すぐ帰ります!」
流石のカイも焦っているようだ。帰り支度を急いで済ませ、俺たちは生物室を後にする。
マジで怖かった。本当に来るのかと───
「しっ!静かに」
階段を降りる俺たちをユイが止める。なんだ?今度はなんだ?
「……下を見てください。」
「……!」
階段を降りた先には、マフラーを首に巻いた女がいる。間違いない、ヒナリだ。
「階段を降りると出くわしますね。渡り廊下を使って迂回しましょう。」
ユイの指示通り、俺たちは回り道をすることにした。周囲に注意を払いつつ、なんとか下駄箱へとたどり着く。その瞬間、スマホから鳴り響くLINE通話の着信音。
「……誰からですか?」
スマホを見ると、「母さん」の文字と、茶色いクマのプロフィール画像が。なんだ、母さんか。他の3人もほっと息をつく。
「応答」ボタンを押す直前、俺は己の過ちに気づいた。俺の母さんは本名をユーザーネームにしていたはずだ。プロフ画像はイルカのはず。
しかし、時すでに遅し。親指が「応答」ボタンに触れてしまった。
『……葉山さん、今どこにいますか?生物室、開いてないんですけど』
「えっ!?お母さんじゃないの?」
ばか、そんな大声で言うと……!
『あれ……?その声は新舞さん……ということは、他の生物部の方もいるんですね!今から向かいますね!声の響き方からして、下駄箱でしょうか?』
俺は咄嗟に電話を切る。それを合図にして、全員外履きに履き替え、下駄箱を飛び出した。この際上履きは持って帰らなくてもいい。
通知が止まない携帯を右手でおさえつつ、最寄り駅までの約2キロをダッシュで走り、誰も追ってきていないことを確認してから俺たちは止まった。
「……はぁ……はぁ……」
「ユイちゃん、疲れすぎじゃない?」
「3人、体力ありすぎ……」
生物部で持久力がある方がおかしいことは自覚している。ユイは正常だ。
「……ぜぇ……では……今日は……はぁ……これで解散に……うっ!……致しますので……各々……」
いや、これは疲れすぎだ。
「……葉山くん、気を付けてね。何かあったらすぐに生物部LINEに送るように。」
新舞さんもかなり心配らしい。そういえば、いつしか通知は鳴り止んでいた。
「……お疲れ様だ。これで1学期は終了だな!ウーパールーパーの餌やり日程表をあとで送っておくよ!」
カイが元気よく締める。別れの言葉を告げ、俺とユイは1番ホーム、カイと新舞さんは2番ホームへと歩き出した。




