夕食後
三題噺もどき―ごひゃくろくじゅうご。
笑い声が部屋に響く。
聞こえてきたのは目の前にあるテレビからの音声。
夕食を食べえ、ちょっとした休憩がてらと思ってスマホをいじっていたら別の番組が始まっていた。もうそんな時間か……。
「……」
机の上には空になりつつある大皿が数個並んでいる。
後は父がゆっくり食べるだろう。まぁ、無理ならそこの妹に声を掛けるはずだ。
私はもう、部屋に戻るとしよう。
「……」
何やら楽しそうに会話をする両親を、というか主に母を、少しだけうるさいと思いながら、椅子から立ち上がる。心なし父が鬱陶しそうにしているが、それはまぁ、今に始まったことじゃないし、もう少し酒が入って気分が乗ればまともに付き合うんだろう。というか父が饒舌になる。毎晩何を話しているのか知りたくもないが何か白熱した議論を交わしているらしい。母の仕事の事とか、世間の事とか。
「……」
自分の使った皿を手に持ちながら、コップも忘れずに反対の手でもつ。
ついでに、空になった皿もいくつか下げておこう。どうせ母に言われるのだから、その前に自分で動いた方いい。
「……」
テレビと会話に夢中で気づかない両親と、まだスマホをいじるのに忙しそうな妹二人を尻目にキッチンへと向かう。数歩しかないんだけど。
皿を落とさないように気を付けながら、進み、キッチンのシンクに皿を置いておく。
適当に水につけて置き、ついでに電気ポットに水を入れる。
「……」
しかしこうして物理的に距離を取って、この家族を客観的に見ると仲が良いんだか悪いんだかって感じだよな。どこの家もこんなんなのかな。もう少し前まではもっと和気藹々としていた気がするんだけど、私の勘違いだったんだろうか。まぁでも、こうして一緒のテーブルに同じ時間についているだけいいのかもしれないな。
「……」
家族という物に対して、常識非常識なんて問うものでもないような気がするし。それぞれの家にそれぞれのルールや常識や非常識があるのだろうから。それがはたから見ておかしいと思っても、当の本人にとっては当たり前なんだから救いようはない。それがおかしいと本人が気づいて動ければ万々歳。ただそれだけのことだろう。
家族のありようなんて、外野がどうこう言うことじゃない。
「……」
水を入れた電気ポットのスイッチを入れ、お湯を沸かす。
シンク横に置かれている、私のお気に入りのカップを手に取りスプーンも取っておく。いつ買ったのか忘れたが、猫舌さん用みたいなやつで。程よい温度で保温が効くので重宝している。これの白湯専用のやつもあるらしいから、今度買いたいが……この辺りで見つかるかどうか。これもたまたま遠出した時に見つけたのだ。
「……」
そのカップの中に、スプーンですくった茶色い粉を入れる。
―最近は毎日、食後にこうしてココアを飲んでいる。
寒いのもあるんだけど、なんとなくココアにはまったのだ。けれど、これは甘いから今度は違うのを買おうかな……。ココアといっても色々あるらしいし、甘すぎないのもきっとあるだろう。
「……」
あまり量は入れていないので、お湯が沸くのは割と早い。
カチーと音がしたので、まだ少しコポコポと音のするポットからお湯を注ぐ。
湯気が立ち、ココアの甘い香りが漂う中で、スプーンで液体をかき回し、粉が残らないようにする。たまにだまになっていたり、スプーンの背の方に残っていたりするんだけど、あるあるなのかな。それなりに飲んでいるけど、上手くいかないときもある。
「……」
ある程度溶けたことを確認し、スプーンはシンクに置いておく。
カップ専用の蓋を閉める。外れないようにしっかりと。取っ手の部分を手に持ち、キッチンを離れる。一度だけ、何を思ったかこの蓋の方をもって動いたことがあって、そりゃもう当然のように外れて中身がこぼれたわけで。軽く火傷をした。
「……」
机の上に置いておいた携帯を手に持ち、その辺に置きっぱなしになっていた自分の鞄も取る。両親は未だ会話中、妹二人もスマホが忙しい。
「……」
息を殺しているわけでもないが、そのまま気づいているのかどうかも分からないまま二階へと上がっていく。
階段の電気をつければ気づくかもしれないが、つけなくても見えるのでつけない。
階段を登り切り、ほんの少し右に逸れて、自分の部屋の戸を開ける。
「……」
電気を点けながら、後ろ手に戸を閉めて、鞄はその辺に置いておく。
携帯は机の上に置き、カップをコースターの上に置く。
椅子に座り、さてと、息をついたところで。
―リビングから、四人の話声が聞こえる。
「……」
私の部屋の戸は閉まっているが、妹二人の部屋のドアは開いているようだ。
何を話しているのかは聞こえないが、ま、楽しそうである。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
何かが面白くないのは。
何なんだろうな。
お題:家・ココア・非常識