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十七話 最後に残ったのは? ②

「僕が元の人格だってのはどういうことだい?」


2人は出方をうかがうように見つめている。僕は覚悟を決めた。


「結論から話します。違和感がはっきりしたのは平野さんとの会話からです。彼女は、碧さんの事をもともとは王子様系で女子に人気があった、と言っていました。これは碧さんというより蒼さんの性格です」

「ひらしょー……」

「そして元の人格が蒼さんなのかもという立場から考えてみると、碧さんの説明の中にある不可思議な点に説明がつくんです」

『不可思議な点 ですか?』


自分のことを指摘された碧さんが思わず反応する。でも碧さんでは気づけないのも当然だ。


「ええ。まずは碧さんが最初に依頼を頼みに来た時の説明です。碧さんは『乗っ取りは大学の途中から始まった』と僕らに説明しました。でも調査を進めていくと、高校の途中から碧さんは人が変わったような暴力性を見せるようになったことが分かったんです」

「ムラサキ……もとい紫音の乗っ取りだね」

「そうです。でも碧さんがそれを知らないのはおかしいんです。僕らに隠す理由もないし、間違いにしても大規模すぎる。そう考えると、高校の頃の乗っ取りを()()()()()()と解釈する他ない」


蒼さんは俯いたまま、何も答えない。


「つまりはこうです。高校時代に『相羽 蒼』を乗っ取っていたのは碧さんではなく紫音で、碧さんはただのイマジナリーフレンドだった。しかし大学のあるタイミングで蒼さんと碧さんに分かれた……。そう、きっかけは蒼さんがイジメの脅迫に気づいたこと。碧さんが脅迫を行っていると思い強いストレスを受けた蒼さんは、2つに人格が別れることになった」

「うん?」


愛理さんが割り込んで僕を制止する。


「それじゃ『相羽 蒼』が本名じゃないとおかしくない?家系図にはちゃんと碧って書いてあったし、丹羽先生も碧さんって呼んでたよ?」

「……あれ?」


言われてみると筋道が通ってない。


「あれー?」


まずい。堂々と発表したのに全然大外れのことを言ってしまったのかもしれない。側頭部から滝のように汗が流れ、僕は自分の考えに不備がないか必死に反芻した。しかし答えは出ない。


「ふふ……あははははっ!」


蒼さんが大声をあげて笑う。あーもう、折角いい推理だと思ったのに台無しだ。涙が出るほど笑い転げる彼女の顔を、あきれ顔の愛理さんがハンカチで奇麗にする。彼女の視線が厳しい。


「理人く―ん?」

「いや、違うんですよ。あれー?説明できたと思ったんだけどな」

「もーしっかりしてよ」


蒼さんは頑張って笑いをこらえようとくつくつと笑っている。今までの人生の中で一番恥ずかしい。顔に身体中の血液が集まっていくのを感じる。


「笑っちゃってごめんね。理人くんの名誉のために言うと実は推理は結構当たってるんだ。凄いよ」

「ほ、本当ですか……?」


蒼さんの助け船に藁をもつかむように反応する。


「実際は碧と蒼は合意のもと入れ替わったんだ」

「自ら乗っ取らせた、ってことですか?」

「うん。両親はどうしても男の子が欲しかったようでね、見ての通り男みたいに育てられたんだ。でも僕は普通の女の子で、少女漫画を読み漁ったりフリルがたくさんのドレスにあこがれてたんだ。パパもママもそれを許しはしなかった。だから女の子の私を隔離することで我慢することにしたんだ」

「それが蒼……」

「うん。そして今の碧。まさかイジメをかばっていたのが紫音だっとは、思いもしなかったけどね」


碧さんも紫音も何も話さない。彼女らが否定しないことが何よりの証左だった。愛理さんが当然の疑問を呈する。


「でも、どうして入れ替わったんだい?」

「大学デビューみたいなものです。環境の変化を機に別の自分に変わる、これまでの人生をリセットして、新しい自分の人生を歩む。ただそれだけです」

「碧さんは……本当にそれでいいの?」


同時に二人から返答がある。


「僕かい?」

『私のことですよね?』

「あーもうややこしい!結論がでるまではいったん元のままで!!」

『じゃあ私ですね 笑』


さっきまでの緊迫した雰囲気がまた穏やかな空気に戻る。どうしてこうもうまくいかないのか……。


『当時の私は納得していました 蒼がそう望むなら 私は彼女の望みに答える それが当時の私の存在意義でしたから』

「当時の、ということは今の碧くんは納得していないってことだね?」


『ええ 私は蒼に生きてほしい 女の子らしい恰好をする夢だって 動物のお医者さんになる夢だって 全部あなた自身に叶えてほしいの』

「…………」


蒼さんはそれを聞き、少しの間沈黙した。


『そう簡単に 自分を捨てないで』


その一言がきっかけだった。


「嫌だ、私は自分自身を殺す。もうこれ以上裏切られたくないの」

『蒼……』

「幸せになることが怖いの。また全部滅茶苦茶になっちゃうんじゃないかって。それに告白を理人くんに断られたとき、僕は安心したんだ。これでまた不幸な運命に戻れる、裏切られる前に元の不幸な自分に戻れるって。もう僕の心はとっくに壊れてるんだ、ほっといてくれよ!」


愛理さんは肯定も否定もしない。理由はわかる。僕らも人生の中で似たような絶望を何度も味わってきたんだ。受験に失敗したり・入った大学で自身に失望したり……愛理さんだって普段表に出さないけど明美さんに追いつこうと必死に努力しているのを僕は知っている。


でも、だからこそ彼女には同じところにいてほしくないと思った。


「不幸に感じるのは運命ではなく、セロトニンやオキシトシンの不足が原因というのが今の医学での一般的な解釈だ。だから蒼さんはまず適切な医療機関に診てもらうのが筋だ。碧さんに人生を渡す判断をするのは、それからでも遅くないはず」

「どうしてそういう正論で、僕を光の中に押し出そうとするの!?僕は不幸の沼に浸かって安心したいだけなの、理人くんならわかってくれると思ったのに……」

「わかるよ。わかるからこそ、後悔する前に踏みとどまってほしいんだ」


蒼さんは肩で息をしている。すると、紫音の右手が動き始めた。


「あなたの腕の中で眠れたことは 私の何よりの幸せだった

 あなたも自身の幸せを追い求めていい 

 美味しいものを食べて あったかいところで寝て 幸せになってくれないと 私が逝けない」


その文字を見て、蒼さんは泣き崩れた。両手で顔を覆ってしまい、もう装置もめちゃめちゃだ。碧さんも紫音とのチャンネルももう全部閉じてしまった。


でもこの装置がもう役目を終えたということを、僕はなんとなく理解していた。

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